第百四話
「ねぇ、レヴィさん。そのベルフェゴールさんが封印されたダンジョンはここから遠いの?」
今後の方針がレヴィの妹、怠惰の大罪悪魔ベルフェゴールが封印されたダンジョンへ向かう事が定まった。しかし俺達にはまだそのダンジョンの位置から構造等の詳細は一切知らない。レヴィ曰く、彼女自身も大体の位置しか把握できなくて、そのダンジョンの周囲には封印を施した勇者一味が結界を張ったせいでその近くに行かないとイリアもお手上げらしい。
「遠いよ。マスターが全力で走っても一週間は掛かるね」
「ちょっと待って。それって、リルハート帝國の外か?」
「う~ん、地図が無いから何とも言えないね……それに、大罪ダンジョンの存在は一応極秘情報に部類するから他人に聞いても無意味だと思うな」
そっか……まぁ、それもそうか。万が一の事を想定したて、大罪悪魔を個別に封印した勇者だ。こうまで手を込んだやり方でその封印場を近くに配置事は考えない。最悪の場合を想定して、一ヶ月リルハート帝國に帰って来れないかもしれないな……
「……いつ行くの?」
期待に満ちた眼差しでセツはレヴィに問いかけた。人前での演技の彼女では無く、普段からさほど変わらない、感情が籠っていない素の口調に似ているが。自身の高揚感を完全に抑えきれず、喋るペースがちょっと速くなっていた。
「そうね……物資の調達と情報収集も兼ねて、一週間後かな?」
「一週間か……まぁ妥当だろうな。なぁ、レヴィ。今回のダンジョンを攻略するまでの時間は?」
「ダンジョン自体の捜索も含めて一ヶ月弱かな?ベルフェゴールは私より先に封印されたから分かるけど、そのダンジョンの規模は私のそれとは比べ物に成らない程大きいしね」
やはりそれぐらいは掛かるか。水はまぁ心配として……問題は食料の方だな。一応≪ディメンション・アクセス≫や腕輪の中に入れば大丈夫だけど、その食料は果たして一ヶ月という長時間を保存できるか?多分軍事レーションみたいな物はこの世界に存在するけど、流石に低ランクの俺にそんな物を売ってくれる店は無い。数多くの冒険者の中に長期依頼を受ける者も有るらしい。そんな彼らはギルドを通して長期保存が可能な携帯食料を手に入れる噂は聞いた覚えが有る。でも俺達がその大罪ダンジョンへ行く理由は他人に知られたくないから当然、この選択肢もアウト。
「ねぇ、セツちゃんはモンスターの肉を食べられるの?」
「……食べたことは無いけど。多分、大丈夫」
……ちょっと待って。レヴィのその質問はまさか!?……確かにそれなら食料保存に関する問題は解決できるけど……また昔の俺みたいに戻るのか!?いや、違って欲しい。頼む、レヴィ。違うって言って!
「なら私達の主な食材は現地調達にしましょう、ね?」
『マスターの考え事は完全に読まれしたよ』って言わんばかりに、レヴィはその一言を言い終える直前に満面の笑みで俺の方を向いた。
正論すぎて言い返す言葉が出ない!もし俺がもっと良い案が思い浮かべれば言い返せるかも知れないな……クソ。
「……仕方ない」
「良い返事ね。さて、一週間後の方針も決まったところだし……その間はどうするの?急に日常のルーティンが変えたら怪しまれるし、かと言ってここペースだと一週間以内に必要品を揃えるのはちょっと厳しいかも」
まぁ、周りの者達、特にギルドの職人やギルドマスターに怪しまれずに大量の必要品を買い込むのは難しい。でも……こっちには三人が居る。このアドバンテージをフルに活用しない訳は無い。
「二手に分かれよう。一組はいつも通りここで練習する、もう一組は日常品や情報、解毒薬からポーション等を買いに行く。そしてできればこの一週間の間は件の二組の人員を変えて、違う時間帯で違う店に少しずつ集める。これなら多少怪しまれないだろう」
「それが良いだろう」
真っ先に俺の提案を賛同したのはイリアであった。他の三人もこれに対する異論は無かったみたい。そんな中、この提案の発案者のレヴィが要約した方針を皆に告げた。
「じゃ、明日から必要品集めを始めよう」
~
方針が定まって、今後のダンジョン攻略を備えるべく俺達は一旦宿屋に戻ろ事に決めた。セツ達は心配ないが、問題は俺が夜な夜な見る初代魔王の記憶の方だ。
あれは日常生活に対した影響がないものの、戦闘ではその保証はない。何せあの記憶を見始めてから一度も戦闘訓練に参加しなかった。もしその記憶は俺の戦闘に悪影響を及ぼすなら早々に対象したい。
――ねぇ、どうして○○を殺すの!
「ッ!?」
宿屋に戻ってから数時間が過ぎて、現在は皆眠りにつく頃だ。そんな静かな部屋の隅に置かれた椅子の上に座っている俺は突如の頭痛に襲られた。突然の出来事に驚いて、俺は思わず右手で側頭部を抑えた。
『レイ!』
『レイさん大丈夫ですか!?』
イリアとイジスも心配でつい念話の中で大声で叫んだ。一応実体化しなかったのは既に寝ていたセツや他の住民を起こさない、彼女達なりの配慮だろう。
『……ああ。もう大分収めた』
頭痛発作から数秒後、その痛みは徐々に鎮まった。イリア達に無事を伝えつつ、俺は部屋の一角を目配った。
『……良かった』
セツとレヴィが起こされていないのを確認した後に思わず胸を撫で下ろした。そして再び意識を念話に戻して、イリア達にある事を訊ねた。
『さっき誰が喋った?』
『ん?誰もいないよ』
『私も聞こえませんでした』
あれ?おかしいな……俺は確実に誰かが喋ったように聞こえたんだけどな。でもイリアとイジスも聞こえないって言ったし……この辺りにも俺達しかいない。幽霊が居てもイリアが感知できる筈だ。
……やばいな。記憶の走馬灯の次は幻聴か。そろそろ俺も自分の精神の危機を感じ始めたぞ。この世界に精神病院は……流石にいないか。
『ん?……俺はまだ大丈夫だから心配しないで。ほら、明日には試したい事がいっぱいあるから、俺はもう寝るよ?』
念話から二人の気持ちが伝わってくる。イリアとイジスには悪いけど……俺を心配している二人を安心する為、俺は少しの嘘をついて、この問題を明日で考えようと決めた。心の中でこっそり彼女達に謝りつつ、俺は瞼を閉じた。