第百三十四話
「ん~ようやく本調子に戻った!」
ゾンビ共からの逃走した日から体感でおよそ十日以上が過ぎた。仲間達に看病された日々もようやく解放された。
別に彼女達に看病された事自体が嫌な訳ではないが、彼女達が懸命に狩りや料理等を励んでいるのに、自分だけ何もできないのは……些か不満を感じる。何よりこの約十日間であいつらの『看病』の定義と俺が知るそれと少し……いや、かなりのズレがある事を知った。
まず俺の看病兼お世話する期間が一番長いイジスは一言で説明するなら……「お母さん」が一番分かり易いだろ。彼女は兎に角俺を徹底的に甘やかすスタイルで、「看病」と言うよりは「ダメ人間製造プロセス」。「心配」や「可愛がる」程度の言葉なんかで表す行動ではない……!あれは、もはや「溺愛」に近いかも知れない!もう何回か危うく彼女の誘惑に屈したし……正直にこれ以上イジスに抵抗できる自信がない。
次にレヴィだが……彼女はその期間で大罪悪魔の名を恥じない小悪魔っぷりを見せてくれた。例えば、他の皆が居ない隙に俺が身体を動かせないから身体を洗う手伝いや汗拭き等を理由にして、やたらと俺の服を脱がせたいみたいだ。念話で彼女を皆が帰るまで制するのがめっちゃ大変だった。
食事の時に至っては大量の手料理を食わせたり……ほぼ毎秒が限界に近い満腹状態で苦しめられた。彼女曰く、身体に力が入らない時は多く食べれば大体治るという謎理論を語った。純粋な善意であのような行動を取ったから「自分は元々小食だからそんなに多く食べられない」……なんて言えない。彼女の気持ちを無下にするなも心が居たいし、何よりレヴィの悲しい顔を見たくない理由で、気合と意地で何とか満腹地獄を耐え抜けた。
セツは訓練兼狩りで俺が休む場所に居る時間が比較的に短ったけど、正直身動きできない俺をどう思うかは謎だ。そもそも彼女は身体が完全に動かせない程の重傷を負った経験が有るのか?復讐を糧として行動する彼女の逃亡生活で一番効率がいい方法で追手を排除するか、それらから逃げ切るか先決の筈。彼女の性格上、正面からの殺し合いを避けるからそこまでの重傷を負う経験は無に近い。だからと言って、毎回狩りから帰った直後に俺の顔を凝視したり、人差し指でほっぺたをツンツンして良い理由にならないよね?
最後に残ったイリアは幸いな事に、他の三人とは違って常識的だ。変にダメ人間に仕上げようとしたり、満腹地獄を体験させる事も無く、ほっぺたを突っつく事も無い……だたセツと狩りを終えたら俺の体調を訊ねて、少しの他愛も無い雑談を交えながら魔眼で俺の容体を診ただけの……俺が知るごく常識的な「看病」をこなした。
でもまぁ、普段見れない彼女達の違った一面を見えた事を考えれば寧ろ得したのかもしれない……
閑話休題。さて、ようやく俺は身体の自由を取り戻して、完治と言えるまで回復した。そして今日は念願の第62階層へのリベンジを実行する日。
「魔眼を酷使しないでね、マスター?」
「分かっている。あんな経験はもうごめんだ……」
「ならばいい。もう一度作戦内容を説明するぞ」
ここ約十日間、俺達は問題の第62階層の攻略案を練っていた。そもそも俺は前半で回復を専念しているからあんまりそれに貢献出来なかったけど、後半ではこれまで彼女達が考え付いた案を検討して、それらの中から可能なモノを少しずつ改善して最適な攻略案を模索した。
その末に生み出した攻略案というのはゾンビ軍団を全無視して上の階層と繋ぐ階段を目指す、それだけ。まさにシンプルイズベストな案だ。でも勿論ただ逃げている訳ではない。イリアがゾンビ軍団と対峙した状況を細部まで聞き出して分析した結果だ。
彼女曰く、ゾンビは喰屍族と違って、殆ど知性を持たない。ゾンビはただ生物、食べ物になれる物に群れて食い散らかすしか出来ない。集団行動や作戦を立案する事は勿論のこと、同種族の間でも意識疎通もできない。なのに第62階層のゾンビは俺達を待ち伏せ、各々の再生速度を理解した上での布陣で数の暴力による怒涛の攻撃を見せた。
それらの事からイリアが出した結論はムラサメたいに、ゾンビ共を操るモンスターが居る。そして第61階層から第62階層でアンデッドワイバーンと交戦する所まで一通りに魔眼で見たが、それらしくモンスターが見当たらなかった。ならそれが居るのは第62階層の奥の階段か、それから上の階層に身を潜んでいる可能性が高い。幸い、ゾンビ共の動きは遅いから疑似レールガンでの強制突破を敢行する必要は無い。
『良いか?群がるゾンビを極力無視して、ただ上を目指せばいい。セツの集団戦に必要な知識と経験はもう十分に蓄積した。万が一ゾンビの指導者が見付からなくても当初の目的からはさほど離れて居ない』
「「…………」」
「私がマスターをおんぶしようか?」
イリアのブリーフィングを聞いて、俺とセツは力強く頷いた。そんな俺ら二人の緊張を解す為なの、レヴィが悪戯っ子みたいな笑みを浮かべて、俺の耳元でそう囁いた。
「要らないよ!でも、もし魔眼がまた暴走したら……」
「大丈夫。その時は『塔』を破壊してでもマスターを守るよ」
「また物騒な事を……はぁ、そうならないよう努力するか」
『……そろそろ作戦を始めるぞ。各自、脳内マップでお互いの位置を確認して。ゾンビ共の指導者を見付けたら念話で他の皆に教えて』
「分かった」
「……はい」
「任せて」
『よし。作戦、開始……!』
俺達の返事を貰ったイリアは念話で高らかに作戦開始の号令を発した。それを合図に、俺達は一斉に走り出した。
第59階層から始めた俺達は既に攻略済みの第60と第61階層を素早く抜けて、肝心の第62階層に到達した。そこへ踏み入れた瞬間、相変わらず悍ましい量のゾンビが俺達を出迎えてくれた。
「クソ、アンデッドワイバーンが三匹、か?」
脳内マップで俺達に一直線に接近する三体のアンデッドワイバーンを確認できた。あいつ等の出現により、空のルートはもう使えない。まぁ、アンデッドワイバーンの存在は元々知っていたからそれぐらいは想定済みだ。
隣のセツを一瞥したが、案の定彼女は行く手を阻むゾンビの首を刎ねながら前進している。首を刎ねたぐらいでゾンビを殺せないが、少しの間の時間稼ぎにも成れる。イリアは極力ゾンビの相手をしないと言った、でも魔法の使用は禁じていない!
いつもの強化魔法と風の足場の運用で空に巡回するアンデッドワイバーンを避けつつ上への階段を目指した。勿論、万が一セツに何かあった時の為に出来るだけ彼女から遠く離れていない。ゾンビの頭上ギリギリの低空移動で階層を見渡したが、ここであることに気付いた。
「あれ、レヴィは……?」
――と、呟いた瞬間だった。
『居たよ!ゾンビの指導者が!』