第百二十九話
不死の百足ボスモンスターから逃げ出した先の階層で傷や疲労などの回復目的も兼ねて二十時間弱の休息をとっていた。その間、第五十層にもまだ到達できていないのにムラサメと巨大百足ことインセックト・キマイラみたいなチート並みの敵が普通に生息していることを考量に入れて今後の方針をレヴィ達を話し合った。
その結果、多少危険性が増すけど主な攻略、或いは戦闘のメインアタッカーの役割を務めて俺とレヴィ、イリア、イジスは魔法で彼女をサポートする役割分担になった。もちろん例外もあって、セツ一人じゃ対処できない(敵の数が多すぎた、もしくは実力差が多すぎた)場合は俺達が協力で状況を打破する。
あとは攻略のペースを落とす。幾ら長時間『塔』の攻略班は入ってこないのを知っているけど、どこか無意識に焦っているように感じた。昔ゲームをやっている時は常に序盤から中盤でキャラクターのレベルを必死に上げて、後半の攻略のスムーズに進めるスタイルで頑張ていた。にもかかわらず、ムラサメとインセックト・キマイラ戦で明らかに実力不足を痛感した。だから一先ずは五階層ずつ、ボスモンスターを撃破してから暫く次のボスモンスターに行くまでの階層でレベル上げとか、次のボスモンスターの下準備を整える。
このやり方だと時間を掛るけど、安全第一ということで……無茶に攻略するよりかは数倍マシだ。一応予想された攻略チームが『塔』の攻略再開までは後少なくとも一ヶ月ぐらい先になる。『塔』の中に昼夜の概念がないため、時の流れを把握し辛いが体感的に多くてもここに入ってから十日間しか経っていない。
入り口付近で軍服の男の話によると、攻略チームは一度の攻略後には二ヶ月から半年のの間隔を置く。そして前回の攻略で最高階層、第67階層に辿り着けた。なら次回の攻略はより入念に準備するから流石に二、三ヶ月で再開しないと見積もって大丈夫だろ。
でも何だかんだ言って、インセックト・キマイラとの戦いから約一ヶ月強が過ぎて気付けばもう第61階を突破していた。ここまでの出来事を要約で説明すると……まずほぼ何も無い第四十六階層を抜けた俺達を待っているのは密林。周りの生い茂った樹々や茂みに身を隠す獣型のモンスターが山ほど居て、その樹々自体もまた植物型のモンスターが紛れている。前の虫階層とは違う意味で精神を消耗する。
この密林エリアで最も厄介なモンスターは一種の猿型のモンスター。イリア曰く、彼らはディストーション・エイプと呼ばれていて、戦闘訓練を受けた人間を兵士を五人束ねてようやくその一匹を殺せるぐらいの化け物猿だ。前の世界の同じ、こいつらも群れる習性を持っていおり、常に十匹以上で行動する。よく効く五感は勿論のこと、彼らの庭とでも言って良いぐらいにその密林を熟知している。休息を与えない猛攻に加えて、俺達の行く道に様々な罠を仕掛けてくる。でもいくらディストーション・エイプの動きが素早かろうが、奴らが攻撃を仕掛けられる方角を魔法で限定して、一定パターン化した一直線の攻撃なら魔力で身体強化できるセツの方が数段速い。
大した苦戦も無く第50階層まで続く密林エリアを突破した次は見渡す限りの広い草原を内包した階層であった。密林エリアと打って変わって、ここでの視界は良好で奇襲を受けられる場所もいない。その代わり、この草原に生息しているモンスターは獅子から虎、狼、象、鷲や鰐といった動物がベースになったモンスター。
