第百八話
約束の一週間は早くも過ぎてた。今日、俺達は人目を避けるために朝日が昇る前に宿屋を後にした。更にギルドの監視から逃れる手段の一つとして、町を囲む外壁の上を走っている。目指すは北側、つまりは俺達がいつも使っていた草原の反対側。
「本当にこれでギルドの目から逃げられるかな?」
隣に走っているレヴィが冒険者ギルドの建物の方を見ながらその言葉を発した。レヴィだけが正確にベルフェゴールが封印されたダンジョンの居場所を知っているから今回の案内役として、普段と違って擬人化した。彼女の疑問に対し、イリアが念話を通じて淡々と答えた。
『もし奴らが本気で私達を監視下に置くつもりなら無理だけど……でも今の奴らはレイや貴女の正体を知らない。どれほどの情報を掴んでいるのかは分からないが、多分まだレイを警戒している段階だ』
「なら、大丈夫……?」
『本来冒険者は取る行動や決断を一々ギルドに報告する必要は無いから。今日みたいな外出も違法じゃない。まぁ、国境を越える際は別だけど』
セツに対してもまるで先生みたいに優しく説明してくれた。
「幸い今回の目的地がギリギリ帝國の国境を越えて無かったね。そう言えば、マスターの魔眼の調子はどう?」
イリアの説明を聞いて、安心したな仕草を見せたレヴィはそう告げた。そして彼女は今思い付いたと言わんばかりの口調で俺の魔眼制御の進捗を訊ねた。
「まだまだ完璧からは程遠いが、一応日常生活に支障が出ない程度まで抑えるようになった」
「そう……か。ごめんね」
「レヴィが謝る必要なんて無いさ。……俺はレヴィと一緒に歩むって決めた。これしきの事で挫けするほど柔じゃない」
「…………」
「それと、もう何かも自分のせいにするな。可愛い仲間の為に決めた決断だ、俺が喜んでやっているだけで、レヴィが気にする必要なんて無いさ」
俺の渾身な励ましの言葉を聞いたレヴィが数秒間黙り込んでしまった。何かを考えているように見えた彼女は次の瞬間、あんまりにも予想外な言葉を発した。
「……マスターって、時々ずるいよね」
は……ずるい?何の話だ?俺はあくまでも本心を言っただけなのに、それがずるいって言われても流石の俺も落ち込むぞ?
『賛成ね』
い、イリアまでそんな事を言うのか!?俺……一体何かやらかしたのか!?
『レイさんは基本、戦闘以外での思考の読み合いは当てに成りませんわ。でも、レイさんが気にしなくても良いですよ。私がレイさんを理解しています』
『イジスぅ、ありがとう!』
ああ~、イジスが増々心のオアシスって感じになったよ!何だか心が落ち着くなぁ……イリアとレヴィの冷たい言葉と相反し、イジスの言葉は温もりに満ちている。何故か俺はこの二種類の言葉を聞く回数が少しずつ増えた気がするんだが……
でも、ほんの僅かに気持ちい……かも?あれ?俺ってMの性質を持っていたのか?
~
「ふぅ~、着いたよ」
首都圏から離れた十日が過ぎた。一応セツの速度に合わせているし、途中で野生の動物や襲って来たモンスター共を食料として回収する為もあるけど……大分進むペース的には予定より少し早かった。
その間、俺達は事前に買えたキャンプ用の道具で休眠を取った。その間は不思議なことに、動物に襲われなかった。ていうか、小型モンスターや動物は俺達が近付く瞬間から逃げる事が多々あった。俺は普段≪威圧≫のスキルを使っていないのに、案外彼らはレヴィとイリア、イジスの存在に敏感なんだな。本能的に大罪悪魔と元天使二人に勝てないと察知して即座に姿を消した。それでも命知らずのモンスターが数体襲って来る場合もあったけど、まぁ瞬殺されたか、もしくはセツの練習相手として命を落とした。
ともあれ、この十日間はわりかしと平穏な旅であった。
リルハート帝國の首都とよく似た巨壁を目の前にして、レヴィは高らかにそう宣言した。一応旅に出る前、レヴィが目的地の事を大まかに教えてもらっていた。ここはとあるダンジョンを挑戦する為に集まった冒険者を含む人々や彼らをサポートする職人、そしてそんな連中と商売する商人達が長年かけて築き上げた町。
しかもこの辺りは何故かそのダンジョンの内部以外はモンスターの形跡が一切存在しない。たまに数匹のゴブリン程度しか出没しない平穏な町だ。でもそれならこの巨壁の存在に意味は無いっと、最初に俺は思っていた。
レヴィ曰く、この壁はモンスターの侵入を防ぐ為では無く、ダンジョンのモンスターを外へ出さない為の檻らしい。ここはリルハート帝國の辺境、万が一モンスターの氾濫が起きたら帝國だけじゃなく、隣接する国にも侵略される。この事実を知った俺は改めてレヴィがそこをセツの訓練所と指名した理由に確信を持った。
確かに大罪ダンジョンは普通のダンジョンより難易度が高い上、一歩間違えば死ぬ可能性が極めて高い。そんな極限な状況を生き延びた者は必ずに膨大な戦闘経験や生存の術を身に付ける。しかも俺が知る大罪ダンジョンはイリアのスキルで簡単に攻略出来たものの、その最奥にはディメンション・ウォーカーという化け物が存在した。流石にボスモンスター一匹だけで得られる経験は少ない。でも……ここは町全体を囲む巨壁を作る程、ダンジョン内のモンスターを恐れている。つまりその実力も数も桁違いに違いない。それなら戦闘経験を積もれる最適な場所だ。
「ここが、ラトスの町……」
俺は巨壁を見上げながら十日前に聞いたレヴィの説明を思い浮かべてた。
『さぁ、早く入ろう』
「そうね、ここで立ってもは何も始まらないしね。早く行こう、マスター」
レヴィとイリアの二人に促されて、俺とセツは鉄製の門の前に立つ二人の門番に話し掛けた。
「あの、俺達はダンジョンに挑戦したい者で……」
「うん?ああ、それなら通って良いぞ」
「え?検査みたいのしなくって良いのか?」
「別にしなくても大丈夫さ。この中は屈強な方々に満ちていて、何か犯罪を起こしてもすぐに捕まる。それに、ダンジョンを挑戦したい人は毎日の様に入ってくる。そいつらを一々検査をしていたら時間がいくらあっても足りないよ」
「な、なるほど……ありがとう」
「どういたしまして」