第百三十九話
【第三者視点】
「レヴィ様……?」
気が付けば身体が引き裂かれるような痛みが既に消え、残るはその後遺症とも言える異常な程の倦怠感。そんな彼女は耳元から聞こえるセツの呼び掛けで重たい瞼を開けた。そして、彼女のすぐ横から心配気な表情を浮かべながら自分を覗いているセツの顔が至近距離で視界に映り込んだ。
「――ッ」
師匠であるはずの自身が弟子の目の前であっさり負けた挙句にみっともない姿を晒した。セツに申し訳なさを覚えつつも倒れている自分の身体を起こそうとしたが、まるで身体中の力がごっそり奪われたみたいに、上半身を支える腕力すら残っていない。
「……大丈夫?」
「力が入らない以外の問題は……無い、かな?」
先程の痛みや目立つ外傷も無く、倦怠感以外の身体の異常も感じない事を確認したレヴィは傍に居るセツに「ちょっと起こして貰える?」と頼んだ。無言で彼女の言う通りに上半身を起こして支えるセツに感謝の言葉を述べて、彼女は周りを観察した。
彼女達が居る場所は中央の祭壇以外に何も無い、広い石質な空間。そしてその祭壇の上に居するのはこの空間の唯一の光源になる大きい水晶。複数の鎖に縛られ、仄かに光を放つ水晶の中には一冊の本が閉じ込まれている。その水晶を見た瞬間、レヴィは一瞬にしてこの場所は一体何のための場所なのかを悟って、険しい表情を浮かべた。
「……マスターと離れたか」
「はい。目覚めた時はもう……」
「ヘル・キャリッジの事もあるし、早くマスターと合流したいけど……」
「ここから出れる道が……無い」
「だよね~……ここを攻略しないと出られない、或いは攻略しても出れない空間。一応マスターを待つ選択肢も――」
「戦います……!」
「……今の私は大した戦力にならない、精々後方支援ぐらいだけだ。目の前に弟子が殺される光景は見たくない」
セツの覚悟を知り、レヴィは彼女に残された僅かな魔力を掻き集めた。レイやイリアの話から集めた情報を全部暗記したセツも知っている、この場所の正体と彼女自身がこれから刃を交わる敵の強さを……
レヴィが自分の足で立てる事を確認した彼女はその身体を支えている手を放し、代わりに自分の腰に収まっている短剣を握った。
「大丈夫……私の復讐はまだ、終わらない」
自分の復讐を成し遂げるまでは死なない。遥か昔に交わした誓いを思い出せるかのように、レヴィと自分自身に言い聞かせる為の言葉を残し、彼女は一度深呼吸した後に力強い一歩を踏み出した。
まるでその挑戦を受け取ったと言わんばかりに、祭壇の上の水晶は眩い赤色の光を放った。次の瞬間、セツの前に魔力の嵐が吹き荒れる。やがてその魔力は猛々しい炎に成り、祭壇を覆われる程の火柱となった。
火柱から生誕したみたいに、炎を身に纏った……否、炎そのものがあるモンスターの姿へ変貌した。その神々しい姿を見たレヴィは思わず生唾を飲み込み、そのモンスター……その存在の名を口にした。
「フェニックス……!」
~
【レイの視点】
突如レヴィの足元に現れた魔法陣から伸びた鎖に縛られて悲鳴を上げた。その直後、急激に光り出した魔法陣と共にセツとレヴィの二人の姿が消えた。
「ッ!契約は……まだ繋いでいる……!」
イリアの消失後、俺は真っ先に彼女との契約を確認した。二人の契約を交わした時に生成した魔力のパスは未だ健在。つまり少なくともレヴィはまだ生きている。それの確認を取れた安堵で胸を撫で下ろした。早く彼女達と合流したいけど、目の前に先程イリアとレヴィがヘル・キャリッジと呼んだ、屍の馬二頭が引っ張る、幾つかの青白い鬼火が浮いている馬車と俺を飛ばした漆黒の全身フルプレートの鎧を纏った人物。
その者は着ている鎧と同じ、漆黒の鉄塊を武器する。そのお陰で攻撃をガードした俺の両腕は斬り落とされていない。それにしても、何と言う馬鹿力だ……!強化魔法を掛けた上で冥獄鬼の鎧骨を纏ったにも関わらず、攻撃を受けた後も両腕が痺れて、ロクに動かせない。
『やばいぞ、レイ!』
『イリア?』
『セツとレヴィはベルフェゴールが封印された場所でそれを守護するモノとの交戦が始まった!』
『ディメンション・ウォーカーみたいな奴か!?』
『いや、ディメンション・ウォーカーではない。これはそれ以上の怪物だ!』
『ッ!?』
あの竜以上の化け物がこの『塔』に潜んでいるのか!?まぁ、大罪悪魔の封印を守る存在は予想済みだけど、あれは俺達全員で攻略する予定だ。契約のパスで契約相手のコンディションを何とかく分かるけど……どうやらレヴィは大分衰弱しているようだ。
今すぐにでも彼女達と合流したいけど、目の前の二体のモンスターは恐らく全速力で走る俺を追い付ける。地の利が無い俺がそいつらを振り切る事は難しい。
「クソ、こうなったら全力を倒す他ならない!」
あのヘル・キャリッジ……本体は二頭の馬なのか、それとも引かれている馬車の方か分からない以上、狙うは人型の敵の共通する弱点!
高い身体能力を駆使した攻撃、ならそのフルプレートの鎧もさぞや防御力が高いだろう。硬いと分かれば最初から全力で行かせて貰うぞ!
「≪冥獄嵐鎌≫!」
使った魔法は風魔法を極限まで圧縮して、冥獄鬼の鎧骨に纏った。今回は広範囲での殲滅を持てめていない、ただ人一人の首の直径辺りの範囲の全てを断つ。効果範囲、速度、魔力の燃費。それら全て無視して、ただひたすらに「切断」という概念を極めた魔法。
さらに両足に強化魔法を施して、フルプレートの首元を目掛けて走った!
『よせ、レイ!』
鎌が鎧と接触する寸前にイリアの声が聞こえたが、時既に遅し、俺はもう鎧の首元を切断した。
「なっ!?」
『だから待つと言ったんだ……』
意外とあっさり頭を刎ねられたフルプレートに違和感を覚えて振り返ったら、驚愕のあまりで言葉を失った。首が切断された胴体からヘル・キャリッジと同じ青白い炎が胴体の中から姿を見せた。そんな俺の反応を見たイリアは呆れ気味な口調で言葉を発した。
『あれは冥府の処刑人、デュラハン。元々首を持たない相手に首を刎ねて、効果があると思うか?』