第百三十一話
【第三者視点】
急に激痛が走る右目を抑えて、レヴィとセツの切羽詰まった叫び声が段々遠くに消えるように聞こえた。目の痛みの次にレイを襲った頭痛で気づいたら仰向けで寝転ぶ筈の身体を丸めた姿勢になり、その姿勢で彼女二人の声が聞こえてくる方へ向けた。激痛で視界が霞む上、何故か真っ赤に染め上げた視界で何とか彼女達のシルエットを捉えることができた。
「ま、マスター……大丈夫?」
何となくレヴィがそのような言葉を発しているのを聞こえた。彼女達を安心させるためにも何かの言葉を言わないといけないのは理解している。が、今のレイに声を上げる余裕すら残されていない。激しい頭痛や目の痛みは二、三回経験した事があるけど、二つ同時で起こるのは今回初めてだ。
「安心して、レイは魔眼を酷使し過ぎただけだ」
「でも、苦しそう……」
激痛で苦しんでいるレイの代わりに、イリアが実体化して唖然とした二人に簡約的に彼の様子を説明した。イリアと同時に実体化したイジスはその際、レイの頭を自分の太ももの上に載せて、怖がる子供を落ち着かせるかのように左手でそっと頭を撫でた。僅かに症状が抑えられ、暴れる形跡がないのを確認したイリアは続けに彼の身を襲う症状を解析を続けた。
「……本来≪看破の魔眼≫は人間が扱える代物ではない。レイは私達との契約とネクトフィリスのスキルを受け継いだお陰で何とか使えるよになっただけ」
「人間が扱えない、万物の正体を見通す目……ッ!?マスターの目ってまさか!?」
「名前は知らなくとも流石にその能力と存在は知っているか……」
「じゃぁ、本当だったのね!」
イリアの反応を見て、激怒するレヴィは彼女の襟首を両手で掴んだ。対するイリアは何の抵抗も見せず、ただその場に立っていた。
「アレは私と対極の力。私と契約した上でアレを習得させるなんで……!マスターを殺す気なのか!?」
「あの時、貴女もレイの魔眼の訓練に賛成した筈だ」
「当時は魔眼のスキルは貴女のスキルだ思っていたんだ!」
襟首が掴まれても尚冷静さを失わず、鋭い言葉のカウンターを放つイリア。その一言で一段と怒るレヴィはいよいよ魔剣を抜け出そうとしていた。対するイリアは右手に魔力を集めた。一触即発の状態に陥る二人を無視して、セツとイジスは肝心のレイの傍で彼が激痛に耐える姿を見守っていた。
一応十数秒前にセツが――
「止めなくって……大丈夫?」
――っと、イジスに訊いた。
でもイジスが「もしもの時は私の結界で阻止しますから心配ないです」と軽い気持ちで答えたからセツもそれ以上追及せず、膝枕されているレイの傍で座った。
「マスターに何をさせようとしたのか分からないですが、マスターを傷つける輩は私は排除する!」
「イジス、レイとセツにバリアを張って!」
いつの間にかイリアの襟首を離したレヴィは両手で魔剣を握っている構えに入り、イリアは右手に集めた魔力を多角形のガラス細工の様なものを掌の上に生成した。二人の叫び声が飛び交う中、それぞれの攻撃を仕掛けた。魔剣を薙ぎ払うレヴィと多角形のガラス細工が浮く右手を真っ正面に翳すイリア。
「「「「――っ!?」」」」
イジスがイリアの指示通りに結界を張り、二人の攻撃が接触する直前、一つの人影がレヴィとイリアの間に跳び出した。そのまま、その人物は両者の手首を掴んで、両方の攻撃を強制的に止めさせた。
「馬鹿!怪我人が動くな!」
「て言うか、マスターは寝ているんじゃないの!?」
「起きたら大切な仲間が惨殺された光景は見たくないからな。それに……はぁ……はぁ……こんなうるさい環境で寝たくても眠れないよ」
激しい呼吸を混ざりながらレイ何とか二人の説得を試みた。しかし彼を襲う激痛は一向に鎮まる兆しを見せず、強がっているが、今でも立つので精一杯で魔力枯渇で勿論魔法を使えない。それでも彼はそこに立っている。
大切な仲間がお互いを傷つけ合う光景を見たくない、大切な仲間を失いたくないという意地と覚悟で無理矢理身体を動かすのは勿論有るんですが、今の彼を動かす原動力はもう一つ存在する。
確かに口喧嘩するレヴィとイリアは騒がしいかも知れないが、一応彼女達は寝ていると思われたレイの事を考量して声を抑えている。だけどそれは激痛で苦しんでいるレイがうるさいと思われる程の音量じゃなかった。なら、彼がうるさいと思ったものは何だったのか?
それは――
『あんなガキが魔王だとぉ?ガキの命令で命を捨てるつもりはねぇ!』
『多少魔力が多いだけで俺らを従うなんぞ……!』
『クソガキ風情がっ!図に乗るんじゃねぇ!』
――等々、恐らくは初代魔王の記憶を体験したからだ。
その記憶は以前の走馬灯より鮮明で、まるで自分が幽体離脱でその記憶を再現したかのようなリアルさ。その中に出てくる者全員から初代魔王に対する嫉妬と言う名の感情が溢れ出している。そのまま眠りについたら記憶の中から溢れ出す負の感情に飲み込まれることを勘付き、激痛とイジスの膝枕の気持ち良しさによって齎された睡眠欲と奮闘したていた。
「――クソっ、やっぱそう簡単に消えないかっ!」
確かにレイは睡眠による浸食を乗り越えたが、それだけで記憶の声や景色、そして目と頭を遅い激痛はまだ残っている。しかも件の記憶の声が段々と別の人物の声に変えていく。
『ねぇ、見て。あの人よ……』
『しっ!聞こえるだろう!ほら、あっちに行こう。目を合わさっちゃダメよ』
『近付くな、殺人鬼!俺はまだ殺されたくないんだ』
「…………チっ」
そう。それは昔レイがいつも聞こえる会話の内容で、レイが引きこもりになった切っ掛けの一つとも言える事だ。その声が次第に音量を増して――
「黙ってろっ!」
――耐え切れなかったレイはレヴィとイリアの手首を放して、すぐ隣の巨木を殴った。
「もう大丈夫ですよ。レイさんを虐める者はもう居ませんよ……ほら、今はゆっくり休んでいいよ」
今でも倒れそうなレイをイジスが頭から両腕で包み込み、優しい囁くを彼の耳元で呟いきながら彼女の胸元に引き寄せた。追撃するかの様に優しく後頭部を撫でられたレイはすぐさま意識を手放した。