第百十九話
レヴィの口から「ムラサメ」という名前が出た途端、俺達を囲むゴーレム軍団が一斉に動きを止めて、周りの音も幻みたいに綺麗さっぱり消えた。突然に起こった異変に脳の理解が追い付かず、俺とセツが一瞬の硬直を生み出した。その一秒未満の隙に、ボス部屋の奥に居する人型の何かが動いた。
目にも止まらないスピードで俺とセツの視界から俺達の後方にいるレヴィまで移動した。
――キィィン!
「なっ!?」
甲高い金属音がレヴィの方から部屋中に鳴り響いた。金属音が鳴った一拍後にようやく反応できて、後ろに振り向かえたた俺達を待っているのは片手で魔剣を握るレヴィが人型の何処から取り出したか分からないやや大き目な片刃の剣による攻撃を受け止めた。
「何故キサマガココニオル、嫉妬ノ大罪悪魔!?」
「ふふふ、貴様こそ相変わらずの主人に執着しているね~そろそろ独り立ちしたらどう?このマザコン」
「キサマラ大罪悪魔ト語ル言葉ナド無イ!」
「お、おい……レヴィ……?」
――キン!キン!キン!キン!
初めて他人を貶めるレヴィの事を一旦忘れて……何やら不穏な行き先を進んで行く会話を頑張って割り込もうと試みたが、俺の声があの二人に届く前に凄まじいスピードで繰り広げる二人の剣戟の金属音と気迫に揉み消された。
クソ、やはり動きが速いな。レヴィ一人に任せるの悪いし、ゴーレム軍隊の動きが止まった今こそが元凶の魔力源を壊す絶好のチャンス!殆どの金属音は攻撃を受け流した直後に聞こえてくるし、仄暗い照明の閉ざされた空間内で視覚と聴覚もあんまり高速戦闘で役に立たない。でも魔眼を駆使すれば、レヴィと人型ことムラサメの剣戟の太刀筋の一つ一つがはっきりと捉える。魔眼でもカバーできない分は≪思考加速≫と≪魔力感知≫の合わせ技なら補える筈……!
「――っ!」
ムラサメの死角の筈の真後ろから攻撃を仕掛けても身軽い動きで避けられる。俺を警戒しているのか、俺の攻撃を避けた後も俺から距離を開くようと跳躍した。理由はともあれ、彼が次の攻撃を仕掛ける前に叩く!
「暴風の覇鎗!」
当然、宙高く跳んだムラサメはその攻撃を避ける術が無い。なら残された選択はもちろん、武器か空いた左腕を使って攻撃を防ぐの二択のみ。さぁ、選べ……!
「ぬっ!」
「……っ!?」
少なくとも攻撃を防いだ片腕一本の自由は奪いたいとの気持ちだが、彼が振り下ろした剣が風の槍と接触した刹那、あれ程圧縮した魔力が跡形なく霧散した。そう簡単に予想通りにはいかないと薄々勘付いたが、やはりこのムラサメという名前の人型の実力は別格だ。巨人戦の前に戦った下級悪魔なんかよりも数十倍の強さを持っている。
それにしても、まさか剣の一振りで魔法を斬り裂くなんて……まぁ、レヴィが彼を知っているみたいだから神代大戦の生き残りだろう。戦の生き残りだと考えると、その強さも納得できる。だとすると、こいつはイリアとイジスを封印した神が創り出した兵器みたいな存在と見てまず間違いないだろう。少なくとも、レヴィとムラサメのやり取りを察するにレヴィ達大罪悪魔の味方ではなさそうだ。
――キィィン!
再度甲高い金属音が部屋中に鳴り響いた。息を潜めて、ムラサメが着地する瞬間をぞっと待ち続けるセツは獲物を狩る捕食者みたいな動きで彼の首筋に当たる部位を目掛けて短剣を振り下ろした。が、その攻撃がムラサメに届く前に、回し蹴りならぬ回し斬りを見舞われたセツは派手に吹き飛ばされた。咄嗟に魔糸を引いた事と魔力を帯びた短剣によるガードのお陰で致命傷にはならなかった。
吹き飛ばされたセツと入れ替わるように、彼女への反撃モーションが終わる前に冥獄鬼の鎧骨で生成した骨の鎌を全力でムラサメに叩きつけた。
――カァァン!
「マジかよ……」
先程の金属音とは違った音が鳴った。ムラサメが空いた左腕を鎌の軌道上に翳した。ただそれだけの動作で俺の攻撃を完全に受け止めた。傷口どころか、俺の全力の攻撃を受けてもビクともしない、か。
「やはり……魔力障壁。なら……!」
『待って、レイ!そいつは魔力を吸収する、無暗に魔法を使うな!』
「ちッ!」
魔眼を通じて、ムラサメの頑丈さの原因がイジスと似た魔力障壁であることを判明した俺はその障壁を破る可能性のある魔法を発動しりょうとする瞬間、イリアが念話で止めさせた。魔力を吸収する、即ち他者の魔力で自分の物として使用できる可能性が浮かべた。なら、余計に彼の強化に繋がる行為を取ってはならない。やむをえず、魔法の発動を中止して、吹き飛ばされたセツの所まで下がった。
「ソノ鎌……オ主、ネクトフィリスナノカ!?」
「ん?」
「サネシス様ニ殺サレテナカッタノカ!?」
「……何の事だ?」
「トボケルナ。コノ俺ガソノ鎌ヲ見間違ウトデモ言ウノカ!?ソレトモ……記憶喪失カ?」
…………ダメだ。ムラサメが完全に自分の世界に入っちゃって、全然人の話を聞かない。一応冥獄鬼の鎧骨はネクトフィリスさんから譲ったスキルであって、彼の言う事も一理はあるけど……俺とネクトフィリスさんの姿形も、声も違う。そこまで間違えるのかなぁ?
「いい加減目を覚ませ。彼は私のマスターであり、人間だ」
「ナンダト……!?」
「だ・か・ら・!レイは私の契約者で人間だ、貴様が言うネクトフィリスではない」
「……ウソダ」
「ん?」
「……ウソダ、ウソダ、ウソダ、ウソダ!ネクトフィリスガ、人間ゴトキニ殺サレル筈ガナイ!大罪悪魔デアル貴様ノ言葉ヲ信ジルカ!」
――ゴゴゴゴゴゴ……
ムラサメがレヴィの言葉を聞いて、大声で喚いた。彼の声に反応したのか、周りのゴーレム軍隊が再度動き始めた。しかも天井と壁、床……あらゆる方角から姿形、持っている武器も千差万別の様々なゴーレムが次々と生み出された。
「マスター、ムラサメの事は私に任せますか?」
「……分かった。周りのゴーレム達は俺とセツで何とかするから、俺達の事を気にせずに暴れてこい」
「頑張って、レヴィ様……!」
「……ありがとう」