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ワンダーランド  作者: 一城洋子
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女王ありす

クリスマスイブまで、《ありす》と《ジャック》は計画通り毎日ショーを行い、着実にポイントを貯めていった。

 高レアカードの引き換えることもなく、残高は増え続けている。

さらにアイデアが次々採用され、多くの人にカード化されたことで謝礼ポイントも加算されていく。

《ありす》と《ジャック》のペアはあっという間に人気コンビとなり、首位争いに参加するようになった。

《エンプレス》は挑発に乗り、何度も手下を送り込んできた。が、すべて待ち構えていた対策チームに捕まっただけだった。

「普通なら、これだけ毎日捕まってれば罠だって気づきそうなもんだけど」

 エリカの疑問に美姫は答えた。

「須王はそう考えないんだよ。短絡的っていうか、直情的っていうか。大人しく従う手下も手下だけど」

「偽造カードプレイヤーを捕まえたってニュースは配信してても、だれがとか何人とかは公表してないからな。自分だけは大丈夫と思ってるのか、愉快犯か」

 『ワンダーランド』制作会社も公式に偽造カード撲滅キャンペーンを打ち出した。被害者に連絡を取り、偽造カードを使うことがどれだけ危険か訴えてもらう動画を作成。再生回数はすごいものになった。

 被害を受けたプレイヤーたちは言うまでもなく怒りに燃えていた。制作会社が奪われたカードと同じものを緊急でくれたが、だからといって許せるものではない。彼らは進んで協力してくれた。

 元々彼らが人気プレイヤーだったため、ファンも次々賛同していく。動画は拡散し、あっという間にだれもが知るところとなった。

 被害者には同情が寄せられ、知名度も上がった。彼らがショーをすればたくさんの投票があり、失ったポイントも回復しつつあった。

 一方、《エンプレス》チームもポイント残高を伸ばしていたが、次第に伸び悩んできた。

 訳は簡単だ。これまで《エンプレス》は手下を多く集め、数でポイント稼いでいた。人に考えさせたアイデアを自分の者として投稿し、数の論理で投票上位に食い込ませる。カード化決定したら、手下にどんどんカード化させる。これがやり方だった。

 でも、毎日手下が捕まったことで、その数が減ってしまったのだ。ある程度の数がないと、この作戦は上手くいかない。

 しかも《エンプレス》のアイデアはどれも高レアなものばかり。低レアを軽蔑し、常に一番上のレア度が最高と思っている《エンプレス》は最高レア度のものしか認めなかった。

 それをカード化するにはかなりのポイントが必要。多くの手下がいたからたくさんカード化できていたが、残りの手下でそれだけのポイントを持っているものは少ない。何枚もカード化できるものではないし、ポイントを貯めようにもショーの予約が女王杯でみんな予約したがっていっぱいで取りづらい。

