第百五話
翌日、俺は一人でいつもの草原にやって来た。昨日レヴィが『初日は私とセツちゃんに任せて、マスターはダンジョン攻略に備えてね』って、宿屋に戻る前に言われた。彼女なりに厳しく言ったつもりだったけど、念話で俺への心配の気持ちが手に取るようにはっきり伝わってきた。こうまでも自分の気持ちを隠したいレヴィの心遣いを無下に断れる筈もなく、俺は快く彼女の提案に承諾した。
しかし、一つだけ言わせてくれ……慣れないツンデレキャラを演じても全然成り切らないぞ。
さて、そろそろ今日の本題に入ろうか……っと、自分自身に言い聞かせる事で気持ちを入れ直した。
『イリア、再度確認したが。俺は例の走馬灯と幻聴以外、身体や魔力に問題は無いか?』
『はい。そしてそれらの現象は巨人戦で≪看破の魔眼≫を酷使したせいでレイの身体が段々と魔眼に馴染んできた。その影響でレヴィとの契約を通じて、意識に彼女の魂……もとい初代魔王の魂の片鱗を見れたと推測される。だからこの問題を解決するにあたって、レイは先ず魔眼を制御する必要があった』
『魔眼の制御か……』
イリアが言いたい事は分かる、彼女が提出した解決策も納得できる。無意識にやった事ならば、それを意識的に制御出来ればいい。でも……
「魔眼は自分の物じゃないから不安か?」
目の前に実体化したイリアが俺の内心の不安を代弁した。彼女の口調は厳しく、その中には僅かな怒りの感情も感じ取れる。
「私から引き継いた≪看破の魔眼≫が怖いか?自分の物じゃないと不満か?……それとも、私が信用できないか?」
「ち、違う!俺は決してイリアを疑う――」
「見苦しい言い訳ね。私は何時、こんな腰抜けと契約した覚えは無いぞ!」
「レイさん……貴方はレヴィさんに手放さないって言いました。しかし、彼女の本性に怯えながら生きる。そんな生活、彼女はは本当に幸せに成れますか?」
イリアの背後に実体化したイジスもまた、イリアと同じく、怒りが籠った言葉を発した。
二人に叱られて、俺は少しの不満と怒りを覚えつつも彼女らの言葉を頭の中で分析した。もし、二人の言うことが正しければ……俺はイリア、もしくはレヴィか魔眼を恐れている。なら、これはもはや一種のトラウマに近いと言えるだろう。
それにしても……トラウマか。確か昔に読んだラノベの中にトラウマを克服するシーンが有ったな。思い出せ。俺の頭には長年に渡って、アニメからゲーム、ラノベ、漫画からの知識を詰め込んだ筈だ。
「……何をすれば魔眼を制御できる?」
「ふ~ん、言い返す言葉も無いのか?」
「……多分、イリアの言う通り。俺は心の何処かで恐れているんだ。自分自身がレヴィに、初代魔王に蝕まれる事が……でも、それはレヴィを拒む理由にはならない」
この一言を発した途端、件の走馬灯が再び目の前を横切った。また同じ光景の中に同じ女の子の悲鳴と助けを求める叫び声が聞こえた。僅かに震える右手を握りしめ、俺の決意を力強く告げた。
「やってやるよ。相手は魔王だろうが、何だろうが関係ない。顔も名前も知らない輩に身体を蝕まれて堪るか。俺は一度誓った誓いは最後まで見届ける主義なんだ。……だから、教えてください」
「……ふふ、それこそ私が知るレイだ」
「そこは『知る』ではなく、『惚れた』でしょう?」
「ちょっ、何を言ってるのイジス!?」
~
――神教国ラスミス
神教国の中心に建てられた世界最大の白亜色の教会のとある礼拝堂にて、一人の初老の男は窓から静かに神教国全体を見渡している。初老の男以外誰もいない礼拝堂の静けさは一人の足音によって破れた。
「デメトリウス様」
「これはこれは、巫女様ではないですか。私にどんな要件があるでしょう?」
その人に呼ばれて、初老の男もといデメトリウスは視線を彼を呼んだ巫女へ向けた。少し誇張された口調で返事するデメトリウスを無視して、巫女と呼ばれた女性は平坦な口調で答えた。
「勇者召喚の儀の準備はどこまで進みました?」
「その件についてですが……まだ暫く時間が掛かりそうです」
「……………」
「いかんせん前回の失敗で多くのリソースを失いまして。それらの補給の為、帝国に協力を申し込むところです」
「そう」
デメトリウスの言葉を聞いて、無関心に返事する巫女。彼女は儀式の準備の過程に興味を持たず、ただ与えられた勇者召喚という任務を遂行する。世間の善悪や世界の存亡などの事も一切無関心で、ひたすら信仰を捧げた神を従える……それが神教国の巫女と呼ばれる女。しかし――
「次は失敗しない」
――それは神からの指示であれば、彼女はどんな対価を払っても必ず完璧に実行するプライドを持っている。その過程でで多くの命が犠牲になっても……
「それはそうと、デメトリウス様」
「なんでしょう?」
「神降しに相応しい人材を一人……」
「なんとっ!?」
「神様からのお告げです。勇者召喚の準備中に解放された大罪悪魔を壊すとのことです」
「おお……!直ちにっ」
興奮が帯びた言葉を残して、デメトリウスは駆け足で礼拝堂を後にした。残された巫女も彼の後を追うかの様に礼拝堂を去っていた。