第百二十話
【レヴィの視点】
ムラサメ、それは初代勇者一行の一人が数多な仲間から譲り受けた膨大な魔力を消費して作り上げた世界一のゴーレムである。最高の素材であるマナクリスタルとオリハルコンの合金に構成されたムラサメはマナクリスタルの魔力吸収の特性とオリハルコンの硬度を兼ね備えている。製作者が自らの魂を千切って織り込んだと噂されているそのゴーレムは正真正銘、自分の意思を持ち、半永久的に活動可能の成長するゴーレム。
神代大戦時に何度も初代魔王や魔王軍と幾度に刃を交わったが、それらから悉く生き残って、大戦が終えた後もあの頃の経験を生かして大罪悪魔を追い詰めた。
今のマスターは強い、それは断言できます。ムラサメが相手だろうと負ける可能性はそう高くない。しかしムラサメもまた、幾度も修羅場を潜り抜けたことがあり、一筋縄では倒せません。先日の巨人戦が可愛く見える程の激戦になるのは確実。あくまで奴の狙いは私、マスターとセツちゃんは攻撃しない限りは無視する筈。であれば、千年前の因縁に決着を付ける意味合いも込めて……マスターには指一本も触れさせない!
「やる気満々ね。けど、私もマスターに貴様を任された以上、手加減はできないから覚悟はいい?」
「…………!」
――キィィン!
私の質問に対して、ムラサメは無言で私の首筋を目掛けて降り下ろした剣で彼の答えを代弁した。それを魔剣で受け止め、魔力を剣に流し込んだ。
「マスター、ごめんね………≪氷海狂波≫!」
ムラサメの剣を押し戻して、そのまま魔剣を薙ぎ払った。一閃した剣の軌道から津波如く勢いで大量の氷塊が前方へ流れた。私に押し戻されたムラサメの態勢を崩せたが、氷塊の津波が彼を飲み込む前に態勢を立ち直して、魔法の範囲から出る為に空中へ跳んだ。
昔に私がこの魔法を使う所を何度も見たムラサメならその効果範囲は勿論のこと、この魔法への対策とその弱点を見抜かれない筈は無い。伊達に千年近く生きた彼がこの一撃で倒せるっと思っていない。
「≪氷鳥群≫」
津波が発生する轟音にもみ消される程の声音で次の魔法を唱えた。さっきマスターがやったのと同じ手口……無数の鳥形の氷塊が空中にいるムラサメを襲う。至って単純な手口ではあるが、効果的だ。身体はマナクリスタルに出来ているお陰でムラサメは他者の魔法を吸収することはできます、でも一度吸収したら十数秒間の間はそれを再度使用する事は出来ない。
いくら半永久的に活動可能なゴーレムと言えど、一度に体内で蓄える魔力量は限られています。魔力満タンな状態で更に魔力を吸収するとやがてマナクリスタルの容量の過負荷で砕ける。氷塊の津波を吸収しなかったのはマスターの攻撃に吸収能力を使用したからそれ程に魔力を消費していない。だから魔力量が多い津波をわざわざ私に攻撃の隙を与えるまで避ける必要があった。
「《スターダスト・ヴェール》!」
一段とスピードを上げたムラサメが繰り広げる斬撃の防壁に触れた鳥形の氷塊達は粉々に砕けた。本来なら私の氷はそう簡単に壊せない。でも、スピード上げと技で使った魔力を氷塊の一つ一つから斬撃が当たる部分だけの魔力を吸収することで局部の氷の硬さを下げた。
「それぐらいはお見通しよ……!≪氷屑刺柩≫」
掌を開いた状態の左手をムラサメの方へ翳して三度に魔法を唱えた。砕け散った小さな氷屑から大量で巨大な氷柱を全方位から、ムラサメを囲むように結成させた。掌を閉じるモーションを合図に、氷柱たちが一斉にムラサメに襲いかかる。
「……面倒ナ事ヲ。ソレ程俺ノ魔力ヲ消費サセタイカ?≪スパイラル・ネビューラ≫!」
ムラサメが出した技は360度をカバーできる回し蹴りならぬ回し斬り。剣と接触した氷柱は勿論の砕けたが、直接に触れていないのもその風圧だけで飛ばされて、『塔』の壁に突き刺さった。
「今度ハ俺ノ番ダ……≪ストレート・トーラス≫!」
着地する瞬間で更にスピードを上げたムラサメは一直線に移動した。≪ストレート・トーラス≫。それは名前の通り、雄牛の如くに一直線で敵に接近して、その勢いを使ってほぼほぼ防御不可の一太刀を浴びせる技。普通の人間ならあまりの速さで耐え切れず、剣を振る両腕が千切れてしまう。オリハルコンの合金の身体を持つムラサメだからこそ成し遂げる。
「ちッ……≪断絶氷壁≫!」
剣の腕で私はムラサメに勝てない。彼の全力疾走後の攻撃に対応できる自信は無い。だからやむをえず、私と彼の間に氷の城壁を造って、強制的に彼の攻撃を中断させる。
さて……城壁一枚だけで彼を長く足止めできない。城壁のせいでムラサメを視界から外して何をしているのかが分からないが、魔力で大体の位置は把握できる。ならば……
――パリン!
硝子が割る音と共に割られた城壁に向うに剣を構えるムラサメの姿が現れた。本来なら今すぐでも私を斬りかかろうとするムラサメだけど、今の彼は戸惑っている。何故なら――
「≪三重氷像≫」
――彼の目の前には三人の私が彼を待ち構えているから。
「あら、どうした?もうお終いなの?」
「ざ~ねん。折角マスターに良い所を見せたかったのに……」
「所詮貴様は独り立ちしないマザコンね」
「黙レェ!≪スカーレッド・レオ≫!」
挑発に乗り、怒りでこの辺り一帯を消し飛ぶ威力を持つ魔法を唱えた。魔力で真っ赤に染め上げた剣を地面に突き刺した。次の瞬間、ムラサメを中心に、約半径三百メートルの範囲が炎の柱に飲み込まれた。
火柱の周囲の物もその熱に溶かされたか、もしくは爆風によって遠くに飛ばされた。やがて火柱の勢いが次第に衰えていて、約五秒後で消えていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「≪氷河裁杭≫」
「なっ!?」
突如ムラサメの足元から十本近くの氷柱が彼の身体を貫通した。氷柱に串刺しされたムラサメは僅かに動ける頭を動かし、私の姿を探した。
「馬鹿ナっ!?アノ至近距離デ≪スカーレッド・レオ≫ヲ受ケテ平気ダト言ウノカ!?」
「私は誰なのかもう忘れた?私は嫉妬の大罪悪魔、魔剣こそが私。剣そのものが壊されない限りは何度でも蘇生できる」
「……ソウカ。アノ時ハモウ、三人ノ内ノ一人ガ握ル剣ガ本体ダッタノカ」
「正解!今度こそは私の勝利ね、もう逃がさないよ。知っている事を全部話してね?」