第百五十九話
さて、今度こそベルフェゴールの封印を解きたい。そんな気持ちを抱きながら俺はイリア、レヴィとフェニックスの三人が見守る中で祭壇の上に置かれた箱に近づいた。
「魔力、流すぞ……」
その言葉を口にして、俺は後ろにいるイリアを一瞥した。俺の視線に気づいた彼女は小さく頷いた。どうやら事がうまく進めずとも彼女が対処するみたいだ。うん、これなら心置きなく封印の解放を試みれる。
右手を箱に翳して、魔力を掌に集めた。えーと、この状態の魔力を箱の中に流し込めばいいだったか?イリアは普段魔法の使用時の魔力操作と大差はないと言ったけど、案外難しいな。これも封印による阻害なのか、それとも単に俺が下手なのか……後者の可能性の方が高い気がするが、今は考えないにしよう。
「すぅ……」
一度深呼吸を混じって、俺は魔力操作の精度を上げる為に瞼を閉じた。祭壇に上がる前にイリアから魔眼の暴発を抑制する為にその使用が厳禁されたから、ここは素の能力が求められている。こうして視界を遮断することで心なしか魔力を操る精度が上がる気がする。
封印の解放に必要な魔力の量は知らないし、そもそもどんな原理で封印が解くのも分からない。が、初代勇者一行が施した封印に生半可な魔力で解けないのは事実だ。それに、魔眼の使用は禁じられたけど、それ以外のスキルは禁じられていない。だから俺は並列思考を三つの作業に分けた。
一つ目は俺の魔力を掌に集まって、二つ目で集めた魔力を封印に流し込む。万が一魔力が足りない場合は現状待機している最後のリソースを周囲の魔力を自分の物に変換する。幸いこの地下空間には濃度が非常に高い魔力が漂っているから魔力切れの心配は要らなさそうだ。
掌に集めた魔力が箱に吸われて、そこから蜘蛛の巣みたいに周りの鎖に広がっている感覚をした。どこがゴールなのかが分からない以上、このまま鎖を辿って魔力を注ぎ込むしかない。
「…………」
俺が封印に魔力を注ぎ始めてから何分が過ぎた?「かれこれ30分弱が経った」って言われても疑わないぐらい、この魔力を注ぐ作業に神経を研ぎ澄ました。
なぜ俺はただの魔力を流す作業にこうも手子摺るというと……使用した鎖の特製なのか、内包できる魔力の量は桁違いの上、魔力の伝達の効率が良すぎる。てっきり魔力の流れを阻害する系の仕掛けで封印解放を阻害すると予想したけど、これはその真逆。それなりの時間をやり続けているから分かるんだけど、最初俺は上手く箱に魔力を流し込めないのはその箱自体に魔力を弾く性質を持っているからだ。
ひと時は自分の技量不足を疑ったが、これでそうじゃないって証明できる!(迫真)まぁ、冗談交じりの本心は一旦置いといて……その厄介な性質を持った箱に無理矢理魔力を流し込むには勢いよくするしかない。でもその先の鎖でその勢いが裏目に出る。普段の魔法より数十、数百倍も言い伝達率を誇る鎖に勢いよく魔力を流し込んだら、その底知れなさも加味して、魔力の行き先を見失う。
それ以外の手掛かりがない現状だと、その先が封印を解く鍵になる仕掛けがあると信じるしかない。件の鎖の数が一、二本ならまだしも、ここには十本以上の鎖があるからその内の一本でも見失ったら他の鎖の魔力を維持しつつ最初からそのルートをやり直す必要がある。だからどうしてでも魔力を見失いたくない。実際に何回か見失って、心が折れそうになった場面があった。
これがイリアに封印の大半を無力化した難易度だと考えたら、もし彼女による助力が無ければ俺が百年をここで費やしてもこの封印を解くことが不可能だ。難易度が高い死にゲーは結構好んでプレイしているけど、如何せん俺は謎解き系のゲームは苦手で殆どやっていない事がここで仇になるとは……!
