第百五十二話
『魔力貰いますね……≪絶氷一角槍≫!』
レヴィが念話で告げた直後に魔力が魔剣に吸われて、フェニックスの後ろの地面からレヴィが巨人戦の時に使った二本の巨大な氷槍が勢いよく飛び出した。あれだけ目の前で高らかと「レヴィとセツの敵を取る」を宣言しても関わらず、背後からの不意打ちを仕掛ける。
それは奇襲と呼べるほどの隠密性を持つ攻撃ではないが、俺の自己主張で僅かでも注意を自分に向けいればその攻撃が当たる可能性が上がる。そう思ったけど――
「そう簡単にはいかないか……」
――氷槍の先端がフェニックスの身体と接触する直前に、その身体の炎が急に勢いを増して更に燃え盛った。
一際眩しい光と熱量を放つフェニックスは氷槍を溶かし、蒸発させた。しかし俺の魔力を借りて発動した魔法の威力は彼女の全盛期のそれに届かなくとも、それの六、七割ぐらいは発揮できた筈。それでもフェニックスはただ自身の炎の温度を上げただけで呆気なくレヴィの攻撃を無力化した。
が、流石はレヴィの魔法とも称えるべきか、たった二本の氷槍を溶かす為だけにフェニックスは周囲の壁や地面、天井等をも溶かす熱量を放出した。現時点で俺が出せる最も貫通力が高い魔法、擬似レールガンを持ってようやく破壊できた『塔』の天井や地面をこうも簡単に溶かせた事に対しやや自信喪失しながらもレヴィの魔法の強度は『塔』のそれと匹敵する事に感心した。
おっと……今は感心する場合じゃなかった。後ろに戦闘不能且つ生死の淵に立つセツが居る。いくらイジスが彼女の傍にいるとしても念には念を……出来るだけ刺激を与えない方がいい。
『火は重力の効果を受けるの?』
『さぁ?でも下手に潰したらあの炎がそこら中にまき散らされるぞ』
『そっかぁ……じゃあ、直接に重力魔法使わずに……』
イリアからの念話の返事を聞いて、俺は即座に魔力を練り上げ、フェニックスの真上を対象に二重の魔法を発動した。先ずは四枚の壊れない、圧縮強化した空気の板。だけどそれは普段使っている風の足場との違いはその強度だけじゃない。これはフェニックス……お前専用の酸素や水素等の可燃性のガスが全部抜いた特注品だ。そして二つ目は一つ目に作った特製の空気板達をフェニックスにぶつける役の重力魔法。最初は圧縮した嵐の大槌でも使うと思ったけど、直接にフェニックスを叩く訳でもないし、何より速度と圧を掛けられる理由で重力魔法を選んだ。
≪並列思考≫に加え、デュラハンやヘル・キャリッジとの死闘を繰り広げたお陰で大分魔法が洗練されて、二つの魔法の発動時間は二秒をきった。温度が上がったせいで荒れ狂う熱風を裂けて、四方向から特製の空気板がじりじりとフェニックスに押し寄せている。幾らフェニックスの炎から生じられた強風だとしても、ロケットのスラスター並みの推進力が無い限りが重力の束縛から逃れない。まっ、それでも無理矢理に抗ったデュラハンが居たけどな。
ともあれ、俺に左右、頭上と正面にこの特製の空気板の制作過程に妨害しなかった時点でチェックメイトだ。でも無理もない。イリアからの分析によると、レヴィの氷槍を抵抗するに炎の出力を上げた事は思った以上にフェニックスの魔力を大きく消費するからその分の制御が難しい。だからこの超高温の炎を維持するには静止するか一直線の突撃しかできないらしい。
でもそれだと辻褄が合わない。フェニックスはこの地下空間の侵入者、つまり俺達を全滅するのが役目らしい。そして何度殺されても転生するフェニックスなら遠慮なく俺達を殺せる筈だ。魔力の制御をせずに暴走させればフェニックスが死のうが結果的に俺達を道連れにできるし、その後で自分だけが転生する。自らの命を絶つ代償でのみ出せる一度だけの大技を何のリスクも無く、命を落とす代償も気にせず。まさに最も理想的な自爆特攻。それにも関わらず、フェニックスはそうして来なかった。「自分の不死性を如何に活かす方法を考えつけない」……なんて馬鹿なキャラじゃない。
『考えるのは後にして!セツをここから脱出させるのが最優先だ』
『--ッ!そ、そうだな。悪い、ちょっと考え事していた……』
そうだった、先ずはセツの安全な場所で回復させないと!くっ、そうさ……今は考えるな。別にフェニックスの不死性も、それの攻略法も、ましてやその取った行動一つ一つの理由も!そんな余裕が有るのならもっと魔法の威力や発動速度、並行使用可能な魔法の数を上げろ!
『レヴィ!あの二本の槍を維持するな』
『え?』
『大丈夫。この後俺が合図を出したら俺の魔力をお構いなしに、全力にフェニックスに攻撃しろ』
『……分かった』
レヴィの返事を聞いて思わず口元が三日月形に裂けた。ああ……この高揚感は久しぶりに感じたな。ゲームのイベントに出てくる新しいボスや高ランクの対人戦でいつも感じるこの懐かしい感覚……ゲームのシステムと酷似するこの世界に来たんだ。憧れのドラゴンやゴブリン、巨人、悪魔、獣人等……様々の者達と出会ったが、その殆どは一つの油断で死へと誘う死闘ばかりでこの忘れていた。いや、無意識に抑えてきたのかもしれない。
デュラハンから始め、ヘル・キャリッジやフェニックスとの連戦で抑制のリミッターが外れたのか……まっ、何でもいいや、きっかけなんて。
「感謝するぜ、フェニックス。その敬意として、今からはゲーマーとしての俺が相手だ……」
「む?」
「≪静謐たる六面牢≫」
魔法を唱え、元々フェニックス左右、頭上と正面にいる四枚の特製の空気板に加え、その足元と背後からさっきまでフェニックスが超高熱を発してまで抵抗した二本の氷槍の代わりに二枚の特製の空気板が生成された。そしてそれらを引き寄せる重力魔法の一気に威力を上げて、瞬く間でフェニックスは特製の空気板の壁に構成された立方体の檻に閉じ込まれた。
が、ただ閉じ込むだけでは足りない。この檻を維持するにはそれなりの魔力と集中力が必要だ。生憎この地下空間の天井はかなり高い。イリア推測によると、俺達が上の階へ上る際、つまりセツを担いで空中にいる状態でフェニックスの一撃を食らう事はほぼ確定事項みたい。ならやはり当初の計画通りに、フェニックスを一度殺す。
「……悪いが俺はどんなイベントのボスでも、ストーリー上のボスでもパーティーメンバーの誰一人も犠牲せずにクリアしたい主義なんでね。だから大人しく殺されろ!レヴィ!」
「はい!≪氷河裁杭≫!』
俺の合図でレヴィが発動したのは彼女がムラサメ戦の時に見せた魔法。四方八方、まるで≪静謐たる六面牢≫を囲むように出現した十数本の巨大氷柱は一瞬にしてフェニックスを閉じ込めた立方体の檻を針鼠に変えた。