第百十四話
直剣使い達から情報を引き出した後、俺達は再び上のフロアを目指した。あの連中の奇襲を受けてから、一度も他の人間のグループの襲撃を受けていない。よっぽどあの直剣使い達を信頼しているか、それとも俺達の実力を侮ったか……理由はいずれにせよ、行く手を阻む者が無くって、セツも『塔』内のモンスターで思い存分に戦闘経験を積もれる。
しっかし、やはり第十フロアを越えた事でそこに生息しているモンスターの数と強さは格段に上がった。セツも一撃一殺のスタイルの成功率が一、二割ぐらい落ちた気がする。まぁ、直剣使いのグループとの戦いの前の小休み以外は無休で戦っていたから肉体と精神の疲労がそれなりに溜まっている筈だ。長時間の戦闘と常に周囲を警戒言続けばならないという極限状態の中で、普通の人なら集中力が切れ、思考が上手く巡らせない。でもセツは長年追手から逃げ回った経験を生かして、集中力の低下を最小限に食い止めた。
ともあれ、最初の頃みたいな順調に攻略ができないものの、何とか大怪我を負わずに第二十フロアの主とも思われるオークソーサラーを突破した。
……それにしても、オーク持ち前の巨体に加えて、土魔法をも使えるモンスター。流石のセツも苦戦したが、釘と魔糸のコンビネーションで三次元機動力を引き上げて、上手くオークソーサラーの猛攻を躱しつつその首を刎ねた。実際、直剣使い達の襲撃以来、魔糸を使用する頻度が上がった。
本来魔糸は俺の魔力で出来ているから、俺の魔力が完全に無くならない限りは糸を生成し続ける事が可能だ。でも、その糸を操る為の魔力はセツの魔力を使うので、戦いが長引くほど彼女の魔力が消費される。
元々セツが所有する魔力の量は多くないから、魔糸を使う時はなるべく早く相手の息の根を止まるのが一番理想的な状況だけど……
「なぁセツ、そろそろ休まないか?流石に心配だぞ?」
「はぁ……はぁ……も、もう少しだけっ」
全身の所々にある無数の掠り傷から真っ赤な血が滲め出ていて、息切れになっているにも関わらず、セツは連戦続行の意を示した。……彼女は自分の力量を見誤るようなヘまはしない筈。でも心做しが、セツが焦っているように感じる。
『心配か?』
『当然だ!ここはイリアが忠告した第30階だぞ。セツのソロ攻略の限界って言われたこのフロア……正直、一度でいいからセツを休めたい』
『案ずるな。彼女はレヴィに鍛えられた、ちゃんと自分の実力をわきまえている。もうちょっと彼女を信じたら?』
『……普段のあいつなら心配ないさ。でも、今日のセツは――』
『焦っている、か?』
『っ!?』
『あれにレイが悩んでも仕方ない事だ。それは彼女自身の問題だ』
……どういうことだ?セツは確実に焦っている、そしてイリアはその事を知っている。まぁ、イリアが知っていておかしくないが、問題は何故あのような言葉を……?
『俺が悩んでも仕方ない……ってことはセツの戦闘面での事ではなく、もっと根本的な、精神の問題か?』
『考え事は後にして。ほら、来るぞ!』
『っ!』
イリアの注意されて、俺は意識を前方に集中した。そこで俺達を待ち構えていたのはニワトリと蛇の融合体みたいな見た目をした巨大なモンスターであった。『塔』の中の薄暗い環境にいるのも関わらず、その双眸は確実に俺達の姿を捉えている。
『バジリスクか』
巨大モンスターの姿を見たレヴィが念話で呟いた。そう……その姿は昔、ゲームの中で何度も戦ったことのあるモンスターと酷似している。確か特徴としては『猛毒』と『石化の視線』の二つ、でもこの世界のバジリスクと一度も会った事は無いから詳細は知らない。そもそも目の前のモンスターは果たしてバジリスクである事も分からない。
「にしても……流石にちょっと大き過ぎない?」
『あれは通常個体のバジリスクではない、変異種のギガント・バシリスクだ。レイが知ったバジリスクと大差変わらないが、通常のバジリスクより図体が大きくなったせいで体内に有る猛毒の生成器官を失った。でも肝心の石化の視線はまだ健在だから、なるべくそいつの視界に入るな』
「それは早く言えよ!」
イリアに渾身のツッコミを入れつつ、俺は土魔法で俺達をギガント・バシリスクの間に石壁を作った。しかし数秒後にその壁の一か所が呆気なく砂と化し、崩れた。
「これ、石化の視線と言うよりかは分解の視線じゃないか?」
「どうでもいいでしょう、マスター?ほら、石化が効かないって知ったからこっちに突進してるよ」
レヴィに指摘された通り、壁の向こうからずっしりとした足音が聞こえてきた。セツもバジリスクの突進方向から少し離れた場所で短剣を構えながら待機している。こんな敵をセツ一人に任せたくないのは本音だけど、イリアが信じるって言ったから……何時でも彼女を助けられる体制に入るしかない。
バジリスクの足音が空間内で響き渡る中、石壁と激突するまであと三……、二……、一…今だっ!
俺が心の中でのカウントダウンが終えた刹那、案の定バジリスクが石壁を突き破り、俺達の前に着地した。その着地寸前にセツが岩陰から飛び出して、バジリスクのニワトリみたいな首を狙って短剣を振った!
――キィン!
しかしその攻撃は甲高い金属音と共にバジリスクの翼に跳ね返られた。攻撃を受けても無傷の翼に驚いてもきちんとバジリスクから距離を取って、その後ろへ回り込んだ。「背後からの攻撃なら」っという希望を抱きながらセツは再び攻撃を仕掛けた、今度は身長差を利用した下腹部への攻撃。
「うっ!」
が、その攻撃も鞭みたいな蛇の尻尾に阻まれた。しなやかに曲がる尻尾の追撃への対応に間に合えず、セツは軽くふき飛ばされた。声を殺して、衝撃の耐えた彼女はこれまで連戦で蓄積したダメージで膝をついた。
振り向いたバジリスクの右目を目掛けて、密かに取り出した釘を投げつけた。でもそれも軽く躱された。自分の勝利に確信したバジリスクはゆっくりとセツの元へ歩んだ。
石化される寸前のセツが一つの笑みを浮かべた。彼女にとって、この逆境を打ち砕ける切り札は風切り音と共にバジリスクの上斜め後ろに現れた。謎の風切り音で背後に振り向いたバジリスクの左目から大量の血飛沫が溢れ出した。
――キャァアアアア!
奇声を上げたバジリスクを横目にセツは片手の短剣を仕舞って、数本の釘を取り出して、険悪そうな笑みを浮かべながらその空間中にまき散らした。