第百五十一話
『塔』の地下空間の天井を擬似レールガンで風穴を開き、そのままフェニックスとレヴィの間に着地した。まぁ厳密に言えばそれは着地ではなく、ただ地下空間の地面の硬さは他の階層の地面より硬いお陰でそのまま貫通しなかっただけだ。心の中で「助かったぁ~」と思いつつも尻目でフェニックスの反対側に立つレヴィとセツの容態を確認した。
「――≪フォルテッザ・ディ・テンペスタ≫」
「≪断絶氷壁≫!」
何らかの原因で反応が遅れたのか、俺が地下空間に入ってから一度も攻撃して来ないフェニックスから隔離するべく、嵐の壁を作り上げた。が、俺が最も得意とする魔法の属性は風。十中八九に火を操るフェニックスには相性が最悪だ。それをいち早く理解したレヴィは嵐の壁の後ろに氷の絶壁を作り上げた。
よし……これなら数秒間、時間稼ぎができる筈だ!
「二人とも大丈夫か!?」
「私は魔力が吸い取られただけ、それよりセツちゃんがっ!」
無言で彼女に頷き、彼女に数本の魔力ポーションを渡して、この場で一番危険な状態にいるセツの容態を念入りに魔眼で観察した。
『なんだよ、これ!?』
『セツさんの中身ボロボロじゃないですか!?』
『レヴィを使ったか……』
俺と恐らく念話を通して俺達の視界を共有してセツの身体を見たイジスは驚愕した。冷静に分析するイリアに突っ込みたい欲が満載だが、今はそれを時間をも惜しい。イジスの言う通り、セツの外見こそあまり変化は無いものの、実際にその内臓は破れ、体中の血管が所々破裂していた。しかも彼女の魔力は酷く汚染され、劇毒と化して内部から現在進行中で彼女の身体は内部から崩壊している。文字通りセツの身体は崩壊しつつある。何でまだ生きているのか不思議なぐらいだ。
レヴィが言った「契約した者は全員無残な死を遂げる」ってこういう意味かよ!すぐさま十本弱の回復ポーションを取り出して、ゆっくりと意識朦朧な彼女の口からそれらを流し込んだ。一刻も争う現状だが、命を救うポーションが窒息させたら元も子もない。焦りで震える手で出来るだけ丁寧に、セツの救命措置と言うよりかは延命措置を施していた。
実際の使用時間は十分未満の筈だけど、数時間……下手したか数日が過ぎたように感じられる。地面に二十を超えた数の空になったポーションの瓶が転がっていても、俺は惜しみなく≪ディメンション・アクセス≫から次々とポーションを取り出した。そんな時――
『レイ、ストップだ』
――念話からイリアの牽制の声が聞こえた。
『ペースは遅いが、セツの身体確実に回復している』
『そっか。それは朗報だ。でも何故止める?』
『これ以上使っても意味がからだ。使い過ぎるとセツにポーションの効果が効き難くなるぞ。あれだけ使って、今頃でようやく効果が出始め、二本前からの効果の効き目は変わらない。つまりこれ以上使っても意味は無いし、逆にリスクが増えるだけだ』
『……分かった』
イリアの正論に反論できず、渋々とポーションを取る手を止めた。未だに窮地から出ていないけど安定に回復を始めただけでも少し安心できた。魔眼を発動したまま、隣にいるレヴィを一瞥して、彼女の容態を確認した。外傷は殆ど無く、ただ魔力が枯渇寸前のレヴィが数本の魔力ポーションを飲み干しても本来の二割程度の魔力しか取り戻していない。俺の場合は一、二本でほぼ元通りまで回復で来たことから彼女の保持する魔力の量の膨大さを物語っている。
おっと、今は感心する場合じゃないな。一刻も早くセツ達を連れて地上へ戻らないと。そう思って、俺が入って来た風穴を見上げ――
「えっ?」
――思わず驚愕の声を漏らした。
何せ、擬似レールガンで開けた穴の直径は十数メートル弱の大穴が綺麗さっぱり元通りに戻った。上の階層を遥かに上回る速度で修復されている。これもここだけの特別な仕組みなのか?
『落ち着け。セツの容態は想定外だが、我々は本来あのフェニックスを一度殺して、転生する間に逃げるつもりで来た。当初計画通りでやるぞ』
「仕方ない。いけるか、レヴィ?」
「……マスターの魔力を使わせれば、行ける」
「構わない、好きなだけ使え……俺にはあの炎の身体を傷付ける方法は恐らく持っていないからお前の攻撃が鍵になる」
「…………」
「どうした?」
珍しくあんまり乗り気ではない、もとい気が滅入る様子を見せるレヴィ。数回聞いても中々答えるつもりが無い。心の中で彼女に謝りつつもやや冷たい口調で「戦いの前に不安要素を取り除きたい」っと、告げた。そしたら彼女はようやく胸の奥に抱えている思いを述べた。
レヴィの話を要約すると、彼女は自分を使ったセツが反動で瀕死の状態に陥ったことをきっかけに、彼女の封印される前の記憶が蘇った。神代戦争が終結した直後、生みの親とも言える初代魔王は当時の勇者御一行の手によって命を落とした。帰る場所を失ったレヴィは姉妹たる他の大罪悪魔達を離れ離れとなった。しかしながら魔王の魂の片鱗の持つ彼女の命を狙う輩も多く、ましてや魔剣としての価値で彼女と契約を交わす者も少なからずいた。が、それらは皆、短い時間内で無残な死を遂げた。
俺との契約はでそのトラウマを多少克服したと思ったが、今のセツの容態でそのトラウマが再度浮上し、ひどく自分を責めている。まぁ、そう簡単に乗り越えられるのであればトラウマと呼べないもんな……
「大丈夫……セツを死なせない。イリアも、イジスも、お前も……無論俺自分もね。そしてベルフェゴールも封印から解放する」
長い間魔力が少ない状況下にいるせいか、それともフェニックスの炎から身を守るために使った魔法のせいか。やや体温が低いレヴィの右手を握って、自分が傍にいると彼女に協調しながらも励ます言葉を口にした。
「だから……その成功率を一パーセントでも高めるために、手を貸してくれないか?」
「……ええ、勿論だ。マスター」
空いた左手で今でも零れそうなぐらいに、瞼に溜まった涙を拭き、レヴィは俺の手を握る力を強めた。
「もう茶番をお終いか?」
折角の雰囲気を壊す、聞き慣れない声がこの地下空間に響き渡った。その声の元に視線を向けると、そこには俺とレヴィが作った二段の壁がもういない。代わりにフェニックスの炎の身体がまるで俺達を待っている様に静止している。いや、言葉を聞く感じだと、これは完全に俺達を待っているよな?
「へぇ~随分と余裕じゃねか?でもまっ、待っている事には感謝しているけどな」
「我は挑戦者を求むのみぞ」
「挑戦者、か。そんなにここが退屈だったか?」
「数百年もここに閉じ込められたからな」
「良いぜ……望み通り、相手をしてやる。こっちも仲間達を痛めつけた分の借りを返えさないとなっ!」