さて、余談はここまでにして……数回ミスを重ねた事で俺の魔力はほぼ空っぽの状態だけど、予め準備した外部の魔力を自分の物に変換する役目の並列思考が大いに役立てて、ようやく各鎖のゴールに辿り着けそうだ。
「ここだ……!」
ゴールを目前に、俺は興奮のあまり、思わず声を上げた。そのせいで一瞬集中が途切れたけど、何とか魔力を見失わずで済んだ。こんな奇跡は二度と訪れない。だから俺はすぐさまに意識を各鎖の中の魔力に戻した。
「…………」
そして気付いたら俺の魔力は各鎖のゴールらしき場所を同時に辿り着いた。どうやらそのゴールは周りにある六本の石柱と繋がったそれぞれの鎖の根元らしい。でも俺が期待している手掛かりらしい手掛かりは無かった。ならこのままその根元を破壊すれば良いなのかな?
万が一の為に鎖の根元の辺りを魔力的に罠の類や見落としが無いか、細かく探索した。うん……問題は無さそうだ。
「すぅ……」
そうと決めたら早速実行するべく、封印解放が始まってから何度目か分からないの深呼吸をした。鎖を破壊する方法?そんなの、魔力を限界以上詰め込むに決まっている。桁外れの硬さを誇る鎖を外部からの攻撃でどうこうできる筈は無い。外からは駄目なら中からすればいい。狙いは鎖を空気が入れ過ぎた風船みたいに破裂する。まぁ、この場合は空気じゃ無くて魔力だけど。
さぁて、俺の魔力は残り僅か。足りないなら周囲から貰うだけ!自分の魔力を掌に集中させる並列思考を周囲の魔力集めに回せて、一度魔力が繋がったならその繋がりを維持すれば良いからそれなりの神経は使わない。残るリソースを全て、魔力を注ぎ込む作業に徹底する!
10秒……30秒……一分……暫く全力で魔力を注ぎ込むと、チャリ!っと、金属がぶつかり合う音が鳴った。よし!反応を示したら壊せる! ようやく希望を見出した俺は更に魔力を注ぐペースを上げた。やがて――
「ん?」
――これ以上鎖に魔力を注がれなかった。
どうやら今ので鎖のキャパシティーの上限に達したみたいで、この魔力を拒否する感じは間違いなく祭壇上の箱の性質だ!石柱と繋がった根元から祭壇の箱まで魔力を注ぎ込んだのか?あと少しのところで魔力を弾くって……悪趣味すぎるだろう!
あれだけ希望を見させて、最後はエンディングが無いクソゲーかよ……いや、そうじゃないな。イリアは行けると言った。彼女はこの展開を予想していない筈は無い。なら確実にこの性質を無力化か無視できる方法は存在するけど、生憎俺はクライマックスで頭脳労働して興を覚ます展開は嫌いなんだ。悪いが、ここは正面からの強行突破で行かせて貰うぞ!
魔眼の恩恵なのか、それともレヴィと契約恩恵なのか、はたまた直感なのか……どっちにしろ、これが最後の関門である事を何となく知った俺は持てる全てを魔力を注ぐ量と速度を最大まで引き上げた。この後で最悪意識を失う羽目になるかも知れないが、今はどうでもいい。
最初は箱周りの鎖から次々に亀裂が生じて、徐々に石柱まで亀裂が走った。そこから俺の魔力が勢いよく漏れ出したが、大差はない。何故なら、件の箱にも無数の小さな亀裂が生じたからだ。
「さぁ、良い加減に目覚めろ!ベルフェゴール!」
俺がそう叫んだ瞬間、祭壇上の箱とそれに巻き付く鎖、そして祭壇の周りの六本の石柱が一斉に眩い光と超高濃度の魔力を放出ながら勢いよく砕け散った。