第百四十話
デュラハン、またの名は首なし騎士。それは多くの作品に登場する有名なキャラクター。その姿は名前の通り、全身を鎧に包み、自分の頭を小脇に抱える死の予言者。その存在は勿論俺も知っているが、如何せん目の前の奴には頭が見当たらない。
そりゃあ、首なし騎士だから胴体と繋がっていないけど……本来小脇に抱えている筈の頭が無い。数多くの作品に出てきたとはいえ、それらの描写が全て目の前の奴に当てはまる保証はない。何より兜が失ったことで姿を見せた鬼火を宿った胴体は果たして実体が果たして存在するのか?はたまた兜と同じで、ただの張りぼてなのか?
鎧の内側に鬼火を灯しているんだ、そこに実体があると思え辛いが、頭が見付からない現状でその胴体を狙うしか方法が残されていない。願わくばデュラハンの後ろに待機しているヘル・キャリッジが邪魔に入らない事だ。
「硬そうだな……」
漆黒の鉄塊を肩に担ぐデュラハンを目の前にして、俺は思わず弱音を吐いてしまった。正直、鎧を壊すイメージが浮かばない。もしデュラハンを倒せたとしてもまだヘル・キャリッジが残っている。激闘の連戦は確定している以上、俺が一戦ごとに使える魔力の量は限られている。
『怖気たか?らしくないな』
『あの巨人族と同格以上の威圧感を放つ相手が二体も目の前にいたらそうなるよ』
『まっ、今のお前の勝機はゼロに近いのは間違い無い』
『…………』
『どうします?逃げるのですか?』
『ああ、それ出来ればしたいさ』
でも俺が知る限り、一度デュラハンに目を付けられたら地の果てまで逃げたとしても必ず追い付かれる。ましてやこの狭い『塔』の中なら尚更の事。
レヴィ達に何度も念話で呼び掛けているが全く返事が来ない。意識が無い状態の堕ちたか、はたまた何らかの原因で念話が遮断されたか?クソ、せめて彼女達が今いる場所を知れば……!いや、もしかして……
『なぁ、レヴィとセツを飛ばしたのは誰だ?』
『ヘル・キャリッジだけど?』
『ならそいつが使った魔力を経由して、使った魔法の詳細を割り出せる事は可能か?』
『……可能だ。でもそれにそれなりの時間が必要だ。できれば対象が抵抗できない状態で行いたい』
そうか。それなら倒すべき理由が一つ増えた。デュラハンの実力は軽々と二回も俺を片手で握っている鉄塊で俺を吹っ飛ばすことで物語っているが、レヴィ達を飛ばす魔法陣以外の攻撃を一切見せない、ヘル・キャリッジの実力が未知数。
『イリア、イジス……サポートを頼む。全力で行く!』
『本当に戦うのですか?イリアさんが勝率はゼロに近い――』
『でもゼロじゃない、だろう?それに……全階層を無暗に探し回すより、ヘル・キャリッジから聞き出した方が速い』
『それでこそ私達が知るレイだ』
『……いいの、イリアさん?』
『構わない、それがレイのやりたい事だから。それに……あのデュラハンは恐らくもう……』
『……そうですね』
何だかイリアとおイジスが意味深な会話を交わしていた。そのやり取りの意味を知りたいが、流石に今は目の前の敵二体を専念した方が先決だ。すーっと、大きく息を吸って……!
『行くぞ!』
自分で念話に発した言葉を合図に、俺は一気にヘル・キャリッジとの距離を迫った。駆け出した瞬間に合わせて、背後から無数の≪火の銃弾≫を同時に射出させた。それを見た二頭の屍の馬はまるで戦闘開始を雄叫びを上げるみたいに前足を上げて威嚇してきた。
「そう簡単に威嚇されて堪るかっ!激震裂:弌撃!」
――カァァン!
屍の馬の頭部を狙った攻撃は鈍い音が鳴るのと同時に、デュラハンが持つ鉄塊によって防がれた。予想はされたけど、改めて平然と攻撃を受けた光景を見ると中々ショックだな……
「激震裂:伍撃!」
内心で舌打ちしながら今度は振動魔法を纏った回し蹴りでデュラハンの脇腹辺りに放った。直撃はしたものの、少しデュラハンの体勢を崩せたけどぶっ飛ばすことは出来なかった。が、これもまた予想通り!
攻撃に使った右足を軸足としてデュラハンの身体を踏み台にして、空いた左足に勢いを付けて、デュラハンの背後にいるヘル・キャリッジに向けて魔法を放った。
「≪雷の激鎚≫!」
使ったのはこれまで実戦で使わなかった雷魔法の一つ。足首に雷魔法を流し込んで蓄積することで攻撃速度を瞬間的に激増させて、攻撃が当たった瞬間に蓄積した雷を放って大爆発を引き起こす。
この至近距離と雷魔法による加速……これならデュラハンも間に合わない!これで二頭の屍の馬は粉々に消滅できる――
「ッ!?」
――筈だった。
俺の攻撃が屍の馬に当たる寸前、イジスのバリアと似て非なるガラスの様な半透明の障壁が突如に出現した。その障壁と接触して、大爆発を起こすどころか、足首に蓄積した雷魔法がごっそり吸い取られた。
『レイ、右だ!』
イリアの指揮を受け、すぐさまに風の足場を利用して右側へ跳躍した。次の瞬間、デュラハンの鉄塊が凄まじい勢いで俺が居た位置に振り下ろした。まさに間一髪の回避だ。更にヘル・キャリッジもその周りに十数個の鬼火を灯して、俺の方に放った。
何とか鬼火の攻撃を躱しながら何とかあの二体から距離を置くことが出来た。あんまり積極的に攻撃を仕掛けて来ないことは不幸中の幸いってとこだろう。
「魔法を無効化する障壁……そんなのアリかよ……」
『正確でいうと魔力を吸収する障壁だ。さっきの攻防から見ると、一度に一種類の魔力でしか吸収できないらしい。その証拠に、強化魔法はまだ掛けたままだ』
「つまり二重、三重で魔法を重ねて攻撃しなければならないのか……」
魔法を二重、三重で使うことは二、三倍の魔力を消費しなければならない。しかももう片方は殆どの攻撃が効かない首なし騎士。
「これは流石にキツイな」
鉄壁とも言える強力なモンスターが二体も立ち塞がっている現状、俺は不意にその言葉を呟いた。