 逆切れした《エンプレス》の行動はどんどん隙が多くなり、警察は多くの証拠を入手することができた。

 ―――そしてクリスマスイブを迎えた。


   ☆


 目立てる日ということで、多くのプレイヤーがショーを行った。

 一時は襲撃を恐れてショーをやりたがらないプレイヤーもいたが、撲滅キャンペーンに励まされ、再びショーをするようになった。

「さあ、次は《ありす》&《ジャック》のペアです」

 白ウサギが宣言した。

 ステージ上は『幸せの青い鳥』の舞台装置になっている。

 チルチルとミチルに扮した《ありす》と《ジャック》が青い鳥を探しに出かける。エリカとアレクは二人について行く妖精役だ。

 二匹だけでは足りないので、後の妖精はホログラムである。

 《ジャック》が魔法使いのおばあさんにもらった帽子の宝石を回して世界を飛ぼうとしたところで―――。

 襲撃は始まった。

「ムチャクチャになっちまえ!」

 悪意ある叫びとともに、ステージを雷が襲った。

 雷光でなにも見えなくなる。

 客席から悲鳴があがった。

 しかし次の瞬間には、ステージは元通りになっていた。

 《ありす》も《ジャック》もダメージは受けていない。

 チェシャ猫バリアが張られたわけではなかった。トランプ兵も出現しない。

 防御システムのエラーでもない。

 攻撃は直撃していたはず。なのに一切ダメージはなかった。

 とまどう偽造カードプレイヤーの前にトランプ兵が出現する。

「強制一時停止!」

 何人かが固められ、動きを封じられた。

 舞台上では《ありす》も《ジャック》も何事もなかったかのようにショーを続けている。

「どういうこと?」

「一体?」

 別の隠れていた偽造カードプレイヤーが偽造プログラムを起動させる。

 ステージが水につかるが、二人は平然と踊っていた。

「なにがどうなってるの?」

「これは?」

 客席がどよめいた。訳が分からない。

「ちくしょう!」

 次々と偽造カードプレイヤーが立ち上がり、攻撃を仕掛けてきた。

 しかし、白ウサギの鋭い声が飛んだ。

「トランプ兵!」

 パパパパパッ。

 即座にトランプ兵が空中に現れ、偽造カードプレイヤーを一網打尽にした。

 舞台上ではチルチルとミチルが青い鳥を見つけられず、母親に起こされるシーンにきていた。

 次の瞬間、ステージ上の全ホログラムが消えた。

 《ありす》と《ジャック》、エリカとアレクサンダーが立っていた。

 《ありす》も《ジャック》も普段のコスチュームのままだ。

 ……曲はまだ続いている。しかし《ありす》は構わずしゃべった。

「偽造カードなんか、この不思議の国にあるべきじゃない」

 ショーの途中で演じるのをやめ、普通にしゃべるなど今までだれもしたことはなかった。

 《ジャック》が後を続ける。

「人を傷つけてものを奪うなんて、れっきとした犯罪だ。こんな卑劣な行為は認めない」

「今日のテーマに『青い鳥』を選んだのは理由がある。最近はだれもが高レアカードを集めまくり、使うのがいいことだと思ってる。わざと高レアを出にくくして、金を使わせようとしてる会社もあるしね。けど、本来の目的は違うでしょ? 大切なのはレア度じゃない。レア度やランキングより大事なことがある。自分も、そしてみんなも楽しんでくれるかどうか。―――『ワンダーランドはだれもが幸せになれる場所』だから」

 《ありす》は一枚のカードを掲げた。

「幸せの青い鳥はすぐ近くにいた。あなたたちが持ってるカードの中にも幸せがあるはず」

 《ありす》が掲げていたのは蜃気楼……ただイリュージョンを出すだけの、一番低レアなカードだった。

つまり、最初からステージ上のは全てホログラメーションだったのだ。蜃気楼を使った幻だった。だから偽造カードの攻撃を受けてもノーダメージだったわけだ。

 《ジャック》が言った。

「偽造カードは本物みたいに魔法が使えるから楽しいって使ってるやつがいるな。ゲーム内で敵キャラを倒すなら問題ないだろうさ。でも忘れてないか? ここは仮想空間とはいえ、お前らが攻撃してるのは本物の人間なんだ」

 現実ではなく仮想空間なんだからなにをやってもいい。そういう安易な考えで一味に加わった者もけっこういた。

 使ってみれば、まるで現実のように感じられる『ワンダーランド』の特性で、本当に魔法使いになれたようにうれしく感じる。

 ついあれもこれもと使い続け、ついには人に使うことに抵抗感がなくなった。

ここはあくまでリアルっぽく感じられる仮想空間と分かっている者も、仮想空間なんだから使ったって構わないと考え始める。これはゲーム、現実じゃないんだから使ってもいいじゃないかと。敵キャラを倒すみたいで楽しい。

仮想空間だと忘れ、現実と混同した者は「自分は主人公だ」と思いあがって、どんどん気に入らない他プレイヤーを排除し始める。

「確かにここはゲーム。でも実際プレイしてるのは本物の人間なんだよ。現実で人に暴力をふるって傷つけてるのとなんら変わらない。現実でそんなことしたら罪に問われて捕まるのは分かるでしょ? 警察は正式に『ワンダーランド』内で偽造カード使用により他プレイヤーを攻撃した場合、傷害罪で立件すると表明したわ」

 タイミングを合わせ、警視庁による緊急記者会見が始まる。スタンバイしていた美姫の母がすかさずモニターを出現させ、その模様をリアルタイムで中継した。

 概要は、

・偽造カードによる攻撃は脳にダメージを与える恐れがある。すでに攻撃を受けたプレイヤーは専門機関で精密検査を受けることをすすめる。

・偽造カードの攻撃を受けたらただちにプレイを中止し、病院へ。

・偽造カードを使って人を攻撃したプレイヤーは傷害罪となる。制作会社と連携して速やかにだれがやったのか突き止め、逮捕する。

・未成年でも重大な犯罪のため見過ごせない。

 だいたいこんなところだった。

「実際、この一週間くらいで何人も捕まってるが、なかには未成年もいる。未成年だからって許してもらえると思うなよ。やってることは犯罪だ」

 《ジャック》が言う。

 何人かがうなだれた。

 《ありす》がステージを指し、

「好奇心や軽い気持ちで手を出して、傷ついた人がどれだけいると思う? 今さっきのだって、ステージ上にあったのは幻だったからいいものの、あたしたちだったらどうなってたと思う? もしこれが現実なら、犯人は爆弾テロみたいなことをしたんだよ」

 テロと聞いてざわめきが大きくなる。そこまで重大な犯罪だとはだれも思っていなかったらしい。

「偽造カードを使うのは魔法使いになれるってことじゃない。人を凶器で襲うのとなんら変わりがない。暴力で人を傷つける行為は認めない」

 《ありす》は持っていたカードを消し、こぶしを突き上げた。

「『ワンダーランド』は全ての人が楽しく遊ぶ場所。だれもが幸せになれるところ。皆でもう一度そんな空間を作ろう!」

 わあっと歓声があがった。

 客席はスタンディングオベーション状態だ。

 緻密に計算された《ありす》の計画が当たった瞬間だった。

 この映像はリアルタイムでネット配信されていた。見ていなかった人もコピーして拡散した動画を見て、賛同の輪が大きくなる。

 さらに《エンプレス》こと須王メシアのIDも凍結された。有本良彦が渡した証拠が物を言い、罪に問われることになったのだ。

 須王家は権力を使って捜査妨害しようとしたが、それを見越した『ワンダーランド』制作会社はかつて須王メシアが私立小学校時代敵に回した有力者の家に連絡を取っていた。ゆその娘は須王メシアにされたことを覚えていて、今も恨んでおり、二つ返事で協力を了承してくれた。この有力者の圧力で捜査妨害は撤回され、須王メシアは重要参考人とされた。

