第百三十五話
レヴィの念話を受け、セツと一緒に脳内マップで強調表示された場所、第64階層の中心部分まで駆け付けた。レヴィの奴、いつの間に第64階層まで行ったんだ?そもそも、最低でも未知の領域の第63階層は一階層分のアンデッドが待ち構えているのに、一体どうやって……?
しかし俺のその疑問は問題の第63階層に踏み入れた瞬間で呆気なく解かれた。薄氷に覆われた大地とその上に生えた無数の氷像と大気中に漂う細氷が占める、白銀の世界。元々第63階層の構造は知らないが、恐らくは前の第62階層とほぼ変わらないはず……少なくともこの氷河期の真っ最中なモノではない。まぁ、そのお陰で俺とセツがそこを難なく突破できた。
もし俺達が第62階層でバカ真面目にゾンビ共の相手をしても、後2階層分のアンデッドを倒さないと辿り着けない事実を改めて考えると思わず戦慄が走る。大罪悪魔の封印と新世代の勇者の育成施設、二つの目的を持ったこの『塔』を設計した初代勇者達の鬼畜さが分かる。
「おっ!マスター早かったね!」
俺がレヴィを目視できる前に、彼女が先に左手を大きく振りながら元気に俺達を歓迎した。
「――ッ!」
な、何だここの魔力量は!?レヴィは呑気に挨拶して来るけど、彼女の周りには三つ程、巨大な魔力の塊が彼女を囲んでいる。
『ほう……三体のエルダーリッチ、か』
『そう!約束通り、ここからはセツちゃんに任せるね?』
『――了解』
巨大な魔力の塊を感知し、最初に反応したのはやはりイリアだ。にしても、今回の相手はエルダーリッチ、しかも三体か……セツもその三体の脅威に感づいて、真正面からではなく、内の一体の背後を取る形で気配を消して、大回りで忍び寄せた。エルダーリッチ達の注意をセツに行かない為、俺は正面から堂々とレヴィと合流した。
記憶が正しければ、確か骸骨がベースになった死神みたいなモンスターで一部のアンデッドとスケルトン系モンスターの上位種族、だったかな?大量のゾンビを使役するモンスター、それ自体もアンデッドだと思ったけど案の定だったな。上位と言っても基はアンデッド、聖属性が宿っていない攻撃が効くと願いたい……
『あれ?……攻撃して来ない?』
俺達の役名はセツのサポートだから可能な限り積極的に攻撃しない。できれば三体同時にではなく、カウンターや奇襲での各個撃破が望ましい。が、目の前のエルダーリッチが三体揃って一向に攻撃を仕掛けて来ない。お互いは先手を打たず、相手の動き全てを警戒しなければならない膠着状態に陥った。
『警戒……いや、怯えているんだ。レヴィのことが』
『レヴィに?』
『恐らくは本能的に彼女の実力を知っただろ。はぁ……ここに来てやっと彼我の力量を図れて、身を引けるモンスターと出会ったか』
『ふ~ん……ま、それは俺達にとっては好都合だ。背を見せる敵ならセツに敵う筈も無い』
『そうだと良いんだが……』
「え、どういう事?」という言葉が念話で発する前に、左側のエルダーリッチの背後からセツが一の弾丸みたいにその首元に迫る。
一閃!セツが握っている短剣がエルダーリッチの首に一筋の銀色な斬撃を放った。よし、首を刎ねられたら例えアンデットでも直ぐに再生できない。そう簡単にエルダーリッチを殺せると思えないが、これで一体のエルダーリッチの動きを多少制限できる……筈だった。
「――ッ!?避けた!?……いや、幻影か?」
セツの短剣がエルダーリッチの首と接触した瞬間、エルダーリッチの身体が黒い霧となり、霧散した。くっ、所持する魔力でも偽装する、あるいは幻影に渡すことが出来るのか。
なら本体は何処に?残りの二人も幻影なのか?攻撃して来ないのはしないではなくて、できないのか?それとも、本当はたった一体のエルダーリッチで複数の幻影を見せたのか?いや、それならイリアが「三体のエルダーリッチ」って言わない。レヴィがそう簡単に騙される筈がない。それとも幻はエルダーリッチの法ではなく、俺が見る物全てが幻影だとすれば……!もう、俺は攻撃を受けているのか?一体、何時から!?
『ご主人様!左への足場を!』
「……!?あ、ああ。分かった」
セツからの念話でぱっと我に戻り、彼女が頼んだ風の足場を即座に生成した。それを踏み、勢いを落とせずにセツは二体目のエルダーリッチの所へ方向転換した。
「マスター、大丈夫か?さっきからボーっとして」
「……もう大丈夫だ。さっきは、ちょっとエルダーリッチのことで没頭した」
「そうか。しっかりしてね?私達はセツちゃんのサポーターなんだから」
「ああ……」
『まだ悩むのか?……安心しろ、お前が見る全てが現実だ。あのエルダーリッチはただ闇魔法でお前との距離感を狂わせ、煙幕に紛れて身を隠しただけだ』
「イリア……」
『こほん……まぁ、なんだ。お前は私達が付いている。何があったら私達に頼ればいい、伊達に元天使と大罪悪魔を名乗っていない』
『そうですよ。イリアさんの言う通り、私達はいつでもレイさんの傍に居ますよ』
ずるいなぁ……レヴィから始め、イリアとイジスも次々と励む言葉を貰った。一応俺は顔に出ないよう頑張ったのに……本当、彼女達に隠し事は出来ないな。こんな心境でお前らのその言葉を聞いたら……セツと一緒に先頭で戦いたくなるんだろう。
『それはまだダメ。今主役はセツだ』
「……思っているも筒抜けか」
『その有り余る気持ちで彼女に最高のサポートを与え』
『セツちゃんは集団戦に必要な知識と経験を十分に得ている。でも、エルダーリッチ三体を相手にするのは彼女でもキツイ。なら今回の『塔』の攻略で彼女に最も恩恵を貰える舞台を仕上げるのは私達の役名。そうでしょう、マスター?』
「そう、だな……色々心配かけて、ごめんね」
『良いって。ほら、エルダーリッチに攻撃を当てず、セツちゃんもそろそろストレスを感じ始める頃ね』
「ああ……行こう!」