第百二十二話
……ちょっと待って、なんか俺の耳がおかしいな。「全種族が平穏に暮らせる世界を齎す」って聞いたような気がするけどぉ?まっ、聞き間違いだろう!うん、きっとそうだよ!まったく、本当に滑舌が悪いゴーレムだな。幾ら勇者に造られたゴーレムと言えどもその滑舌の悪さを直さないと色んな誤解を生み出すんじゃないか……今の俺みたいに。
「いや、間違ってないぞ?」
「うん?」
「ムラサメは確かにそう言ったぞ、レイが聞き間違っていない」
…………
……
…
「何バカな事言っているの!?この木偶のぼ!」
イリアの冷酷な言葉で現実逃避に頑張っている俺を引き戻した。それでも僅かなに残っている可能性にしがらみ付うと抗えたが、所詮それは存在しない希望。どう頑張って抗っても叶わなかった。
脳が数秒間フリーズし、ようやく再起動を果たして、最初に口にした言葉は未だに身動きが封じられたムラサメへの罵倒の言葉であった。
「誰ガ木偶ノボダッ!?」
身動きが出来ないのも関わらず、さっきの感動的な雰囲気を台無しにするツッコミが放たれた。この時の俺も現実逃避から引き戻されたせいで何だかイライラして、珍しく感情が高ぶって思わずムラサメに対抗心を覚えた。
「ここに喋れるゴーレムはお前以外あるか?」
「ハァ!?フザケルナッ、俺ハ木デ出来テネェ!俺ノ素材マナクリスタルトオリハルコンダ!」
「知るかっ!俺が言いたいのはそう言う事じゃない!」
「ネクトフィリスニ認メラレタ事デ調子ニ乗ルナ!俺ハマダオ主ヲアイツノ跡継ギッテ認メテイナイカラナ!」
「ま、マスター……?」
ムラサメとの口喧嘩が段々と白熱化する一方、レヴィが珍しく弱々しい音色で呼び掛けようとするが、彼女の肩に置いたイリアの手によって阻止された事は当時の俺には全く知らなかった。
~
「ハァ……ハァ……ハァ……随分ト、シツコイ人間ダナ」
「はぁ……はぁ……その言葉、そっくりそのままお前に返すよ」
「ハァ……ハァ……アハハハハハハハハ!」
ムラサメとの口喧嘩が始まってからどれぐらいの時間が経ったんだろう?ただひたすらにムラサメに言い返す言葉を探る為に脳を使っていたからその間時間の概念を失っていた。よくよく見たらムラサメの身体を釘付けるレヴィの氷もいつの間にか無くなっているし、突然に高笑いし始めた事で一瞬襲いかかると警戒したが……どうやら敵意は無さそうだ。
「――ッタク、アイツトノヤリ取リヲ思イ出シヤガッテ」
ムラサメが高笑いする原因が分からず、彼に困惑の眼差しで見ても一向に止める気が無いと言わんばかりに高笑いし続けた。そしたら彼が満足げにそう小さく呟いた。
「アイツ……ネクトフィリスさんの事か?」
「アア、アイツトモ出会ッタラ口喧嘩ヲ始マル仲ナンダガ……不思議ト憎メナイ奴デアッタ」
再びムラサメが感傷的な言葉を語り出した。まぁ、『塔』に初代勇者の遺産が眠ったいる噂は聞かない事から察するに、こいつも数百年間ずっと『塔』の中に独りで主とやらの命令を遂行しているんだろ。
そう考えると、敵とは言え久しぶりに昔の自分を知っている者と出会って当時の記憶が次々と溢れ出すのが当然だ。ましてや極めて人間に近いムラサメなら尚更だ。
「ア~アァ、負ケダ負ケダ!今回ハ素直ニ認メルヨ」
「…………?」
「ホラ、サッサト行キナ。上ニ用ガ有ルンダロウ?」
さっき俺と口喧嘩する威勢が嘘のように、あっさりと引いたムラサメ。今思うと、このゴーレムの感情の変化が激しいな……下手したら一部の人間より感情豊かな気がしなくも無い。って、今は冷静にムラサメの感情変化を分析する場合じゃない!考えるべき事は彼があっさりと身を引く原因だ。
「俺ノ行動がガ解セナイ、カ?」
「あ、ああ……」
心を見透かすような質問にどう答えるべきか分からなくって、思わず驚き混じりの返答が口元から零れた。
「……似テルンダ、ネクトフィリスト。イイヤ、似テ過グリルンダ。大切ナ人達ヲ守リタイ、悲シマセタクナイ、心配ヲカケタクナイ。ダカラ何モカモヲ心ノ奥底ニ仕舞ッテ、一人で背負イ込ム……結果的ニ守リタイ者モロクニ守れレズ、挙句ニ自分自身ヲ滅ボス」
「…………」
「オ前ハアイツトソックリダカラナ。俺ハアノ時、アイツヲ救エナカッタ。ダカラ、オ前ヲアイツト同じ過チヲ犯シタクナイトイウ願イハセメテノ罪滅ボシデアリ、自行満足ダ」
俺がネクトフィリスさんとそっくり……か。確かに、自分の過ちでイリア達を心配をかけない為にも俺は悩み事を一人で解決するかも知れない。でも「ネクトフィリスさんとそっくり」という発言は俺を買い被り過ぎだ。ネクトフィリスさんは戦争後でもイジスを守り続けた。それは他人に仕込んだ命令かも知れないが、それでも俺と戦った時は一度もイリアに攻撃しなかった。
あの時もしネクトフィリスさんがイリアを攻撃したら俺はイリアを守れる自信は正直無いし、イリアのサポートが無ければネクトフィリスさんに勝てる事も出来ない。この事はネクトフィリスさんも知っている筈だ。自我を失ってもイリアとイジスを守りたい一心で、自分が殺されるとしても大切な者を攻撃しない……この事だけでも十分なぐらいに彼の決意を物語っている。
俺なんかがネクトフィリスさんの足元にも及ばないよ、ましてや全種族が平穏に暮らせる世界を齎せる存在にも成れない。自分の実力は一番分かっているつもりだ、そして実力が及ばない事は極力避ける主義だ。だから俺は――
「全種族が平穏に暮らせる世界を齎せるかどうかは一旦置いといて、少なくとも俺は大切な人達が幸せに生きる環境を造る。それ以外の者の事はその次だ」
――自分の決意をムラサメに語った。
それが自分勝手で利己的な考えである事は承知の上だ。でも、「全種族が平穏に暮らせる世界を齎す」という夢物語よりかは現実的だ。この願いは他人に如何言われようとも諦めるつもりは無い。
「ソウカ……ソレモ良カロウ。ガ、努々俺ノ忠告ヲ忘レルナ」
「勿論だ」
「……ヨロシイ。サ、早ク上ニ行ケ。俺ハコノ階層カラ出ラレナイカラ、ココデオ別レダ」
「本当に私達を見逃して良いの?」
「何度モ言ワセルナ。主様カラノ命令ガ無イ、ソレダケダ」
「全く、貴様という人は……またな、色々世話になったね」
「んじゃ、行ってくる……!」
それぞれの別れの挨拶を済ませて、俺達はムラサメが居る空間を後にした。空間の奥に配置された階段を上っている最中、不意にムラサメが「気張レヨ」を呟いた気がする。