 ただし未成年な上、動くこともできない重度の障害を持つため、実際連行されたりすることはなく、捜査官が出向いて聴取するという形を取っていた。

 須王家は捜査官を家に入れるものかと激怒していたが、より有力者の圧力と、所属する政党からの苦言もあって入れないわけにはいかなかった。

なにしろ今はネット社会。どこからか主犯が須王メシアだという情報が流れてしまったのだ。ネット上に拡散した情報を消すことは不可能に近い。

 特にそれが真実ならば。

 情報を流したのが有本良彦だと美姫はすぐ気づいた。そうでなければ説明がつかない。

 所属政党もこの事件を重く見て、かばうのは得策ではないと判断。除籍と辞任を迫った。

 怒り狂う須王メシアの両親はあれほど溺愛していた娘を罵倒した。

「お前のせいだ。お前のせいで破滅だ。お前など生まれなければよかった!」

 自分たちが娘をそんなふうに育てたのだという反省はない。

 やはり須王メシアの親だけあって、すべて悪いのは自分ではなく人だと思っていたのだ。

 須王メシアも負けずに怒鳴り返し、家の中は常に怒号が飛び交う状況だった。

 そんな中、有本良彦は傍で静かに立っていた。彼はただ、薄ら笑いを浮かべているだけだった。


   ☆

 

 そして何日か経った頃、捜査官が須王家を訪れると、須王メシアの姿はなかった。

 須王メシアの両親もいなくなっている。使用人も突然全員解雇されていて、主人の行方は知らないという。

 秘書である有本良彦の父親も主がどこへ行ったか本当に知らなかった。

 警察は有本良彦にもきいたが、彼も分かるはずがない。

 須王メシア一家が消えたことはあっという間にニュースになった。日本全国の人間が探したが、目撃情報としてあがってくるのはどれもデマばかりで、正確な情報はなかった。

 警察も足取りはつかめず、杳として知れない。

「どこか人知れず自殺したんじゃないか?」

 ネット上ではそうささやかれることになった。ほとんどの人間がそう思い始めていた。

 でもたった一人、美姫だけは「それはありえない」と否定した。

「須王は自殺なんかする性格じゃない。むしろ逆切れして大事件起こすタイプだ。絶対自分が悪いとは認めないんだからね。須王の両親が自殺してるのはあるかもしれないけど、須王自身は死なないでしょうよ。というか、首から下が動かないんだから無理でしょう」

 根本的問題だった。

 それなら両親による無理心中ならという質問には、

「無理心中するなら行方不明になる必要ないんじゃない? 体を動かせない須王を運ぶのは結構大変だよ。やせ細ってても人間一人は結構重い」

 わざわざ動かさずとも、ベッドの上で実行したほうが簡単である。

 須王メシアの現状を人に知られたくないという両親の考えはすでに崩壊してる。ネット上で須王メシアの体が動かないことが暴かれてしまったからだ。仕打ちに耐えかねた使用人の一人が無断撮影し、投稿したのだ。

 もう周知の事実となってしまった以上、隠す必要はない。

 結局須王一家は行方不明のままだった。


   ☆


 このショーにより、《ありす》&《ジャック》のペアの優勝が濃厚となった。

 多くのまっとうなプレイヤーと、被害者たちの票を確実につかんだためだ。

 拡散された映像で、新たに偽造カード集団に入ろうとする者はいなくなった。警察がかなり厳しい態度をとると表明したことも効いた。使えば逮捕されるとなれば、リスクが高すぎる。そこまでして使ってメリットはあるのかと。

 すでに手下となっているプレイヤーも離脱を始めた。警察が監視していたところ、《エンプレス》に「抜ける」とメッセージを送ってくるプレイヤーが急増。ただでさえ減っていた手下は激減してしまった。

 たとえ未遂でも偽造カードデータを所持し、使用しようと考えていたということで、彼らも捕まったが。

 クリスマス当日、作戦が功を奏して偽造カードプレイヤーによる襲撃はなく、無事に終わった。

 十二月三十一日までそれは続いた。

 大晦日午前、対策チームの集まる本社で、美姫の母は皆に告げた。

「みなさんお疲れさま。ありがとう。今日が女王杯最終日です。今夜十時の時点で手持ちポイントが最高のペアが優勝となります。みなさんのおかげでこの一週間、偽造カードプレイヤーによる襲撃はありませんでした。ですが、主犯が依然として行方不明なままです。もしかしたら腹いせに、最後何か仕掛けて来るかもしれません。注意してください」

