第百十三話
身動きできない三人の男を目の前にして、俺達はあの三人を見下ろすかのように立っていた。
「――何をされようとも、我々は決して依頼主を裏切らない!」
尋問どころか、俺達は彼らに質問一つも聞いていないのに、レヴィが氷漬けにした一人が急に怒鳴り声を上げた。彼が取った異常な行動から真っ先に考えられる可能性は二パターンに分かれる。一つは未だ近くに潜む仲間に自分らの現状を伝えること。しかし俺達にはイリアが居る。彼女のスキルの範囲内に、少なくとも上下五フロア以内に俺達を除いて彼の言葉を聞いた者は居なかった。
そしてもう一つは俺達に存在しない仲間を警戒して、隙を見計らってレヴィの氷を解く為のブラフ。これも、イリアのスキルによって意味をなさない。それに、≪看破の魔眼≫を通して僅かではあるが彼の声に恐怖の心情が含まれている事が判明した。
『自分への暗示みたいなもの……か』
『そうみたいねぇ~』
人がトラウマになるモノを体験した時、無意識にその瞬間の記憶を脳の奥底に刻む。それを思い出し、直面する度に少しずつ怖気が蓄積し蝕む。挙句の果てに理性と自我を失う。そのトラウマが強ければ強い程、脳への侵食も早まる。ましては自分を含む三人以外の仲間が一人の少女によって、呆気なく全滅させられる光景を目の当たりにした。自分らの全てを懸けても尚勝てず、誇りと仲間を同時に失った彼らにとってはまさにトラウマ。だから自分自身の恐怖を打ち勝つ為に、わざと大声で自分に言い聞かせた。
「お前のは教えないかも知れないが、そこに倒れている彼ならどうだ?」
視線を氷像に成りかけた二人の男からいつの間にか意識を失い、地面に倒れる直剣使いへ向けた。ていうか、直剣使いは気絶するほどの傷を負っていないよね?戦意は失ったが、でもそれから一度も攻撃を受けてない筈なのに……セツに手首を斬り落とされてもその痛みを耐えたし、魔法使いの女性も素早く傷口を塞いだ。痛みや出血多量が原因ではなさそうな。
『一種の自己保存だろう。精神が完全に砕け散る前に意識を落とすことで何とか繋ぎ止めた』
『よっぽど自分の剣捌きに自信を持ってたんだね。セツちゃんにあっさり敗北した挙句に二度と剣を握れないのがショックなのね』
『可哀そうだが、一応襲いかかる敵に掛ける慈悲は無い。イリア、こいつを手っ取り早く起こせる方法はあるか?』
『軽い雷魔法で叩き起こせば?』
『了解~』
イリアの提案を受け入れて、俺は無意識の直剣使いの元まで歩いた。その最中で右手に抑え目な雷魔法を発動した。さっき大声を上げた大楯使いの一人が「何をするつもりだ!?」っと叫んだけど、一旦無視した。
「このくらいかな?」
「ん~、まぁ大丈夫じゃない?」
直剣使いの胸元に右手を置いて、軽く雷を体内へ流し込んだ。徐々に流してもあんまり意味をなさないみたいだから、一度電圧ゼロの状態から一気に引き上げる!
「がぁぁあああああ!」
「あっ、起きた」
体内に雷を流し込んだ瞬間、彼は盛大に瞼を開いて悲鳴を上げた。うん、元気いっぱいでよろしい!……まぁ冗談は置いといて、本当に大丈夫なのか?何か手足が異常に痙攣しているし、焦げ臭い匂いもその場に漂い始めたけど……流石に心配だな。
『死にはしないさ、多分』
『多分って、イリアが提案しただろうが!?』
『保証がなかったんだ。けど良い実験になったでしょう?』
……鬼畜だ!えっ、イリアはこんな性格だったのか!?イジスとレヴィも何の言わなかった。確かに俺は手っ取り早く起こせる方法を聞いたが、死んだら大切な情報を取れないじゃないか!
「――ご主人様」
「ああ、ごめん。ちょっと考え事に没頭した……さて、先ずは『おはよう』とでも言うべきか?それとも『お帰り』?」
「ヒッ!?」
俺が語りかけただけで情けない悲鳴を上げた直剣使い。先程セツと戦った威勢が嘘のように消えてた。ああ、ダメだこれ……完全に怖がれている。仕方ない、面倒だけど少し脅かすか。
「俺達の話を聞けよ。それとももう片方の手首を斬り落とされたいか?因みに手首じゃ無くても――」
「わ、分かった!」
「よろしい。では、俺達を狙う命令は誰から貰った?」
「そ、それは……」
「ほう、答えられないか?」
低い声でそう呟いて、魔力が込められた右手を彼の左足へ伸ばした。
「ふぁ、ファルへン市長!」
「ロイ貴様、傭兵の誇りを捨てたのか!?」
直剣使いことロイが雇い主の名前を口にした直後、件の大楯使いが三度大声でロイに怒鳴った。無口の大楯使いは静かに仲間の二人を睨んだ。ふむ、あの大楯使いの反応から見ると……ロイは嘘をついていないようだ。それにしても、ファルヘンって名前は聞いたことは無いな。ロイがそいつを市長って呼んだから……どこかの町を治める人だろうけど、まさかラトスの町ではないよな?
『いや、ファルヘンはラトスの町の市長で間違いないぞ』
『……まじかよ』
まぁ、『塔』から出た後で探せばいいか。先ずは目の前のこいつ等から出来るだけ情報を聞き出したい
「それで、その命令の内容は?」
「は、白狼族の少女を連れる三人組が『塔』に入ったからその少女を誘拐せよ。つ、連れの者はEランクの冒険者だから――」
「だから楽勝って思ったのか?」
「は、はいっ!」
はぁ~Eランクだから良い金を稼ぐ機会になるか……まぁ、こいつらは傭兵だから仕方ないか。生きる為に金は要るからな。
「そういえば、もしこの娘を誘拐したあとは何をするつもりだ?」
「そ、それは奴隷に売る……かな?」
「……なに?」
「こんなことをして、ただで済むと思うな!ここから出たらすぐさまファルヘン様に報告して、仲間の仇を取らさて貰うぞ!」
「……そうか。なら尚更お前らを生かせないな」
「何だと……!?」
「本来は適度に脅かした後で逃がすつもりだったが、生憎今の俺の機嫌が悪いんだ。ああ、レヴィの氷は貴様ら人間が解けれないから諦めな」
無口の大楯使いを睨みながら俺は風魔法用の魔力を集めた。ロイが情報を漏らしたのは想定外なのか、煩い大楯使いが俺達の意識を自分に集めて、残る無口の大楯使いが何とかレヴィの氷からの脱出を試みる。中々良い作戦だったが、≪看破の魔眼≫の前じゃ無意味だ。俺が発動しようとする魔法の威力を察した煩い大楯使いは叫んだ。
「この、人殺しが!」
「何とでも呼べ。貴様らだってセツに武器を向けた。他人を殺す覚悟があっても、その相手に殺させる覚悟が無いのか?悪いが俺は聖人じゃないからな」
最後の言葉を口にした直後、集めた風を鎌に変化させて、あの三人の頭を目掛けて魔法を放った。