第百二十五話
巨大な氷の大槌が巨大百足の頭上から落下した。巨大百足も何故かその攻撃察知し、それを避けようと俺らの追撃から回避行動へ移す兆しを見せた。が、レヴィの攻撃がワンテンポ早かったみたいで、巨大百足の姿がは攻撃の衝撃で巻き起こした土煙で覆い隠された。
確かに巨大百足は硬い外骨格を持っているが、さっきの俺やセツの攻撃はその身体を傷付けることに成功した。ムラサメの鎧より劣る硬度の外骨格ならレヴィの攻撃を防げるはずもない。
結局、謎の違和感の正体は分からないまま、ボスモンスターが倒された。まぁ、所詮はその程度だけの物だった事だ。それより、第三十階層を攻略して以来、セツがちゃんと訓練できる環境を恵まれていなかった。当初は五割から七割の戦闘をセツに担当させてもらう予定だったが、『塔』の中に生息するモンスターの強さが予想したものより大幅に外れており、大半は俺かレヴィがカバーする現状になっていた。一刻も早く、この問題の打開策を講じないと『塔』にやって来る目的の半分は失われる。
『イリア、イジス?聞こえ――っ!?』
――ゴゴゴゴゴ……
再度イリア達に念話で呼び掛けようと試みる瞬間、低い地鳴りが階層内に響き渡った。そのせいでさっきまで大人しい虫型のモンスター達が壊れたダムから流れる水の奔流並みの勢いで壁と天井、床の隙間から湧き出した。
「クソが……!休む暇すら与えくれないのか?風魔の――」
――キィィィ!
「――お前っ、まだ生きているのか!?」
地鳴りに紛れて、俺の数歩先の床から奇声を上げる巨大百足が突き出した。やむをえず魔法を中断させ、回避に移した。確かに巨大百足の速度は相当なものだけど、目が追い付けない程ではない。勿論、レヴィの攻撃を避けれる程な速度でもなかった。でもこいつは現に俺の目の前に居て、それ程目立つ傷も見当たらない。……にわかに信じがたいが、唯一この状況を説明できる結論は――
「何らかの方法でレヴィの攻撃を凌いだ、か。これはまた……厄介な敵に出くわしたなぁ……まぁ良い、跡形なく消し去ればいいだけの話だっ!」
ボスモンスターの厄介さを知り、そう自分に言い聞かせた。不死に近い、あるいは一定の条件を達しないと倒せないボスは前の世界で数え切れないぐらい倒せた。それらの経験を活かして、この百足ボスもきっと倒せるはずだ。さて、数多くの攻略法の中で一番に試すのは……
「やっぱ、内部からの破壊だろう!」
顎肢を大きく広げ、数メートル先まで迫ってきた巨大百足。もし内部破壊が攻略の鍵ならこのチャンスを逃す訳には無い。そう確信した俺は巨大百足に向けて、右腕を翳した。
「≪火の銃弾・散弾≫!」
本来≪火の銃弾≫は指、もしくは俺の周囲に複数の炎の銃弾を形成して、それらを狙いに撃ち込む魔法。直線にしか移動できない故、一発一発は決定打になれる威力が欠けている。消費魔力量を増やせて個々の銃弾の威力を底上げする事も可能だが、その方法よりもっと効率のいい方法をイリアが提案した。
個々の銃弾がそれぞれの目標を狙う思考から一度に生成できる銃弾を一つの方角に集中させて、高密度の≪火の銃弾≫による集中砲火。前の世界における散弾銃と同じコンセプトだ。
――キィィィ!
炎の散弾の殆どを顔面に受けた巨大百足は再び奇声を上げて、突進を止めた。よし、苦しんでいる!間違いなくダメージを受けている。なら次は弱点の判明だ。巨大百足の苦しみの原因は炎に弱いのか、それとも顔面に攻撃したのか?この問題を解ければこのボスを倒せる!
それにしても、我ながら中々の強運だ。数多くの攻撃手段の中で一発目で弱点と思われる攻撃を引き当てるなんて。ともあれ、痛みか苦しみで暴れている巨大百足の顔面を狙うのは至難の業だ。顔面が弱点かどうかの検証が出来ない上、狙うは胴体……炎が弱点かどうかの検証だ!
「――っ!?」
まただっ!また身体が動かせない謎の現象が俺を襲った。一体何なんだ、これは?虫型モンスターや巨大百足に一度も噛まれていないからこの階層に生息している虫型モンスターの毒のせいも考えにくい。それに……もしこの現象は誰かの毒のせいだったら、その毒は普通の麻痺毒ではない。確かに指先の感覚が段々失われているけど、何より魔力も上手く操れない。
「マスター、避けて!」
「しま――っ!くっ!」
レヴィの叫び声が聞こえてきた頃はもう時は遅し、身動きが封じられた俺に巨大百足の身体が俺と激突した。一応冥獄鬼の鎧骨は発動しているからある程度までのダメージを防げるけど、足腰に力が入れず、反対側の壁まで吹き飛ばされた。
「ご主人様、大丈夫……?」
「ああ、飛ばされたお陰で身体の自由を取り戻せた」
俺の所まで小走りにやって来たセツにそう答えて、片手を壁に当てながら徐々に感覚を取りもせた両足で何とか立ち上がれた。それにしても、あの巨大百足は見かけによらず、あの巨体の割に力が無いみたいだ。冥獄鬼の鎧骨を纏っているとはいえ、あれだけ派手に飛ばされた悪にほんの僅かな鈍痛しか残らなかった。
「そう言えば……セツ、お前は身体の自由が利くのか?」
「ん?身体の自由……?」
俺の問い掛けの意味が分からないと言わんばかりに頭を傾げた。まさかセツには謎の麻痺現象の効果が無いのか?今思え返せば、確かにレヴィとセツも身動きが封じられた兆しを見せなかった。特定の条件を満たした者にしか効果がない……のか?もしそうだとすれば、その条件が気になるな。
俺に異変が起きた事に気付き、セツは心配げに俺の顔を覗き込み、耳元の辺りに呟いた。
「大丈夫?戦える……?」
うっ!?……か、可愛いっ!俺とセツの身長差故、セツの目線は上目遣いになっており、傾げる頭と狐耳のコンビネーションが最高過ぎる!こんな可愛い娘の前に弱音なんて吐ける訳がない!
「だ、大丈夫。大した怪我は無いから」
「……分かった」
「ち、因みにセツはこの階層に何か変わった事に気付かなかった?」
落ち着け……落ち着けって、俺!言葉が噛み噛み担ってまで動揺している所がバレバレじゃないか!?セツが可愛いのは知っている、でも今ここは戦場だぞ!
「……虫が一杯居て、変な匂いする」
「ッ!?今なんて?」
セツのその一言のお陰で俺の冷静さを取り戻せた。
「ん?虫が一杯居て……」
「違う、それじゃない。その後」
「変な匂いする……?」
「そう、それ!その匂いは何処からする?」
「フロア全体……?」