 これは美姫が忠告したことだった。

「『ワンダーランド』を守るため、みなさんの協力をお願いします!」

「はい!」

 全員うなずき、持ち場についた。

 《女王アリス》、《眠りネズミ》、《帽子屋》は大型モニターを見つめる。

 美姫と大貴、エリカは一歩下がって後ろにいた。

 《ありす》と《ジャック》が仮想空間で動けるのは一日二時間まで。おとり捜査として例外的に活動時間をのばすこともできたが、二人とも「それはフェアじゃない」と断った。

 2017年最後の『ワンダーランド』が始まった。

 プレイヤーが次々ログインしていく。

仮想空間内が表示されているモニターには多くのプレイヤーが現れた。

 と、唐突に警報が鳴った。

 ビ―――ッビ―――ッビ―――ッ。

「何事?!」

「大変です、ステージが次々破壊されていってます!」

 スタッフが叫ぶ。

 いくつもあるステージが次から次へと爆発していった。

「偽造カードプログラムの反応あり!」

「襲撃者は?!」

「特定中です! 出ました! 使用しているのは一人、トランプ兵配置! モニターに出します!」

 全員の視線がモニターに集まる。そこに映し出されていたのは黒ゴスの衣装を着けたプレイヤー……《エンプレス》だった。

「やっぱり生きてたか」

 美姫が睨みつける。

「須王? ちょっと待てよ、須王のIDは停止したんじゃなかったのか?」

「ええ、確かにしたはずよ。一切のログインを禁止した。仮想空間だけでなく、マイページもね。カードアイデアの投稿すらできないはずよ」

 大貴の母がおかしいと、調べるよう命じる。

「はい、間違いなく停止されています」

「じゃあ、どうして入って来れてるの?」

「偽造プログラムにより不法ログインしたようです。しまった、そのせいかトランプ兵の強制一時停止が効きません!」

 スタッフの悲鳴通り、《エンプレス》の周りに現れたトランプ兵が蹴散らされた。偽造カードによる容赦ない攻撃。

 これがゲームキャラクターのトランプ兵だからいいものの、もしだれかプレイヤーだったら大変なことだ。

「急いでプレイヤーの避難を! ログアウトも呼びかけて!」

「はい!」

「くそっ、こちらからの強制一時停止も効きません。偽造プログラムだから、こっちの命令をきかないんです!」

「急いでプログラム解析と対処を! なんなら女王杯はいったん中止し、全プレイヤーをログアウト。《エンプレス》だけ閉じ込めてもいいわ!」

「やってみます!」

 《エンプレス》は狂った笑みを浮かべていた。

 誰が見ても異常だと分かる。

「全部、ぜぇーんぶなくなっちゃえばいいのよ。あははははっ!」

 須王メシアの精神は元から異常だった。それに拍車がかかり、ついに発狂レベルまでいったのではないだろうか。

 高笑いと共にステージを炎が包みこむ。

 近くにいたプレイヤーが逃げ惑う姿を面白そうに空から眺めていた。

 黒い豪華な服を着て、翼のはえたコスチューム。手に持っているのは大きな錫杖。

 まるでRPGにでてくる、世界を滅ぼす魔王だった。

 だれもがそう感じただろう。しかし《エンプレス》は自分に酔っている。自分はおかしな世界を作り直してやる神だと言わんばかりに両手を広げた。

「裁きの天使か髪を気取ってるみたいね。どこがよ」

 美姫はログインする機械をつかんだ。

「あっははは、焼け死ぬがいい! 私に逆らう愚か者は火あぶりの刑よ!」

「近くのプレイヤーの保護を!」

 美姫の母の指示で、攻撃対象にされたプレイヤーの前にトランプ兵が修験、守る。チェシャ猫もバリアを全開にした。

 が、偽造プログラムは貫通し、トランプ兵は一瞬にして消え去った。

 チェシャ猫も身代わりで直撃くらってふっ飛ぶ。

「チェシャ猫バリアにトランプ兵も貫通かよ!?」

「ここまで強力だなんて……!」

 美姫は機械を頭に着け、パスワードを打ち込んだ。

「行ってくる」

「だめよ!」

 みな止めたが、美姫はきかなかった。

「あたしがログインして、須王の気をひきつけ、時間稼ぎする」

「そんなことしなくても、全プレイヤーをログアウトして《エンプレス》だけ閉じ込めればいいわ!」

「その前に《エンプレス》にログアウトされたら終わりでしょ。どこからアクセスしてるのか、時間稼げば逆探知できるよね?」

 ここにはサイバーポリスも来ている。両者力を合わせれば可能性は高い。

「居所が分かれば現実世界で警察が急行して取り押さえることもできる」

「それはそうだけど、なにもそんな危険なことあなたがする必要はないでしょ」

 美姫は静かに首を振った。

「いや、これはあたしがやらなきゃならないと思う。……決着をつけないとね」

「なら、俺も行く」

 大貴も機械を取った。

「この前と同様、タブレット端末とかで現実世界と会話できるようにしといてくれ」

 エリカも用意した・

「もちろん私も行くわよ」

 ―――《女王アリス》は三人を見、ゆっくりうなずいた。

「分かったわ。気を付けて」

 三人は諸々かっとばして仮想空間に入り、インフォメ前に出た。

 《ありす》は恒例となった初期設定、《ジャック》もいつものコスチュームだ。着替えている暇などない。

「《エンプレス》―――いや、須王!」

 《ありす》は地上から怒鳴った。

 周りに他プレイヤーはいない。トランプ兵だけだ。だれか巻き込まれることはない。

 《エンプレス》―――須王メシアはぐるりと首を回し、《ありす》、いや美姫を見つけた。

 途端に顔が醜悪に歪む。

 醜悪としか言いようがなかった。筋違いの憎しみや恨みが凝縮した表情。

「ステージを破壊して、だれもショーができないようにするつもりか。そうやってポイント稼げないようにするって?」

 須王メシアは邪悪に笑う。

「あら、新堂じゃない」

 やはり須王メシアは《ありす》がだれだか知っていた。

「そうよぉ? こうすれば、だれももうショーなんてできない。下僕に命じて公式サイトも改ざんさせ、全プレイヤーの手持ちポイントもゼロにするようにしたの。まだ終わらないのかしら。グズが。この私に使ってもらえることをありがたく思って、命令したら即座にありなさいよ」

