第百三十八話
「……ありがとうございます」
「セツちゃん、ありがとう~!とめも上出来ね!」と、レヴィは最後のエルダーリッチを仕留めたセツを抱きしめて、嬉々しく褒め称えた。褒められたセツ本人もいつも通りに、小さく頷いて呟くように感謝の言葉をかけた。
『これで、指導者を失ったアンデッド達も大人しくに……なっていない!?』
うちのグループの女性メンバー二人が繰り広げる微笑ましい光景を堪能している際、不意に脳内に過った考えのせいで思わず周囲に意識を向けた。が、その時に見たモノは現在進行中の仲良しシーンを一瞬で忘れさせる程の戦慄を感じた。
「おい、レヴィ!早くセツを離せっ!」
「なに~?マスターが嫉妬しているのか?」
「そうじゃない!俺達は既に大量のアンデッドに囲まれているんだ……!」
「「っ!?」」
俺の警告を聞いた二人はお互いから離れて、それぞれの得物に手を伸ばした。四方八方から雪崩のように押しかかる大量のアンデッド。それを目撃したレヴィも流石に動揺を隠し切れず、鋭い声でイリアに呼び掛けた。
「指導者を倒せばアンデッド達の動きも止めるじゃなかったの!?」
『……私達が第64階層に着いた時にアンデットの指導者はあの三体のエルダーリッチに間違いない。だとすると、考えられる可能性は二つ。三体のエルダーリッチが全滅する前に別のモンスターが指導者になっていた、もしくは三体のエルダーリッチの中にまだ生きている個体がいる』
「っ!」
イリアの発言で一番反応を示したのはセツであった。無理もない。彼女は自分の手で三体のエルダーリッチを倒して、死亡確認はしなかったものの、長年の逃亡生活と訓練で培った経験で獲物を倒した時の手応えで何となくそれの生死を分かるようになっていた。だからこそ、イリアが殺した筈のエルダーリッチがまだ生存している可能性はセツの今まで経験を否定しているように等しい。
『この世に相手の感覚を狂わせる魔法やスキルは数多く存在する。仕留め切れなかった事を悔やむならその経験を生かす方法を探る方が良い。今の世界で一人で三体のエルダーリッチを全滅の淵まで追い込めた、それだけでも十分に誇らしい偉業だ』
己の言葉が齎すセツの心境の変化をいち早く察したイリアは彼女に励ましの言葉を含んだフォローを口にした。こと戦闘に関して、イリアは率直な発言を口にする事が多い。それも前にリルハート帝國で毎日の訓練の時に心が折れる言葉とその直後でややぎこちないイリアのフォローを散々聞かせた。今更挫ける程、セツは柔じゃない。未だに自分の発言のフォローに慣れないイリアに対し、セツは微妙な表情を浮かべながら「……分かりました」と呟いた。
「ねぇちょっと、イリアさん!そろそろアンデット達の止め方を教えてほしいですけどね!」
『貴女ならこの程度の群を簡単に殲滅できる筈だが?』
「できるけど、マスターとセツちゃんは巻き添えになるよ!」
実体化していないイリアと会話を交わしながら遠くから俺達を狙撃するスケルトン・アーチャーの矢を魔剣で振り払った。
「あれは……!」
俺達とアンデットの群との距離が段々縮んでいて、緊張が俺達を占めている最中でセツが突然にアンデットの群に指差した。俺とレヴィも彼女に連れて、指差した方へ視線を向けた。
セツが指差した場所はアンデットの群の奥にある更地。もっとも、今は既に大量のアンデットに埋もれ尽くされたけど。そこには浮遊する二つの青白い炎が馬と似た足音と共に、高速に移動している。
『ヘル・キャリッジ……!』
「嘘でしょう!?何でこんな所に!?」
ソレを見て、最初に反応したのは案の定の二人であった。しかし、二人とも珍しく出現したモンスターに驚きを隠せなかった。
「……ヘル・キャリッジって、なに?」
動揺する二人とは真逆に平常運転するセツはいつも通りの口調でそのモンスターの事を訪ねた。しかし彼女の質問を答える前に、レヴィは切羽詰まった声で俺に指示を出した。
「良いか、マスター?今すぐセツちゃんを連れて、この『塔』から全力で逃げて」
「何を言って――」
「イリアさん、イジスさん……マスターを頼んだ……!」
『任せて』『勿論です』
レヴィは俺の言葉を遮るように声を上げて、実体化していない二人に呼び掛けた。本来ならこのような場合はイリアかイジスが異議を唱える場面だが、今回は三人とも妙に息が合っていた。しかも三人が放つ緊張感は前に巨人と戦っていた時のそれとは全く桁が違かった。
レヴィさえもヘル・キャリッジというモンスターをこれ程警戒している……まさかエルダーリッチ達の時間稼ぎはこのモンスターを召喚する為なのか!?……もしそうだとすれば、このヘル・キャリッジは大罪悪魔に勝てる実力を持っている!
俺達がこの場にいる事はレヴィが全力を出せない事を意味する。しかも彼女は俺とセツを庇うながら自分を殺せる事が可能なモンスターと戦うというハンデを背負う結果になる。だが、逆に言えば俺とセツがレヴィに守れる必要が無い且つレヴィの本気の攻撃の巻き添えにならない限り、レヴィの戦力になれる。ほんの一パーセントでもいいから、レヴィの勝率を上げない……!
「――っ!」
でも俺がその提案を口を出す前に、横から凄まじい殺気を感じた。咄嗟に冥獄鬼の鎧骨を纏って、何重も強化魔法を重ね掛けた。が、次の瞬間、巨人の一撃を思い出せる程の衝撃が身体中に走り、気付けば俺は数十メートル上空へ飛ばされた。
「マスター!」
地上にいるレヴィの悲鳴を聞こえた。俺を打ち上げた犯人の正体を見たいところだが、俺が居た場所にはレヴィとセツの二人にしかいない。刹那、俺の背後から先程の殺気を感じた。くっ、反撃に間に合わないか!
「イジス……!」
『≪リパルス・バリア≫!』
その直後にキィィィン!っと甲高い金属音が鳴った。恐らく俺を地面に叩きつけようとした攻撃は見事にイジスのバリアに弾かれた。相手は誰であろうと、イジスの存在を知る筈も無い!そして自分の攻撃は未知の力に弾かれた……どれだけの達人だろうと、そこには刹那の隙を見せる!
「激震裂:弐撃!」
振動魔法と強化魔法を施した回し蹴りを襲撃者に叩き込めたが、その態勢を崩して数メートル先へ飛ばしただけで、大したダメージは入っていない。
「ああああああ!」
俺と襲撃をがそれぞれ次の攻撃を繰り広げる前に、地上からレヴィの悲鳴が聞こえた。すぐさま彼女の方へ振り向いたが、彼女の身体は地面に描かれた紫色の魔法陣から伸びた数本の鎖に縛られていた。魔法陣の光が徐々に強まるに連れ、レヴィから苦痛の声を漏れ出した。
「レヴィ!クソがっ!邪魔するな……!」
直ぐに彼女の救出に迎えたが、背後にいる襲撃者はそれを許しなかった。襲撃者が振り下ろす得物を両腕でガードしたが、それでも相当な距離まで飛ばされた。
「マ……スター……!」
「レヴィ様!」
セツは鎖に動きを封じられたレヴィを守るべく、周囲のアンデットを倒していた。そんな彼女が弱々しい声を漏らしたレヴィを最後の瞬間に積み重ねる死体を乗り越えて、その手を掴んだ。そして次の瞬間、魔法陣の光が最高峰に到達して、あの二人の声が完全に途絶えた。