第百三十三話
それから俺達は無事にセツとイリアと合流できた。二人の狩りの成果である獣型モンスターの肉を使った手料理を振舞ったレヴィは未だに「噛む」力が戻っていない俺の為、特別にそれらをたっぷり煮込んだスープを作ってくれた。
些か獣の臭いがまだ残っているが、妙に拒否感が無く、何なら味を引き出せた。俺達五人が作る料理の中で一番美味しいな一品と言っても過言ではない。スープしか飲んでいない俺は皆が食べている肉料理の方は知らないけど、皆の表情から不快という感情が見えないし、レヴィ自身も満足げな笑みを浮かべながら次々と料理を口に運んだ。
皆の食事風景を眺めている内に、気付けば俺は寄り掛かっている大樹の木陰から雲一つも無い青天を覗いていた。
ここは第59階層と第60階層を繋ぐ階段付近の休憩地。基本ここはボスモンスター、インフェルノ・リオとの戦闘が想定されて設計したフィールドだ。故に、ボスモンスター以外で此処に生息する生物の殆どはボスモンスターの食料にされる雑魚モンスターのみ。しかもそれらもセツにほぼ殲滅されていて、視界の中どころか、気配感知のスキルでも一匹も見つからなかった。時折に頬を撫でる微風に加えて、この階層に居続けたい欲がどんどん膨らんでいって、それを抑えるのが結構大変だった。
「考え事か、レイ?」
『いいや、ちょっとボーっとしているだけ』
「そうか……ならば良い」
この心地が良すぎる空間で思わずウトウトする際、イリアの呼びかけで目を覚ませた。彼女の声も雰囲気に沿って、いつもより緩んでいるような気がする。が――
「もし第62階層の事を考えているなら止めた方が良い」
――彼女が一泊後に話したその一言で場の空気が一瞬にして真剣なそれに変えた。他の皆も食事を止めて、彼女の方に意識を向けた。
「楽しい食事中で悪いけれど、これだけは言わせて……レイの今の状態は魔眼の暴走でレヴィの魂、即ち魔王の魂の片鱗に深く接触した際に起こった侵食を食い止める努力による疲労。それが完治するまでは一旦この階層での休息が望ましい」
「確かに……今のマスターじゃ真面に戦うことも出来ないしな」
レヴィの相槌に小さく頷いたイリアは続けに言葉を発した。
「一度始めた侵食はそう簡単に止められるものではない。二度目以降に起こる侵食の頻度と速度は一回ごとに増す可能性が極めて高い。今後、ヴァナヘムルの使用は控えた方が良い」
「そうですね。肉体の軽傷は私が治せますけど、精神のダメージによって肉体に反映させるモノはどうしようも……」
僅かに悲しみを帯びた口調でイジスはそう告げた。……確かに魔眼で覗たイジスのステータス内には回復魔法の一行が書いているけど、前に好奇心で訊いた時があった。当時の彼女曰く――
「私は回復魔法が苦手ですよ~。掠り傷ぐらいなら治せますけど、骨折以上は無理です……」
――との事だ。
彼女は回復魔法が苦手の理由やそれを使う時に見せる、悲しみと寂しさが入り交じった表情の事を多く語らす、俺もそれ以上追求しなかった。
『そ、それにしても攻略チームの人って凄いよな?』
「「「……ん?」」」
「急にどうしたの、マスター?」
何だか気まずい空気に成りかけているような気がして、誰もが食事も進まず黙り込んでしまう最悪の未来を回避するために何らかの話題を絞り出した。
『ほ、ほら……あいつら、第67階層まで突破しただろう?』
「いいや、単純に攻略するだけなら――」
「――簡単よ?」
『へ?』
イリアとレヴィ、何故か息ぴったりで返事を返した、しかも当の本人達は全く驚異を感じないみたいで、いつも通りに振舞った。普段なら俺は二人が息ぴったりで答える事実に着目するが、今回は予想外の返事を貰ったので一旦それを無視にした。
「モンスターの死角からその弱点を狙ったり、視線を潜って進むのも可能だ」
「う~ん、私なら『塔』の中の全ての生き物を凍らせてから悠々と上に進むかなぁ?あっ、外から『塔』そのものを壊すのもありね!」
『…………』
なにさらっと常人離れな事を言うんだ、この二人は!?はら、セツも話に付いて行けず、食事を再開したぞ!イジスも苦笑しないで、この二人に何か言ってくれ、お願いだから!
「でも、そんな事をやったら意味が無い」
「そうね。確かにそれは楽になるかも知れないけど、マスターと可愛い弟子の為に……ね?」
『……!』
イリア……!レヴィ……!お前ら、そんなに俺とセツの事を考えて……うわぁ!今すぐ目の前の二人に抱きしめたいけど身体が動かない!
「兎に角、レイは暫くここでゆっくり休め。第62階層の攻略案は私達に任せろ」
「食料はセツちゃんの訓練も兼ねて、この階層から二つ下の階層で集めるね」
「……頑張る」
「そして私はレイさんの看病する役割です!」
イリアを初めに、他の皆も次々に俺が完治するまでのそれぞれの役割を宣言した。俺的に不満は無いが……こいつら、いつの間にそんな役割分担を終わらせた?
「些か不本意だが……」
「……じゃんけんの結果だから仕方ないよね?」
そんな俺の心境を察したのか、ニコニコするイジスとは真逆に、イリアとレヴィは何故か不満気な表情を浮かべながらボソッと呟いた。
それにしても……じゃんけんか?どうやら俺が眠っている間に彼女達が色々と決めていたようだ。正直その経緯が知りたいところではあるが、彼女達から「訊くな」という雰囲気をか持ち出していて、本能的恐怖が好奇心に勝った瞬間であった。