 ネットで呼びかけた手下だろう。プログラミングやハッキングに強い人間を見つけたとみえる。

 どうやって彼らにやらせているのか。ただ命じて、見ず知らずに人間がやってくれるとは思えない。須王メシアは自分が命じればやるものだと思っているが。

 単に面白そうだから力を貸しているのか? それとも、金を要求され、有本がこっそり渡しているのか?

「偽造カードだけじゃなく、人のポイントまで改ざんするつもりだったのか」

 堂々と言うところも考えが浅い、と美姫は思った。

 多くの人がみているところで言うなんて、正気の沙汰とは思えない。完全に発言は証拠となる。それすら気づかないのだろう。

「あんたは永久国外追放、つまり今後一切のログイン禁止処分を受けてるはずだけど。侵入してこれたのは、そのプログラマーの協力ってことね?」

「協力じゃないわ。私に仕えるのは当たり前のことでしょ? 下僕のくせに協力なんておこがましい」

 美姫がわざと須王メシアを挑発していると分かっている大貴は黙っていた。

 ちょっと煽れば須王メシアは失言も平気でする。これをプログラマーは見ているはずだ。イラっとしないわけがない。

 須王はパソコンが使えない。代わって連絡を取っていたのは有本のはず。有本はバカじゃないから、相手がイラつかないよう文章に注意したはずだ。おそらく、須王と手下は直接連絡をとっていない。

《エンプレス》は女帝キャラのすばらしいプレイヤーだと思ってるはず。実際応対したのは仮想空間内だけ、そこでの言動は「キャラ作り」と考えた。ちょっと奇抜な言動でも、「女帝キャラ」なら当然かと。

須王の本質は知らなかったはず。暴露すれば、もう協力しようとは思うまい。

「逆探知できない場合に備えて、自首させるつもりか」

「自首するかどうかは分からないけど。じぶんのことはバレてないなら、逃げてしらばっくれようとするかもね」

 美姫と大貴はヒソヒソ会話した。

「あんたの手持ちポイントは凍結されてる。つまり実質ゼロだ。他プレイヤーをゼロにしたところで、あんたが優勝はできないよ? ショーをやらないと、新規ポイントは貯まらない」

 ID停止により、投稿アイデアは過去のものも含め、全部削除されている。すでにカード化されたものも使用禁止となっていた。

 こっちは盗作への罰だ。

「もうショーなんてやる必要ないのよ。今までのやり方はぬるかったわ。私はとっておも頃が広くて高潔だからきちんとルールを守ってあげてたけど、そもそも私がルールを守る必要なんてないのよ。私の考えこそルールだもの」

 須王メシアは巨大な火の玉を投げつけてきた。

「ふぎゃお!」

 アレクサンダーが飛びあがり、チェシャ猫バリアを展開させる。スタッフが手を加えた強化版だ。

 ガガガガガッ!

 違法プログラムと正規プログラムがぶつかり合う。

「ギャンッ」

 はじかれたのはアレクのほうだった。傷つき、吹き飛ばされる。

「アレク!」

 《ありす》は走って、アレクサンダーが地面に落ちる前に受け止めた。

「おい、大丈夫か!?」

 すぐさま《ジャック》が駆け寄る。

「大丈夫。仮想空間だから、転んでも怪我しない」

 《ありす》の行動を《エンプレス》はせせら笑った。大貴が美姫の傍に駆けつけたのも気に入らなかったとみえる。

「なぁに? チェシャ猫なんて、ただのプログラムじゃない。本物の猫じゃないわよ。本物だとしても、たかが猫くらい、死んでもいいじゃない。……人間でも同じよ!」

 《エンプレス》が炎を連射してきた。アレクサンダーの修復は間に合わない。

「《ありす》!」

 《ジャック》が《ありす》に覆いかぶさった。

 美姫は大貴の服を握りしめた。

 偽造カードのこれだけの直撃を受けたらただではすまない。

 大貴……!

