第百四十一話
「≪大地崩落≫!」
ヘル・キャリッジとデュラハンを目の前にし、振動魔法でその二体のモンスターの足場を崩落させた。この二体がどうやってここにやって来たのかは分からないが、少なくともデュラハンの方は今まで飛翔するところは見たことはない。しかもこの≪大地崩落≫は直接に対象のモンスターと接触する魔法ではないからヘル・キャリッジの障壁も無効化できない筈だ。
そして足場をなくした二体は案の定、陸を離れ、空を経由して魔法の効果範囲外に移動しようとした。
「≪超重の足枷≫!」
あの二体が動いた瞬間、俺はその上空から所持する魔力の大半を消費して大規模な重力魔法を発動した。当然の様にヘル・キャリッジは障壁を展開して重力の呪縛から逃れた。が、その障壁はデュラハンまで効果を及ばなかった。その崩落の中心に残されたのはデュラハンだけになった。
振動魔法で砂塵とかした『塔』の床と超重力の組み合わせで足首まで埋もれた。本来ならもう圧力に耐え切れずに粉砕してもおかしくないだが、それでもデュラハンの鎧は未だにその原型を保っている。それでも手で握っている鉄塊を手放さず、鎧が軋む不快な音を立てながらも円錐形の流砂に満ちた落とし穴から登ろうとした。
そのまま『塔』の床の修復と共に封印されたら幾分楽なんだけどなぁ……でもこの程度の罠は精々足止めの効果にしか期待できないって事は百も承知だ。
「存分に抗えよ、この圧力を……!お前にはそれを可能にする力が有るって知っているんだ。だがな、抗えば抗えるほど痛い目を見るって事を思い知れ……!」
鎧を軋みながらも足を止まらないデュラハンの姿を捉え、その言葉を発して、次の一撃に必要な分の魔力を拳に集めた状態で思いっきり地面を蹴った。静止した状態で急に加速し、超重力の効果範囲に入る直前――
「!?」
――俺はデュラハンに掛かった重力魔法を解いた。
すると、数十、数百倍の重力の呪縛がいきなり消えた事でそれに抗う為の力を振り絞ったデュラハンは当然のように態勢を崩した。勿論足元の振動魔法はまだ健在で、流砂まみれの円錐形の穴に安定する足場など存在しない。俺には風の足場が有るから地面が流砂だろうと関係なく、スピードを落とせずに動ける。
接近する俺へのせめての抵抗として無暗に鉄塊を大きく薙ぎ払ったが、そんな精度の欠片もない攻撃が当てられる筈も無い。紙一重で反撃を躱し、一気にその懐まで潜り込んだ。
「≪昇炎の爆鎚≫!」
≪雷の激鎚≫と同じ原理で、≪昇炎の爆鎚≫は雷の代わりに爆炎による爆発で威力を増やす魔法だ。轟く爆音と共に、デュラハンは盛大に空高く吹き飛んだ。だがここで攻撃の手を緩めてはいけない、デュラハンに攻撃できるチャンスを与えてはいけない。
空中で態勢を整える前に潰す……!その一心で俺は再び足に力を込めて、デュラハンを追う形で跳躍した。
「今度こそ……!≪雷の激鎚≫!」
ほぼ全速力を使って、何とかデュラハンに追い付けた。そして次の瞬間、雷魔法が纏った蹴りをその腹部に叩き込めた。が、その攻撃は握っていた鉄塊によって防がれた。内心で舌打ちしつつも攻撃を続けた。
先程とは異なる爆音が階層内に鳴り響いた。眩い閃光が階層を照らし、俺らが居る位置から一柱の雷が落ちた。その一拍後、デュラハンの身体は凄まじい勢いで垂直に落ちた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
大気中に漂う焦げ臭い空気が肺を満ちるなか、俺はデュラハンの落下を見届けた。その落下地点を中心に土煙が舞い上がる光景を見下ろしている内に、イリアの声が聞こえた。
『魔力の使い過ぎだ』
『そうですよ。まだ肝心のヘル・キャリッジが残っていますから』
『残念だが、俺はこれ以外の方法であのデュラハンを倒す術を知らない』
『そんな自信満々で魔力を消費して悪いけど――』
『まだ息は有る、だろう?』
それ言って、≪ディメンション・アクセス≫から魔力ポーションを二本取り出して飲み干した。そして馴染みの魔法、限界まで圧縮した風で生成した大鎌を手に、風の足場から飛び降りた。
「ヘル・キャリッジ!?」
そのまま一直線に落ちれば手負いのデュラハンを仕留めれる千載一遇のチャンス。だが俺の落下軌道上の土煙の中から半透明な障壁を展開したヘル・キャリッジが現れた。その屍の馬の蹄と馬車の車輪には鬼火みたいな、青白い炎が覆っている。
『デュラハンを庇うつもりか!?』
流石のイリアもヘル・キャリッジの行動に驚きを隠せずに声を上げた。
『どうしますの!?私のバリアだと吸収されますよよ!』
『レイ!どんな魔法でもいい、その障壁に攻撃して!』
『それはどういう――』
『いいから早く!このままだとぶつかるぞ!』
「≪火の銃弾≫!」
イリアの指示に従い、速度重視した簡単な魔法を放った。放たれた炎の銃弾は言うまでもなく、半透明な障壁と接触した瞬間に吸収された。
『入った!この隙にヘル・キャリッジを避けて!今のヘル・キャリッジはお前の姿を捉える事はできない!』
『意味が分からないが、ありがとう!』
瞬時に風の足場を生成して、流れるかのようにヘル・キャリッジの側面ギリギリの距離ですれ違った。まだ上昇するヘル・キャリッジを無視して、俺は土煙の中に突入した。
『レイ、見つけたぞ』
直径十メートル弱のクレーターの中心に大の字で倒れている頭部が無い人影を見付けた。身体を横に捻り、大鎌を強く握り締めた。
「これで終いだっ!≪風魔の死鎌≫!」
高らかに魔法を唱えたのと同時に振り下ろした風の大鎌。次の瞬間、この階層内に嵐が吹き荒れて、その一箇所の地面には深く抉られた跡が残った。