第百十八話
セツとレヴィの二人を横に、俺達はイリアの脳内マップに示されたゴーレム軍団の魔力源がある場所まで移動した。『塔』に入る前はあれ程セツに大罪ダンジョンの危険性を語っていたのに、今の俺は自分の怪我を隠して回復ポーションを使うのを拒めた。
破壊不能と噂されるほどの頑丈さを誇る『塔』の階層の天井を突き破る勢いを殺すためにはそれと同等以上の力での相殺を狙うしか方法がない。イジスの結界はどういう原理か分からないが、結界と衝突するものを完全に遮断または弾く特性があった。結界越しでの力だと勢いを相殺するどころか、そのまま上の階層に行ってしまうから、仕方なく爆風を自分の身体で受ける選択を取った。
一応冥獄鬼の鎧骨を使って衝撃をある程度防げたが、いかんせんあの推進力を相殺でいた力を完全に防げることは無理があった。それでもイジスが編み直した、そこら辺に売っている鎧中より数倍も丈夫なパーカーと骨の鎧の二重防御のお陰で身体が砕け散る結末から逃れた。
後は冥獄鬼の鎧骨で無理矢理に自分を立たせて、痛みを我慢しながら少しぎこちない足運びで歩み出した。セツ達にどこまで誤魔化せるか分からないが、その場で立ち止まるよりマシと思う。鎧の下で≪高速再生≫のスキルを全開し、傷の手当てを始めた。
塔でセツの修行を手伝うと進言し、ゴーレムの軍隊からの逃亡中に負った傷。それは自分の失態で買ってた回復ポーション類はセツの為に温存する……と自分に言い聞かせたが、恐らく俺の本心では自分の失態で彼女達の足枷に成りたくない、彼女達の前で情けない自分を見せたくない……俺のプライドなんだろう。
「……行き止まり?」
左隣に歩くセツが突如に現れて、俺達の行く手を阻む暗い色をした石壁を見て、頭を傾げて呟いた。ま、無理もない。イリアが示した脳内マップではこの道はまだ先に続きが有った。
『いいや……剣でその壁を突いてみて』
イリアの指示通りに腰から短剣を抜き、石壁に向けて突き出した。だが短剣は何の抵抗も無く、まるで空気と接触したみたいに石壁をすり抜けた。霞みたいに消えた石壁の向う側の通路が露になった。
「幻影の壁か」
「でもどうせならもっと現実味を帯びた壁を作ったら良かったのにね」
『馬鹿な制作者か、それだけの物しが居ないだけだ』
あまりにも呆気なく看破された幻影の壁に辛辣なコメントを言い始めたイリアをレヴィ。相変わらずイジスは傍観者的な立ち位置で自分から会話に交わらず、ただ彼女達をやり取りを見守っていた。対するセツと言うと――
「…………」
――彼女もまた無表情に幻影の壁の先を見詰めている。
はぁ……我ながら自由な仲間を持ったもんだっと感心しつつ、幻影の壁の先へ足を運んだ。レヴィとイリアはそう言ったけど、壁の向こうに踏み入れた瞬間、場の雰囲気が豹変した事を感じた。
空気中に漂う魔力の濃度が一気に跳ね上がり、身体の危険信号が入った途端から鳴り止まなかった。隣のセツを一瞥したが、彼女もこの異変に気付き、幻影破りに使った短剣を腰の鞘に戻さず右手で握り締めた。空いた左手は未だに鞘に収まれるもう一本の短剣の柄へ伸ばして、何時でも反撃できる体勢に入った。
が、警戒した襲撃は来なかった。やがて通路の突き当りまで辿り着いた。そこは広い円形なドーム状の空間であった。俺達が通った通路の反対側、仄暗い空間の奥には何やら人型の何かが見えた。
「……完全にボス部屋だな、これは」
そう、これは前の世界で大量にやり込んだゲームの中のありふれた光景。一つ広い空間の中央、もしくは奥に佇む一人、稀に複数人の強敵と戦う為だけに作られた場所。本来ならステージの終盤に位置する筈なのに、四十代前半の階層で出くわすなんて……
レヴィが封印された遺跡の最奥にもボス部屋の役目を補う縦長な空間が有ったから、その法則で推測すると……ここがベルフェゴールが封印された場所なのか?なら当の昔に攻略チームに見付けられてもおかしくない。なのにそれっぽい情報どころか、噂すら聞かないなんて……
「考えても仕方ないか」
『塔』の内部構造を考えるのを諦めて、問題のボス部屋に足を踏み入れた。
――ゴゴゴゴゴゴ……
次の瞬間、低い地鳴りを伴い、無数のゴーレムが謎の人型を守る形で地面と壁から生み出された。やはりあの人型はゴーレム軍隊の製造係兼魔力源に間違いないようだ。
「この光景はもう見飽きたんだよ、≪風魔の死鎌≫!」
下の階で使用した方法と同じ、風魔法でゴーレム達を蹴散らし、その間で魔力源を叩く。至ってシンプルな作戦だが、その単純さこそが勝敗を決する要因に成りかけない。シンプルだからこそ仲間に伝えやすく、実践するのも早い。何より、万が一作戦が失敗した時に派生できる行動が多く、敵の動きを基に打開策を講じれて、手の内を必要以上に晒さなくて済む。
風の鎌を放つのと同時に冥獄鬼の鎧骨の右手の部分から骨の鎌を生成して、人型に向かってダッシュした。が――
「ちっ!魔力源に近い分、硬さと再生速度が跳ね上がるのか」
――破壊された筈のゴーレム達が瞬く間に再生し、風の鎌によって切り開かれた道を閉ざした。
クソ、ここはボス部屋と言うよりかはモンスターハウスに近いな。奥にある人型に辿り着く前にゴーレム軍隊との戦いで体力の魔力も先に消費される。しかもあの人型の硬さも不明な現状で雑魚ゴーレム達に魔力の使い過ぎは避けたい。
ゴーレムの個々の能力はそんなに高くないが、謎の人型の魔力源によって、無限に生み出される数の暴力に圧倒させる。疑似レールガンを使うにも助走距離が足りていないし、準備中に動けないからその絶好のチャンスを見逃す訳が無い。まずいな、このままだとジリ貧だ。一旦通路まで引いて、態勢を立て直すか?
『セツっ!聞こえるか?今はまず来た道を――』
「あら、貴様はまだ生きているなのね?」
念話でセツに撤退の言葉を言い終える前に、レヴィの声が空間中に響いた。閉ざされた空間でゴーレム軍隊との戦闘音は普通に喋れない程の音量があった。なのに何故かレヴィの声はここまで鮮明に聞こえるのだろう?
「無視ですか?心外ですね、貴様の忠義もそこまでのようね」
虚空に向かって語り始めたレヴィ。しかし、彼女の問い掛けの返事来なかった。それでも彼女は残酷に、獲物を弄ぶ絶対的な力を持つ捕食者ような口調で言葉を発した。
「……まさか私達の事を忘れたのか?なぁ、ムラサメ?」