「トランプ兵!」

 《女王アリス》が絶叫した。

 トランプ兵より先に動いたのは白ウサギだった。

 瞬間的に二人の前に現れ、攻撃を防いだ。

「白ウサギ……!」

「ご無事ですか、《ありす》様、《ジャック》様」

「助かった、サンキュ」

 《ジャック》がほっと息を吐いた。

「《エンプレス》の攻撃、以前より強くなってないか?」

「ええ、どうやら強化したようですね。でもご心配なく。私のはトランプ兵やチェシャ猫より高性能です」

 パパパパパッ。

 空中にどんどんトランプ兵が現れた。現実世界のスタッフの指示ではなく、白ウサギ自身の命令によるものだ。

 次々《エンプレス》に消されるが、それを上回る速さで出現させていく。

 リアルさを追求した仮想空間だから、視界が奪われれば戦力は落ちる。《エンプレス》はやっきになってトランプ兵を全部消去しようとした。

 空中に大量のトランプが舞っている。―――まるで『不思議の国のアリス』のラストシーンのように。

「美姫!」

 ポケットに入ってることになってるタブレット端末から《女王アリス》の声がした。

「アレクの修復はすぐ済むわ! 安心して!」

 言葉通り、アレクサンダーの機能は正常に戻り、しゃんと立った。

「ご心配おかけしました、《ありす》様」

「美姫、プログラムの修復や防御はこっちに任せて頂戴。《エンプレス》を止められるのはあなたたちしかいない。―――気を付けて、また来るわよ!」

 《女王アリス》の警告直後、辺りがすさまじい火炎に包まれた。

「きゃああああっ!」

「うわっ!」

 美姫は思わず大貴にとびつき、大貴もしっかり美姫を抱きしめた。

 エリカも動けない。

 冷静なのは白ウサギだった。

「大丈夫です。これくらい耐えてみせますよ」

 白ウサギのバリアはいとも簡単に攻撃をはね返していた。

「ちっ」

 《エンプレス》が舌打ちする。

「……ひどい……」

 エリカがむちゃくちゃになった『ワンダーランド』を見つめ、声を絞り出した。

「斗真が最後の願いをこめて作った『ワンダーランド』をこんなふうにするなんて……!」

 《ありす》は不思議に思ってたずねた。

「エリカ、あなたはバリア張ったりできないの? そうやって被害をくいとめればよかったっじゃない」

「私が? どうして?」

「どうしてって……あなたは《白ウサギ》のチェシャ猫なんじゃないの?」

 驚いたのはエリカのほうだった。

「私? 違うわよ」

「え?!」

 美姫も大貴もびっくりした。

「なんで私が斗真の、《白ウサギ》のチェシャ猫だったって思ったの?」

「だって、母さんが久しぶりって言ってたし。母さんの知ってるチェシャ猫ってことは、自分か《眠りネズミ》か《帽子屋》か《白ウサギ》のでしょ? 最初は自分のかと思ったけど、それなら久しぶりっていうのはおかしい。今も時々ログインしてるんだから」

「しかも最近のシステムやUSBメモリってものも知らなかった。近年の情報が欠けてるチェシャ猫ってことは……」

「《アリス》《眠りネズミ》《帽子屋》のじゃありえない。最新バージョンのはずだからね。昔のデータで止まってるチェシャ猫―――考えられるのは該当プレイヤーがもういなくて使われてない《白ウサギ》」

「ああ、なるほどね……」

 エリカは合点がいったとうなずいた。

「それにエリカは時定斗真さんを大切にしてた」

「それはそうよ。でも私は斗真のチェシャ猫じゃないわ」

「違うの? それじゃあ……」

「おしゃべりは後で! 来るわよ!」

 エリカがぴしゃりと言った。その通りで、第二波、第三波が襲ってくる。

 《ありす》は《エンプレス》に視線を戻し、

「須王!あんたカード偽造どころか人のデータまで改ざんして、女王になれると思ってんの!?」

「あぁら。トップは私以外のだれがふさわしいの? 世界中の人間はみーんな私の下僕。黙って言う通りにしてればいいのよ」

 他のプレイヤーたちも《エンプレス》は本気で言っていて、キャラ作りなどではないのに気付き始めた。

 《ジャック》が言う。

「お前が女王、パ―トナーが王になるためだに、ここまでするとはな」

「ひどいわね、大貴君。あなたは助けてあげてもよかったのよ? 私の恋人にしてあげようと思ってたんだから。でもあなたはそこのバカ女なんか選んだ。同罪よ。ああそれから、その解析も間違いね。だって私はあいつを王にするつもりなんかないもの」

 《エンプレス》は爆発したかのように笑い出した。「なんであいつを王にしてやらなきゃならないんだか分からないわ。一番偉いのは私。私だけ。唯一無二の存在よ、同列はいいないの。あいつはただの下僕よ」

 《エンプレス》とペアを組んでいるのは有本良彦だ。だが、有本良彦のランキングも手持ちポイントも必ず須王メシアより低かった。

 自分こそ最高と信じている須王メシアが、有本良彦が上になることを許すわけがなかったのだ。

「……そういえば母さん、有本はどこ?」

 美姫はそっと現実世界に問いかけた。

「どこにもいないわ。不法侵入してたとしたら分からないけど、あちこち探しても姿が見えない。もしかしたらログインしてないんじゃない?」

「現実世界で、有本は須王家にいるんだよね?」

「そのはずよ。彼まで行方不明にならないよう、警察が厳重に監視してるわ。本人もマスコミの目とかがあって、外へ出ることは控えてる」

 てことは別行動で、須王単独でログインしてきた……?

 いや、須王は腕も動かせない。自分じゃログインできないはずだ。だれかが手を貸したに決まってる。

 だれが? 不法侵入させたプログラマーが?

 現実の須王を見て、異常性を知って尚、協力するだろうか? そこまでのメリットは?

