第百四十八話
【第三者視点】
≪砕氷雪花≫は巨人戦の後、セツがレヴィとの訓練中にレヴィが彼女に提案した技の一つ。当時のセツから敵を確実に倒せる技を持たぬという悩みを打ち明けた。確かにセツは獣人族として、人間より高い身体能力を持っている。が、それはあくまでも人間を基準とした数値で、巨人襲来の直前で彼女と対峙した下級悪魔で自分の無力さを痛感した。
魔力無しでの肉弾戦に限界を感じた彼女はレヴィから本格的な魔法の練習を始めた。セツは魔族たる母の血を半分引き継いだからこそ、本来魔力さえも感じられない獣人族が魔力をようやく認識し、操れることを可能になった特例。だけどそんな彼女の中に流れる血の半分は紛れもなく獣人族の物。
片方は魔力の操作に長けている、もう片方は魔力を拒んでいる。本来相容れぬ二つの血が一つの個体の中に流れている。その結果として生まれたセツは魔力を使えるものの、レイやレヴィみたく、中から遠距離の範囲を持つ魔法は使えない。何故なら彼女が所持する魔力量は多くない上に、自身から一メートル弱以上離れた魔力を干渉できないからだ。
しかも彼女が現在使用可能な魔法は氷結魔法のたった一つ。「せめてレイと同じ身体強化ができる魔法が使えれば」というのはレヴィの素直の心情である。でも無い物ねだりしても現状は変わらない。故にレヴィはセツに残された手段、氷結魔法を武器や身体を纏わせて、攻撃力と守備力を底上げする。爆発的な上昇は無いが、使い方次第で戦術の幅が大きく広がる。そしてその訓練の成果こそが≪砕氷雪花≫である。
そして過酷な訓練を続け、彼女はやっと、技の完成まで一歩手前の境地まで辿り着けた。出来れば『塔』の攻略中で完成形までもって行きたかったのは彼女の願いであったが、現実はそう甘くはなかった。
ならば彼女はそんな未完成な技を格上の存在たるフェニックスに使用したのか?答えは、否。彼女技の完成のは一歩手前にあった。そんな彼女は思いをしなかった形で技の完成形の目にすることができた……
一切の反撃を許さず、魔糸によって束縛されたフェニックスの身体に二百を裕に超える斬撃を刻み込まれた。そして斬られた部位には全部凍っていて、魔剣を使用したお陰で炎の身体を持つフェニックスにもその芯まで凍らせる斬撃を全身に浴びた。いくらフェニックスでも無事では済まない。
が、レヴィにも言われた通り、攻撃の威力は爆発的に上がらない。無言でセツの猛攻を耐えたフェニックスの身体は満遍なく蒼白い氷の斬痕に覆われているにも拘わらず、どれも致命傷になれなかった。
――パリン!
「ぬっ!?」
攻撃を耐えきったフェニックスは勝ち誇る言葉を発しようとした刹那、その身体からまるでガラスが割れたような甲高い音が次々と鳴り始めた。驚きを隠せなかったフェニックスは声を漏らして、自分の身体に視線を向けた。
そして彼は気づいた。砕けたのはセツによって刻まれた氷の斬痕。連鎖反応の如く、凄まじい勢いで砕け散る氷の破片が更なる斬痕をその身に刻んだ。
斬った箇所を凍らせ、暫くしたらその氷は砕け散り、その破片はまた新たな切り傷を刻んで凍らせる。魔力さえあれば相手の身体を認識不能な肉塊以下まで刻むことも可能とする無限ループこそがこの≪砕氷雪花≫という名の攻撃。
だが、この攻撃の凶悪さこそがセツが完成手前に止まらせた理由である。その無限ループを維持するには大量な魔力以上に、繊細な魔力操作を要求する。魔力の干渉できる距離は一メートル弱しか許されないセツにとっては克服不可に等しい欠点であった。
何とかして『塔』の攻略中に少しでも魔力を干渉できる範囲を広げる彼女の努力の望んだ結果にはなれなかった。でも今のセツは魔剣を握っている。彼女が苦手とする魔力操作は全部レヴィがその役名を補っている。
「ぬぅ……」
無限連鎖する攻撃に陥ったフェニックスを地上から見守ってから暫くが時間が経って、痛みで宙に浮く気力すら削れたのか、フェニックスは魔糸に更なる傷跡を刻まれたも地上に落ちた。
「よもやこれ程とは……」
「…………」
「敗者への同情は要らん!今回は我の負けだ!」
弱々しく頭部を開けて掠れ声でセツに向けた言葉を発した。無言で魔剣を構えたセツの姿を見て、フェニックスも観念したように、一切の抵抗を見せなかった。そしてセツは倒れたフェニックス胸元で魔剣を一息で突き刺した。
「…………」
悲鳴も断末魔も上げず、静かに倒れたフェニックスから魔力を感じ取れず、身体の炎も徐々に消えてゆくことからその死を確認したセツは糸が切れた人形みたいに、近くの石柱に身を寄せて座り込んだ。
「うっ……!」
そんな彼女は突如に苦痛の声を漏らして、自分の頭を押さえた。セツの急変を見たレヴィは即座に擬人化のスキルを使って魔剣からいつもの人型の姿に戻った。
「セツちゃん……!魔剣を使った反動か!?」
「だい、じょうぶ……」
「どう見ても大丈夫じゃないよ!やはり私は――」
「レヴィ様の、せいじゃ……ない!」
頭が割る程の頭痛に襲われ、次第に呼吸も荒くなった。いや……頭痛だけじゃない。セツの身体はレヴィを手にした事と慣れない魔力の使い過ぎで全身の筋肉が悲鳴を上げている。その想像を絶する痛みに蝕まれたセツは時折呼吸すらできなかった。本来ならそこに座るだけでも苦痛なのに……それでも彼女はレヴィの自分を責める言葉を覆い被するように大声でその言葉を途切らせた。
「セツちゃん……ッ!?この魔力は……!」
レヴィの言いかけた言葉は再び途切れた。でも今回は彼女の背後から爆発するかのように表れた爆炎と魔力によって。目を大きく見開き、恐る恐ると後ろへ振り向くレヴィを待ち構えているのは――
「ふむ……第二戦を始めようか?」
――火柱の中から生誕したフェニックスであった。