第百四十六話
【第三者視点】
時間を少し遡り、レイ達がようやくデュラハンとの激闘を終えて、ヘル・キャリッジによって『塔』の地下へ転移されたセツとレヴィが火柱から姿を見せるフェニックスと対面した。
炎を纏うと言うよりかは炎そのものが身体になっている超大型の鳥形のモンスター。骨や肉体、羽などは無く、その代わりにその全ては燃え盛るオレンジ色が帯びた猛火に構造されていた。その尻尾に当たる部分は孔雀の尻尾を連想させる、長く伸びる炎が十本弱、ゆらゆらと風に当たっている様に揺れている。
フェニックス、それは数多の漫画やゲームの中に登場する最上位の存在の一つで、時にはその作品のラスボスにも匹敵する力を持つ場合もある。勿論セツにはこのフェニックスの存在を知らない。でもそこに存在するだけで滲み出した熱気と一緒に、彼女は全身で感じた、自分よりも数段格上の存在が放つ覇者の如く威圧を。
レイ達と出会わず、様々な敵と対峙しなかったセツならきっとその場で意識を失うか、もしくは持てる全てを使ってその場から逃げ出すであろう。いや、それが現在の彼女でも自分の勝機は極めてゼロに近いってことは理解している。実際に彼女はフェニックスが現れた刹那に姿を隠し、奇襲を仕掛けていない時点でこの事実を物語った。
それでも彼女は逃げなかった。現にセツは脳が送り出す危険信号と闘争本能を全力に無視し、逆らっている。それは全て、自分を救い、復讐負いう名の願いを叶えるチャンスを与えた恩人の一人として、戦う術を与えた師匠の一人である大罪悪魔が彼女のすぐ後ろにあるからだ。
本来の状態のレヴィであれば、セツに守られる必要はなく、現状の役割が逆転する筈だった。が、レヴィはこの場所に転移した際に魔力の殆どが吸い取られて、今はロクに歩くことすらできない。
「早く、逃げてっ!セツちゃん!」
それでも、まともな戦力にならない自分の守るために死地へ赴こうとするセツを何とか逃がしたかった。しかし、そんな彼女の叫びにセツは聞く耳を持たなかった。
「あれは幻魔種の巨人族と違って、神獣種のフェニックスだ!セツちゃんに勝ち目は――」
「わかっています!」
レヴィの声を遮るように、セツは珍しく声を荒くし、叫んだ。そしてレヴィが反論を言いだす前に、セツは次の言葉を発した。
「私はもう、大切な人を置いて逃げ出さないっ……!」
「っ!」
セツの言葉を聞いて、レヴィはある事に気付いた。復讐の為の術を手に入れる目的で共に行動するセツにとって、こんな場所で命を落とす選択肢を取る筈がない。それでも彼女は逃げなかった、それはきっと……大切な家族を守れず、一人で逃げ延びたセツを許せなかった。そして心のどこかに当時に取った行動に後悔し、少なからずトラウマになっている。だから彼女は復讐より、目の前の大切な人のレヴィを守る道を選んだ。例え、それは自分の命を犠牲になっても……
「……分かった」
未だに攻撃を仕掛ける素振りを見せないフェニックスを一瞥した後、レヴィはある決断に辿り着いた。
フェニックスは私たちの会話が終わるまで待つ必要はない、そもそもその途中で攻撃すれば確実に私達を殺せた。なのに、それをしなかったのは何かの理由があるのか、それともただ自分は決して倒せないという絶対的な自信があるのか?理由はなんにせよ、このチャンスを活用しない筈はないね。
「セツちゃん、私を使って」
「良いの?」
「私はマスターと契約しているからセツちゃんへの反動は少ないと思う……でも私を手に取った人はマスター以外――」
「構いません」
セツの覚悟が伝わったレヴィは言いかけた言葉を飲み込み、無言で頷いて魔剣の姿に戻った。魔剣を手に取ったセツは一瞬苦しむ表情を見せたが、すぐに「平気」とレヴィに伝えた。
「≪吹雪の帳≫……本来の力とは程遠いけど、少なくともフェニックスに近づいても焼死されないぐらいになった」
魔剣の状態で魔法を唱えた直後、半透明な蒼い魔力セツを包んだ。
「十分です」
それを言って、セツはフェニックスに向けて魔剣を構えた。が――
「もう良いのか?」
――不意にこの地下空間内に響く、低い声が彼女らを襲った。その声の正体はフェニックスであることはその場にいる彼女二人は理解した。
「我はもう少し待っても構わんが……もう準備は終わりか?」
「……どういう意味だ?」
「我は挑戦者を求む。我を倒せる挑戦者を。汝らはそれになりえるのか?」
「無理、と言ったら……逃がしてくれる?」
「不可能である。挑戦者ではないであれば、せめて苦しまず、一瞬で終わらせよう」
「それは嫌だ」
「ならば戦え!我を倒せばここから脱出できる」
「言わなくてもっ!」
セツのその一言はまさに開戦の狼煙。彼女がそれを叫んだ次の瞬間、魔剣を片手で持った状態でフェニックスの方へ跳躍した。対するフェニックスはセツの真正面から攻撃を見て「ほう……面白い」と少し感心したが、すぐさまにその両翼を大きく広げた。