 美姫は悪鬼と化した須王メシアを見あげた。

 皮肉なもんね。

 あんたが心の支えにし、楽しみにしていた『ワンダーランド』を作ったのはあたしの両親はじめとするメンバー。

 あんたにとっては屈辱だったでしょう。でも現実に自由に動かせない体がここでは動かせるから、楽しくて入れ込んだ。

 ただ心の奥底には屈辱感が残ってて……それなら全部壊して、意識さえあればログインできるというシステムだけ残し、自分の好きなように作りかえようとした。

「あんたは女王になってなにがしたいの?」

 優勝すればなんでも願いの叶うカードが手に入る。

 須王の目当てはそれで自分だけが楽しい、自分だけが偉い、自分のためだけの世界を作りたいのだろう。

「女王じゃないわ。私は女帝。唯一絶対なる皇帝陛下なのよ。敬いなさい。私の好きなように世界を作るのよ。だって私は女帝だもの、なにやってもいいのよ。まず一日二時間しかログインできないなんて馬鹿げた決まりは撤廃するわ。いくらでもいられるようにしてー。

そして、だれもがカードアイデアを出せるなんてやめやめ。私の考えたものだけがカードにできるようにするの。だって他の連中が考えたものなんてクズじゃない」

「人が考えたアイデアを自分のものだっていって投稿しまくってたのはだれだっけ?」

 《エンプレス》がぎょっとして、

「な、なんですって?」

「盗作の証拠はつかんでるんだよね」

「お黙り! 全部私が考えたのよ、私の許可するものだけしかカードであっちゃいけないの! 今あるカードも、私が許してあげるもの以外は全部捨てさせる! 全プレイヤーは私のショーだけを見てればいいのよ。見せてあげるんだから光栄に思いなさい!」

「親衛隊やファン、手下にアイデア出させて、自分名義で出してたくせによく言うわ。どうせあんたが考えたものなんて一つもなかったんじゃないの? しかし、よくまぁ連中もほいほい人にアイデア渡すよね。無名のプレイヤーが投稿するより、知名度の高いあんた名義のほうが採用されやすいとかって丸め込んだ?」

 美姫は構わず暴露した。

「組織票でカード化決定させ、そしてまた手下に命じてカード化させ、謝礼ポイントを稼ぐ。さらに偽造カードを作れるプログラマーを探し、作らせて、手下に命じて有力なプレイヤーを襲わせた。カードを奪い、戦力をそいで女王杯から脱落させようとした」

「黙れ黙れ黙れ!」

 《エンプレス》が絶叫して総攻撃を仕掛けてきた。

すさまじい子炎がバリアを震わせる。

「悪いけど耐えて、城上着。須王は怒らせれば怒らせるほど、まともな思考をなくす。ろくに考えずに行動を起こして、必ず隙が生まれるはずだ」

「お任せください」

 美姫はサイドタブレット端末に呼びかけた。

「有本はほんとに来てないのね?」

「ええ、反応はないわ」

 あいつが来ないなんておかしい。絶対なにか考えてるはずなのに。

「―――探す必要はないよ」

 涼しい声がした。

 全員がばっと声のしたほうを向く。

 むこうに有本良彦が立っていた。

マイキャラの姿で本物とは違ったが、それが有本良彦だと美姫たちには分かった。

 派手な外見の《エンプレス》と違い、地味でどこにでもいるモブキャラ……。

「有本……お前、なにしに来た」

「いやだなぁ。僕はメシア様を止めに来たんだよ」

 メシア。救世主と名づけられた娘。でも今の《エンプレス》を見て救世主だと言う者はどこにもいないだろう。

 有本良彦は空に呼びかけた。

「もうやめましょう、メシア様。逆らったら両親が困ったことになるから僕は長年あなたに虐げられても我慢してきましたが、あなた様はやりすぎました。あなた様は間違っています。人を傷つけて支配下に置こうなど、いけないことです」

 言っていることは正しい。だが、白々しい。動けない須王メシアに代わって現実世界で手下を集め、連絡を取っていたのは有本良彦のはずだ。

「あなた様は昔も逆らう者には死を、と言ってある人を焼き殺そうとした……。その証拠があるのです。僕はさきほど動画投稿サイトにアップしておきました」

「なっ!?」

 だれもが一斉にサイトにアクセスした。

 パッと空に大型スクリーンが現れ、表示される。

「―――……遅いわね。早くしなさいよ、このグズ!」

 須王メシアが怒鳴っていた。

 ずいぶんと幼い。どうやら小学校時代のようだ。

 場所は……あたしの家の近く?

