第百十五話
壁、石柱、天井と床……セツによって、ギガント・バジリスクを囲むよう形でばら撒かれた大量の釘と繋ぐ魔糸の一本を力強く引っ張り、一瞬でバジリスクとの距離を縮めた。セツのスピードは速い、それは覆らない事実。でもその真髄を発揮できる場面は敵の視界の外か、もしくはセツの存在に気付いていない敵への奇襲の瞬間。
しかしギガント・バジリスクはセツの姿を捉えている。そこら辺のモンスターならまだしも、イリアにセツの限界っと言われている第30階層に生息するギガント・バジリスクにそれ程の効果は期待できない。現に尻尾による反撃が急接近するセツに放たれた。が、セツもまた、バジリスクと同様に一度たりともお互いの事を意識から外さなかった。
「――っ」
バジリスクの尻尾の反撃を別の魔糸を引っ張る事であり得ない角度の方向転換を成し遂げたが、それでも尻尾を完全に躱せなかった。再び魔糸を変え、尻尾の先端をつま先で蹴りを入れて、Σの形を描く様に尻尾を躱しバジリスクの頭上まで移動した。
バジリスクの真上に到達した瞬間、セツは三度別の魔糸を引っ張て、ギガント・バジリスクを目掛けてダイブした。落下と同時に回転した出した、魔力にコーティングされた短剣と遠心力で威力を底上げた一撃。これが当たれば間違いなくバジリスクに傷つける。
「くっ」
そう、それは当たればの話。本来であれば、殆どの生物の死角たる頭上からの攻撃に反応することが無理に等しい。でもギガント・バジリスクはこの理屈を軽々と捻じ曲げた。急降下するセツを上回るスピードで横へ躱した。そのせいでセツの攻撃は片側の翼を掠った結果で終えた。
攻撃が外して、刹那の硬直を見せたセツを目掛けてバジリスクは凄まじい速度で硬く尖ったしくばしの突きがセツを襲いかかる。
「きゃー!」
間一髪でバジリスクの突きを短剣で受け止めたが、その威力を完全に相殺できず、変わらしい声で吹き飛ばされたセツはバジリスク戦の開始時に俺が作った石壁と激突した。
「ちっ」
今すぐでもセツを助けたい……これはセツの為の訓練、頭はそれをはっきり分かっている。今俺が彼女の元に駆けつけ、俺の助力を得てギガント・バジリスクを倒してもセツは自分の殻を破れない。今でも魔法を発動しそうな身体を全力に抑えている。
現在のギガント・バジリスクの注意は全てセツに向けている。つまりは俺とレヴィの存在を忘れた状態。折角セツとの一騎打ちを持ち込めた、ここで俺が魔力の制御に失敗し、再び俺達に気付いたら今までのセツの奮闘が水の泡になる。だから俺は――
『堪えろ。セツなら大丈夫だ』
――っと、自分に言い聞かせる為に何度も脳内でその言葉を復唱した。何度も……何度でも……≪看破の魔眼≫でセツの容態をある程度把握できるから、彼女はまだ死んでいない……!
彼女が俺達に助けを求めず、まだ自分が戦えると叫んでいる!彼女の復讐を手伝うと決めたのは俺だ。なら俺がセツの正念場で彼女を信じられなくってどうする!?
「っ!」
セツが激突した石壁と両者の攻防から発生した土煙の中から一つの人影が飛び出した。魔眼のお陰でそれはセツであるっと知った瞬間は危うく彼女の名を叫び出しす衝動に駆られたが、何とかそれを抑え込めた。
「ん?」
あれ、何だかセツの動きがおかしいぞ?今まで彼女は魔糸を引っ張る事で自身の三次元機動力を底上げた。底上げって言っても所詮は糸を引っ張って動くことだから直線的な動くが殆どだった。でも今のセツが飛ぶ軌道は確実に曲がった、まさにギガント・バジリスクを中心にする振り子みたいな動きだった。しかし、彼女のその動きを可能にする釘は何処も居ない。
一応彼女が戦闘開始時にばら撒いた釘の数と位置を確認したが、そんな所に釘は居なかった筈。なら戦闘中に再び釘をばら撒いたか?……いや、そういった素振りは見せなかったし、そもそもそこはバジリスクがセツの攻撃を避けて……
「まさかっ!?」
とある可能性に辿り着いた俺は魔眼でセツが握っている魔糸を辿って、それと繋ぐ釘の位置を探した――
「……やはりそうか」
――案の定に予想した所に刺さっていた釘を見付けた。
そう。ギガント・バジリスクを中心にした振り子の動き。ならセツの釘は必ずギガント・バジリスクが居る場所の付近に刺さっている筈。でも最初にセツがばら撒かれた数多くの釘の中に、その場所に刺さった釘は一本も居なかった。そもそもそこは俺が最初にギガント・バジリスクと対峙する時の反対側、つまりは俺達が一度も踏み入れていない場所。初撃のバジリスクの突撃のお陰で戦場は俺達からそう離れて居ない所に移った。
でも逆に言えば、セツの攻撃を避けたバジリスク以外にこの狭めな戦場からでた者は居なかった。当然セツは戦場の外に釘を設置する必要が無い、しかも吹き飛ばされた際にそこまで釘を投げれない。なら残される場所は……バジリスク身体。魔眼を通じても一本の釘がバジリスクの首辺りに刺さっているのを確認した。まぁ、大体はくちばしの攻撃を受け止めた際に刺さっただろうけど……大したものだよ。
振り子状態のセツが大きくバジリスクの周りを一周し、刺さっている釘と反対側まで回った瞬間、セツは力強く握っている魔糸を引っ張る!
――キャァアアアア!
再び高速で迫っているセツの姿を捉えたバジリスクは奇声を上げながら彼女と距離を取ろうとするが、その行動は逆にセツの速度を上げる結果になった。自分の行為が敵たるセツの助力になっている事を悟ったギガント・バジリスクは今度、敢えて自分からセツを攻撃を仕掛けた。
セツがそれ以上の速度を出せる前に彼女の息の根を断つ。空中にこれ程の速度で移動するセツに避ける手段は限られている。もしも避けられたとしても、これまで築き上げたスピードを失う事に成る。自分に負けはないと確信したギガント・バジリスクはくちばしの突きを放つ……筈だった。
反撃の素振りを見せたバジリスクはぴったりとその場に静止した。魔眼でその周りを見ると、ギガント・バジリスクの巨体は何本かの魔糸によって縛られた。そう、釘が刺さった首の反対側に回り込むだけならその巨体を大きく一周する必要は無い。なら石壁に叩付けられた後のセツが取った一連の行動は全て、ギガント・バジリスクの動きを止まること。バジリスクの周りを一周する際に数本の釘を設置し、敢えて自分が攻撃する瞬間まで引っ張らず、ギリギリのタイミングで引っ張る事で数秒間バジリスクの動きを封じれる。遠心力で底上げされた膂力と静止状態の首の筋肉の力……どっちが勝るかは言うまでもない。
「はぁ……!」
バジリスクの無防備な眼球に逆手で握っている短剣を突き刺さった。セツは短剣が刺さる刹那に魔力を流し込み、一瞬でバジリスクの頭部を凍らせた。断末魔も上げれず、ギガント・バジリスクの巨体は地面に倒れた。