第百五十三話
フェニックスを閉じ込めた空気檻が十数本の巨大氷柱によって貫通された瞬間まで見届け、透明な特製空気板越しから全部の氷柱がフェニックスの胴体に刺さって、魔眼で死亡したことを確認した。
『よし、今のうちに地上へ戻ろう』
『道は?』
『俺がレールガンで風穴を開く。そこに風の足場を設置するからそれを使って』
『まぁ、妥当だろ。二往復するリスクが高い……レヴィ、済まないけどセツを担げるか?』
『大丈夫。今はマスターの魔力を使っているかまだ少しの魔力が残っている』
レヴィの返事に頷き、俺は早速擬似レールガンの発動に取り掛かった。レヴィの魔法で大分魔力を持ってかれたけど……うん、これぐらい残っていれば問題ないかな。少し前までは擬似レールガンを一発使うのに所持する魔力量の大半を消費するのに対し、レヴィの魔法に使ってもまだ二、三発使える魔力が残っている。まだ確認していないけど、デュラハンとヘル・キャリッジを倒したことにより数段とレベルが上がった筈。
レベルの幾つかが上がっただけでこれ程の上昇率。ゲームみたいの設定ならレベルが高ければ高いほど上げ難い。なら俺よりレベルが低いセツは一度フェニックスを殺したことにより大分上がったのも頷ける。『塔』で数多くのモンスターを狩って、その上に伝説の存在であるフェニックスを一度殺したセツの現時点のレベルは俺のレベルより高いのかもしれない。
そんなことを考えている内に擬似レールガンの発動準備が終わった。
「よし!これで準備――」
「レイさん、伏せてください!」
俺の言葉を覆い被さるように珍しくイジスが大声で叫んだ。が、彼女が叫んだ言葉の内容を理解できる前に擬人化したレヴィに襟を引っ張れて、力づくに四つん這いの体勢に移行された。
「≪リパルス・バリア≫!」
「っ!?」
脳の理解が追い付く前に、視界は見慣れた薄緑色の障壁が覆われた。次の瞬間、その障壁は紅蓮の炎に塗り替えられ、障壁の周りに無数の火の粉が飛び散った。
「我を閉じ込もうなど小癪なまでを」
「フェニックス!?」
視界は炎に遮られているけど、この声は間違いなくフェニックスのものだ。思わず特製の空気板の牢に視線を向けたが、当然ながらそこにはもう閉じ込まれた筈のフェニックスの姿は居なかった。クソ、フェニックスの転生に必要な時間は予想より短かった。しかも空気板の牢とレヴィの氷柱がいまだ健在していることから、フェニックスが転生する際には必ずしも死亡時と同じ場所に蘇ると限らないことが証明された。
『封印無効ってありなのかよ!死なない相手に対し、封印するのが定石だろう!』
『喚くな。そんな事をする時間が有るならここから脱出する方法を考えて』
『もうやっているよ!』
確かに、イリアの言う通り。愚痴を言う余裕があるなら一刻も早くこの状況の突破口を見つけ出したい……とは言うものの、俺達がこうして生き延びられたのはフェニックスが本気で俺達を殺そうとしなかったからだ。弄ばれた感じで癪なだけど、そのお陰で生き延びたこの時間を存分に使わせ貰うぞ。
『――そもそも封印無効ならなぜフェニックスがこんな所に百年以上閉じ込まれたんだ?どう考えても自由意志じゃないよな?』
『そう言えば……首輪(?)に支配されたって言ってたね』
『えっ……』
『詳しい事は知らないけれど、どうやらその首輪(?)はフェニックスが転生しても外れないみたい。そのせいで地下空間から――』
『出来したぞ、レヴィ!』
『はい?』
『これならデュラハンの時みたいに――』
『一つ重要な事を忘れていないか?』
興奮のあまり、やや早口気味になった俺の言葉を遮ったのはイリアの平淡な一言であった。俺が彼女の言葉の真意を理解するのを待たずに話の続きを口にした。
『まさか素手でフェニックスの体内から首輪を奪うつもりではないな?言っておくけど、今のレヴィはそこまでの高温を防げないぞ?』
『…………』
そう言えばそうだった!魔剣の状態のレヴィに魔力を渡したときから≪吹雪の帳≫という魔法を使っていたお陰で大して熱を感じないから忘れていたけど、フェニックス内部温度は平気に摂氏数百、下手したら数千度に到達する。太陽の表面温度に匹敵する場所に素手で突っ込んだら炭化だけで済まない。
『魔剣で破壊するしか、方法が無いのか……そもそもあれって破壊できるの?』
『少し時間をくれ……首輪が誇る強度は所詮魔法による恩恵だ。魔法なら私が干渉できる』
『……なぜデュラハンとヘル・キャリッジの時をそうしなかった理由を聞かせてもいいか?』
『その首輪程の物を解析するには手元に現物が必要だ。そしてその時にそれが無かった』
『今はそれが有ると?』
『ええ、ヘル・キャリッジの死体から貰った』
『いつの間に……』
まぁ、聞くまでもないか。ヘル・キャリッジ戦の直後に一瞬注意力が途切れた瞬間があったからその時に取っただろう。
「≪アイソレーション・バリア≫!」
「っ!?」
背後からイリアが魔法を唱える声を聞こえ、慌てて後ろに振り返ると、そこには半透明な薄緑色の球体に向かって業火のブレスを吐くフェニックスの姿が有った。直撃していないにも関わらず、球体の周りの地面が凄まじい勢いで溶けていく。
さっきまでフェニックスは俺達の目の前にいた筈なのに、視界が炎に遮った数秒間で俺達に気づかれずに後方にいるイジスの所まで移動したのか!
「天の盾……何故ここに?」
再びフェニックスが言葉を発した。『天の盾』っていうのは恐らくイジスの事だろう。って、そんな事はどうでもいい!
「レヴィ!フェニックスをイジスから遠ざけて!」
『了解。≪絶氷一角槍≫!』
発動したのはこの地下空間で何回も使っていた氷槍。今度はフェニックスの真下から垂直に生えた。「ぬっ!」と驚いた声を漏らしながらフェニックスは翼を羽ばたいて少し後退りした。そして追撃するように、フェニックスが後退りするタイミングに合わせて再度特製の空気板をその正面に作り出して、重力魔法でフェニックスにぶつけた。
翼を羽ばたくモーションから空気板との衝突から身を守る体勢に入った。両翼にガードされているから大したダメージを負わせられないが――
「俺達が相手だ、フェニックス!よそ見するんじゃねぇ!」
――そのまま、イジスにいるから引き離すことができる。
『その調子で頼むぞ、レイ。できるだけセツから離れた位置で時間を稼いでくれ』