第百三十話
アンデッドワイバーンを倒した事に喜びを覚える暇もなく、落下してくるセツを風魔法でその速度を緩和しつつ両断された飛竜の死体を迫ってくるゾンビ軍団のど真ん中に落とした。
「レヴィ、頼んだ!」
「氷海狂波!」
押し寄せてくるゾンビ軍団を対抗するべく、レヴィが氷塊の津波を放った。目視できる範囲内のゾンビは一掃できたが、またすぐに第二波のゾンビ軍団が蘇った証たる呻き声が聞こえてくる。ここは遮蔽物になれる樹々や丘の類が無いだから奇襲されないと思い込んではいけない、何故ならいきなり地中からゾンビの腕が足元を掴まれて身動きが出来ない事も俺達の身に多々起こった。何よりゾンビ襲来の合図になれる唯一と言っても過言じゃない呻き声は何処から発されているのかも分かりづらい。
「クソ、相変わらずの数だな……セツ、まだ行けるか?」
「……はい。大丈夫、ですっ」
「無理しないで。一旦前の階層に戻っても良いよ」
「このまま……行けます」
息切れ寸前でかなり疲弊している姿を見せるセツの容体は気になるが、本人が大丈夫と主張するなら仕方ない。一応急に倒れないよう注意しておこう。
「どうする?一点突破を狙うか?」
「……そうね、何回殲滅しても蘇る相手はいいかもしれないね。私が先陣を切って、マスターとセツちゃんが後を追うってのはどう?」
「…………」
「分かった、それで行こう」
レヴィが提案した作戦に無言で頷くセツ。一番の殲滅力を誇るレヴィなら問題なくゾンビ軍団に突破口を生み出せるし、彼女の撃ち漏らしや両脇からの奇襲のも対応できる俺が真ん中でスピードと五感が優れたセツなら背後からの奇襲を対処できる。速度重視の一直線のフォーメーション、確かにこの場面では最適の打開策の一つかもしれない。その作戦を拒否する理由がないから俺もそれに賛同した。
「先ず私は氷海狂波で道を開くから、それを合図に全力で走ってね」
レヴィが出した指示を聞きながら俺達は一列に並んで、お互いの距離を等間隔で約5メートル開いた。念のため自分らの攻撃が間違って仲間の誰かを巻き添えしない為、且つ万が一何かのトラブルが起きた場合に別のメンバーがカバーできる……上記二つの理由でお互いの最適距離は5メートルとなっていた。
「カウントダウン始めるよ……三、二、一、…………氷海狂波!」
左手を前方のゾンビ軍団に向けて、高々と魔法を唱えた。氷塊の津波が再びこの階層を蹂躙し、視界内のゾンビが一掃された。居残りが無い事を確認し終えて、レヴィが「今だっ、走って!」っと叫んだ。
彼女の号令に従い、俺達は一斉に細氷が漂う氷原を駆けた。しかし、案の定掃除したゾンビ共が次々と復活した。それを見たレヴィは直ちに次の魔法を唱えた。
「邪魔よ、≪氷鳥群≫!」
「≪ウナグランデ・テンペスタ≫!」
次々に生成した鳥形の氷塊がゾンビの頭部を精密に貫通して、その復活を遅らせた。俺も速やかに風魔法で両脇に大嵐を作って、再生しかけたゾンビの身体を再度破壊した。「よし、この調子なら無事ゾンビの包囲を突破できそうだ」っと、信じた瞬間、背後から急に通常個体より数倍デカイ一匹のゾンビの気配を察知した。おかしいな……いつもならセツが一瞬でそれを消せる筈なのに、まさか何らかの特別スキルを持つ変異個体なのか!?急いでセツの方へ振り返ったが――
「おい、セツ!何をやってるんだ!?後ろっ!デカイの蘇っているぞ!」
「へ!?」
俺の叫びを聞いたセツは間抜けな声を漏らしながら振り向こうとした。が、件のゾンビは既に握っている棍棒らしき武器を振り下ろす構えにに入った。
『あれを振ってから動くと間に合わんぞ、レイ!』
『分かっている!イリア、ヴァナヘムルの準備は?』
『そんなもん、とっくに終わらせた。だが、お前はもう五回ヴァナヘムルを使っている。そろそろ脳が限界だ』
『構わん!セツの方が大事だ!』
『……後で後悔するなよ』
心の中でイリアに「分かったいる」と返事して、ヴァナヘムルを通して減速した世界で棍棒ゾンビの攻撃の軌道を予測し、その軌道に俺自身で割り込んだ。
「激震裂:弌撃!」
突然の俺の出現により、ゾンビが振った棍棒の速度が僅かに緩めた。その攻撃を右手に纏った振動魔法でよる反撃で中断させた。その反動で棍棒が粉砕されて、それを握っているゾンビの両腕の手首も砕けた。硬直したゾンビが両手を再生する前に……!
「≪風魔の死鎌≫!」
即座に圧縮した風の大鎌でゾンビを両断した。でも着地できる場所は既にゾンビに覆われている。レヴィは前方のゾンビを食い止めているので彼女からの救援は期待できない、セツも疲労しきった身体を鞭打ちしてゾンビと交戦中……魔力はかなり使ったからあんまり広範囲殲滅系な魔法は温存したいが、やむをえない。
『クソが……!イリア、レヴィとセツ、第59階層と繋ぐ階段の場所を全て教えて!』
棍棒ゾンビを迎撃し終えて、空中から階層全体がゾンビに覆われて不気味なほどに真っ黒に染め上げるという恐怖映像。世界末のゾンビ系ホラーゲームよりも生々しく、本能的に拒絶反応を引き起こす景色を目の当たりにした俺は流石に今の俺達では到底攻略できないと悟った。
イリアに指示を出したのと同時にレヴィとセツに俺が見た光景を念話で見せた。それを見た二人の感情が念話を通じて、俺に流れ込んだ。速やかに撤退の意思を彼女らに伝えた次の瞬間、彼女たちから即座に賛同の意を貰った。
「≪ウナグランデ・テンペスタ≫!」
足元に集まるゾンビ共を吹き飛ばし、速やかに次の魔法に準備に取り掛かった。使うのは風魔法と強化魔法、雷魔法の三種類。イリアの脳内マップで示したレヴィとセツ、そして下の階層と繋がる階段の位置が一直線に繋げ、その線に風のトンネルを生成して雷魔法でその内部をチャージした。その後、俺自身は勿論、対象としたレヴィとセツに強化魔法を付与した。
……準備完了。疑似レールガン、起動!
~
「はぁ……はぁ……はぁ……ここは、一体?」
「起きたか、マスター!」
「――っ!」
鉛のように重たい瞼を抉じ開け、見慣れた二人の女性の顔が視界に映り込んだ。あれ……?何で俺たちがこんな所にいるんだ?うっ、思い出せない……と言うよりかは頭が回らない?
「無理に動かないで、マスターは魔力枯渇で一時的に意識を失っているの」
「魔力枯渇……?そっか、俺は確か――っ!?」
「マスター!?」「ご主人様!?」
「あぁぁああああああ!」