如何にも前の世界のアフリカの印象に酷似した光景だが、本来は草食な象や馬などもモンスターであるため、獰猛な性格を持っている。俺達が近寄った瞬間、問答無用に攻撃して来る。勿論こいつらは見た目が動物に似ただけで、俺が知る動物ではなく立派としたモンスターである。ここの強さはムラサメが操るゴーレム同じ、あるいはそれ以上。そんな猛獣だらけの草原は密林と同様に上の第59階層まで続いていた。
第55と59階層のボスモンスター、集団で戦う漆黒の狼の軍勢を率いる金色の狼、ウルフ・ロードと炎を身に纏い、炎を操るインフェルノ・リオを何とかセツ一人で撃破できた。流石に単独でのボス攻略は大変厳しく、セツも多くの傷を負った。暫くここら辺のモンスターで食料を補充しつつ、彼女が回復した次第で次の階層に登った。
第60階はこれまで『塔』の階層で見た景色と違って、一気に光源が激減して仄暗い雰囲気が漂う階層だが、その不気味さ増すかの様に周囲から低い呻き声が聞こえる。そして案の定ここの敵は全員、斬っても斬っても蘇るゾンビ。ちょっと第45階層の巨大百足のトラウマが蘇った気がする。
ゾンビ共の動きは鈍いけど、その爪や牙などは強烈な毒を持っているため出来るだけ攻撃を避けたい。でも幸いセツの凍る斬撃とレヴィの氷結魔法はゾンビを殺せなくても動きを制限できる。対する俺は精々火魔法でゾンビを焼き尽くせることしか出来ない。イリアによると、ゾンビには聖魔法や聖なる施しを受けた武器の攻撃が一番有効で、俺がやっている焼死は一応ゾンビの身体を無になるまで燃やせば殺せるがあんまりにも非効率な方法だ。
ここに来てチーム内で聖魔法を使えるメンバーが居ないこと悔やんでも仕方ない。適度に道を阻むゾンビ共を処理して次の階層へ進んだ。
「――激震裂:弌撃!」
そして現に第62階層に辿り着いた俺達は空飛ぶ不死の翼竜、アンデッドワイバーンと交戦中。こいつは先程のゾンビ達と違って、飛翔能力で動きの遅さを補って、空からの攻撃を仕掛けてくる。その機動力の前では強力な火魔法どころか、普段から使っている≪火の銃弾≫ですら掠り傷にしか負わせない。やむをえず風の足場で空中戦を挑んだが――
『ダメ、アンデッドワイバーンに衝撃は効かない!』
――俺の攻撃じゃ真面にダメージを負わせない。
クソ、さっき片付けたゾンビがそろそろ復活しそうだ。レヴィの魔法ならアンデッドワイバーンを完封できるがあの上空に辿り着ける前に避けられる。セツはスピードが速すぎて俺が風の足場を彼女が欲する位置に間に合って設置できない。
『……ご主人様、これらの場所に足場を』
『セツ?』
『レヴィ様……アレを足場まで誘導して』
『了~解』
俺の着地時、セツから念話で話し掛けた。その内容にはイリアの脳内マップで十箇所ぐらい薄緑色の円のマーグが示されている。……なるほど、ここに風の足場を生成すればいいんだな?
レヴィが魔法で氷山を作り出してアンデッドワイバーンの誘導を開始したのと同時に俺もセツが指定した場所に足場を生成した。
――パリン!パリン!パリン!
次々と氷山を作って壊して、作って壊してのループに入るレヴィは無事アンデッドワイバーンを目標地域内に追い詰めた。氷山に注意を向け、それらを避け続けたアンデッドワイバーンは風の足場でその真上まで駆け上がった。上空からアンデッドワイバーンを見下ろすセツはタイミングを見計らってレヴィに『……今』と念話を通じて小さく呟いた。
次の瞬間、アンデッドワイバーンの前に一つの氷山が突然に現れた。周りが氷山に囲まれた為、次に俺達の攻撃を回避するためには上へ避けるしか選択肢がない。だが――
「ッ!」
――その真上には既にセツが待機している。
降ってきたセツは一閃の斬撃となり、上に方向転換したアンデッドワイバーンの胴体を両断した。