第百二十七話
如何なる攻撃も巨大百足に効かない原因が超速再生や不死身ではなく、この階層自体がそいつの修復工場みたいな役割になっている事がセツとレヴィのお陰で判明された。そもそもそいつは生物であるかどうかも危うい所だが、まぁ……階層に「修復」される必要があるから殺せなくても一時的に行動不能まで追い詰めるはずだ。
ほぼ不死に近い巨大百足を攻撃しても埒が明かない。見た感じ、ボスモンスターの修復に使用されている素材の数は決して少なくはないが、残念ながらここには件の素材が無尽蔵に存在する。素材の消耗が狙えないのであれば……
「……工場を壊せる、か」
確かにそれは一番単純明快な解決策ではあるが、如何せんここは大罪ダンジョンの一つ、『塔』である。魔力を大量に消費する疑似レールガンを用いても精々三階層の地面を貫通することだけだ。しかもその時は一人分の広さの穴にしか開けられなくて、到底階層一つを崩壊させれる程の威力は無かった。
普通、建物を丸ごと崩壊させる威力を秘める天災を聞いたら帰って来る返答は大体「地震」か「津波」の二択。ムラサメ戦でレヴィが使った≪氷海狂波≫なら確実に地上の敵を一掃できるが地下に潜られたら出す術も無い。対する俺の振動魔法なら魔力の消費を増やして疑似的な地震を起こせるけど地下の地下の敵にしかダメージを与えられる。
理想では身体を粉砕できる振動が望ましいが、残念ながら現段階で俺が起こせる地震は精々巨大百足の外骨格と内臓(有るか分からないけど)を破壊することだけだ。
『――ここまで分かれば、あとは簡単だ。行けるか、レヴィ?』
『ええ、勿論!マスターの合図に従うね』
『よし、セツは魔法の発動中に無防備になる俺とレヴィの警護を頼む』
『……分かった』
念話でセツとレヴィに軽く作戦内容を伝えた。このやり取りの最中でもレヴィが巨大百足を引き付けていた。レヴィには悪いけど『塔』を傷付けれる程の地震を起こせるには膨大な魔力を消費する。しかも魔法を発動する際、俺はその場から離れない。真下から攻撃されたら一溜りも無い。
それから約二十分が過ぎた。その間、計三回レヴィに致命傷を負わらせたが中々地下に潜らない。俺達がそれを狙っているのを知っていたのか?それともただ勘が良いだけなのか?でも今までの傾向だと、潜らないと回復が出来ないみたいで、現にレヴィから受けた傷も一向に治る兆しも見せなかった。
「≪氷屑刺柩≫!」
――キィィィ!
四面八方から無数の氷柱が巨大百足の胴体に突き刺さった。一瞬にしてシルエットが針鼠のそれに変貌したボスモンスターはようやく潜った。
待って……落ち着け……!まだ、ボスの胴体が完全に潜っていない。チャンスは必ず来る!だから……早まるな。
今でも振動魔法を発動させたい気持ちを何とか押し殺せた。巨大百足の胴体がまだ三割地上に残っている現状に発動するのは早すぎる。徐々に残る胴体の部分が地下へ消えて行く光景をじっくり見詰めた……このペースだと、あと十秒……
五秒……
三秒……
一秒……
「今っ!≪地核砕裂≫!」
両手を地面に突き当てる状態で魔法を唱えた。次の瞬間、『塔』全体に及ぶか知らないけど、少なくとも俺達が居る階層に震度七と匹敵する、あるいはそれ以上の激震が走った。一応セツとレヴィには魔法を発動させる直前に風の足場を作っていたので巻き添えの心配は無い。俺にも何時でも離脱出来るよう風魔法の準備を予めに終わらせた。
――キィィィィィィィィィ!
「うぁあああ!」
な、なんだこの音は!?地震の発生後、階層内に響く超高周波の咆哮に近い叫び声……!ギリシャ神話のセイレーンかよ、お前はっ!?
反射的にツッコミを入れたが実際は相当ヤバイ状況に陥ったことに変わらない。まさか巨大百足にはまだこんな技を隠し持っているなんて……くっ、意識が飛びそうだ……!
目には目を歯には歯を。振動魔法で攻撃を仕掛ける俺に反撃するべく、同じ振動を使って超高周波の声で反撃するつもりか……良いだろう、受けてたとう。
そう決心した俺は更に魔力を地面へ流し込んだ。それに連れて地震の規模と激しさは段々と上がった。意識朦朧な状態で振動魔法と風魔法の維持が精一杯で他の事に魔力を回せる余裕は無い。超高周波を生身で浴びているにも関わらず、内臓や鼓膜が未だ破損しないのは高レベル且つ大罪悪魔と契約した賜物であることが実感した。
――ゴゴゴゴゴゴ……
十数秒間の激闘(?)の末、満身創痍で全身ボロボロな状態の巨大百足が無数の虫型モンスターを連れて、地上に出現した。
「レヴィー!」
巨大百足との勝負に勝利の余韻に浸る余裕も無く、すぐさまレヴィに件の合図を上げた。前まで虫型モンスターにビビっていた彼女の姿は消え、変わるのはまさに歴戦の猛者、大罪悪魔の名に相応しい顔立ちの者が風の足場の上に仁王立ちしている。
「はい、マスター。≪氷海狂波≫」
彼女が魔法を唱え終えた瞬間、氷塊の津波が階層内の全ての物を飲み込んだ。それと同時に振動魔法を中断して避難したことでさっきまでの激震がぴったりと止んで、その代わり、荒々しい津波が全てを飲み込み、凍らせて砕ける。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「大丈夫か、マスター?」
「ああ、ちょっと魔力を使い過ぎただけだ」
「……次へ休む?」
「そうね。マスターの今の状態じゃロクに戦えないし、セツちゃんもこのフロアで大分疲れが溜まっているみたいしね」
「むっ、レヴィ様だって怖がっている」
ボス戦の緊張感と虫型モンスター地獄から解放されて、ほのぼのとした会話が繰り広げる光景を見守っていた。今すぐでも休みたいところだが、まだこの階層内にどれだけの生き残りがあるのか不明な現状では最適な休憩地ではない。やむをえず、魔力枯渇の症状に苦しめられた身体を鞭打ちし、無理矢理意識を保った。
――キィィィ!
「「「っ!?」」」
警戒心が緩んだ俺達に奇襲を仕掛けるかの如く、聞き覚えのある奇声が再び階層内に響いた。氷塊に覆われた階層を見下ろして、僅かに蠢く巨影が見えた。
「う、嘘だろ……?」
思わず隣のレヴィを一瞥したが、彼女も険しい表情で巨大百足と思われる巨影を睨んだ。
『――走れっ!』
『イリア!?今まで何処に――』
『いいから早く走れ!説明は後だ。奴は次の階層までは追って来れない今がチャンスだ!』
『分かった』
そうして、俺達三人は風の足場を使って、イリアの指示に従って次の階層と繋ぐ階段を駆け上がった。