 美姫は眉をひそめた。

 風景に見覚えがある。

「すみません、メシア様」

 そう言う声は有本良彦のものだった。これもだいぶ幼かった。

 ビデオカメラか何かでどこかからか気づかれずに撮っているらしい。まったくブレないところをみると、固定されているようだ。

 幼い有本良彦がポリタンクをひきずってきた。一般家庭で灯油を入れているタンクだ。

 先に来ていたらしい須王メシアが舌打ちする。

「なによ。あんた、それっぽっちしか持ってこなかったの?」

「そうおっしゃいましても、そんなたくさんは持ってこられません。重いし、怪しまれるし。大体灯油なんて何に使うんですか」

「ふん、クラスの連中も来いって言っといたのに来ないし。明日全員おしおきね。あいつらも全員火あぶりにしなきゃ」

 須王メシアは高笑いした。自分の思いつきが天才的と思っている。

「火あぶり? ……みんなも、ですか?」

「そうよ。今夜はねぇ、とってもステキなものを見せてあげるって招待してやったのに。私に逆らう新堂のやつを焼き殺してやるの。その灯油を新堂の家にまきなさい。火をつけるの」

 有本良彦が目をみはった。

「まさか、冗談ではなくそんな恐ろしいことをするおつもりですか?」

「ええ。焼死って苦しいんですってね。私に逆らうとどうなるか、思い知らせてやるわ。それに魔女は火あぶりと決まってるもの。そう、私の邪魔をするなんて魔女だもの。退治しなきゃ。あいつが焼け死ぬところをクラスのバカどもにも見せてやるの。私の偉大さと逆らったらどうなるかが分かるでしょ? さあ、楽しいショーの始まりよ!」

 なんと須王メシアは「楽しいショー」だといって美姫一家の家に放火し、焼き殺すつもりだったのだ。

 有本良彦が後ずさる。

「やめましょうよ、メシア様」

「あん? だれがあんたの意見なんか聞いてるのよ。私の言うことが正しいの。さっさとしな! 殺すよ!」

 須王メシアは相本良彦の頭を殴りつけた。有本はその場に崩れ落ちる。

「なによ、気絶してんじゃない! このクズ! ゴミ!」

 須王メシアは容赦なく有本良彦に馬乗りになって暴行を加えたが、有本は起き上がらなかった。

「ちっ……ま、いいわ。この私が自らの手で裁きを下すのも悪くないわね」

 そう言って、須王メシアはポリタンクを持ち上げようとした。ところが予想外の重さによろめき、倒してしまう。栓がゆるかったようで、中身を道路にぶちまけてしまった。

 さらに足をとられ、その上に転んでしまう。

「ああ、くそっ!」

 須王メシアはいらだたしげに有本良彦をにらんだ。

「なんでちゃんとしめてなかったのよ! まずお前を先に焼き殺してやる!」

 ライターを出して点火した。

 さて、問題。この状況で火があったらどうなるか。

 ボワン!

 火に包まれたのは須王メシアだった。

 言葉にならない絶叫が響く。

 当然だ。灯油まみれの服、足元はこぼれた灯油。引火して火だるまになるに決まっている。

 有本良彦がようやく状態を起こせるようになった時、目の前にあったのはそんな光景だった。あまりの出来事に呆然とするしかない。

 須王メシアは走り出し、川の方向へ向かう。やがてフレームアウトした。

 ……そこで動画は終わっていた。

 場はシンと静まりかえっていた。

 美姫は青ざめて口元を押さえ、大貴は美姫を抱きしめたまま言葉も出ない。エリカも何も言えなかった。

 沈黙を破ったのは有本良彦だった。

「あなた様は当時、あるクラスメートを敵視していらした。彼女があなた様に抵抗していたからです。それで、こともあろうに彼女を焼き殺そうとした。放火して。これが立派な犯罪だということすら知らなかったんですね。しかし失敗、この後、火を消そうと川に飛び込みました。火は消えたものの、打ち所が悪かったらしく、首から下が動かなくなった」

 美姫も大貴も言葉が出ない。

 須王メシアはふいに急降下した。有本良彦めがけ下りてくると、有無を言わさず殴りつけた。

「このクズが! バカ! 死ね! 死ね! 私は正しいことをしたのよ!? 逆らう者には死を! 私こそこの世で最高、唯一絶対の神なのよ!」

 羽をつけた豪奢な衣装を着た女性が無抵抗の男性に馬乗りになり、暴行の限りを尽くしている。

 とんでもない光景だった。

 《ジャック》が助けようと走りかけた。が、《ありす》が止めた。

「待って」

「でも、ほっとけないだろ!」

「ここは仮想空間。いくら殴っても、実際のダメージはない。有本だって、痛くはないはずだ。逃げようと思えば逃げられるはずなのに、どうして無抵抗だと思う?」

 《ジャック》ははっとした。

「……まさか―――人に見せるため、わざとか?」

「たぶん。どうやったら自分が最も哀れに見えるか、計算して行動してる。須王はメシアなんかじゃない、暴君だとだれもが分かるよう、あえてやられてるんじゃない?」

 須王メシアに聞こえてはいなかったが、殴りつけてもノーダメージだと気づいた。

「ああ、そっか。無駄だったわね。でも、これならどう?」

 偽造カードを取り出す。

 さすがに美姫も叫んだ。

「やめ……!」

 有本良彦は至近距離で偽造カードプログラムの集中攻撃を受けた。

 声すらあげられず攻撃を受け続けた有本良彦はやがて動かなくなった。

「ひっ……」

 だれかが息をのんだ。

「人殺し―――!」

「極悪人!」

 逃げ、あるはログアウトするばかりだったプレイヤーたちが踵を返し、一斉に集まってきた。須王メシアを取り囲み、罵倒する。

「お前こそ死ねよ!」

「お前なんかだれが女王だって認めるもんか!」

「人殺し! 人殺し!」

「何が神だ! ただの極悪人じゃないか!」

 《エンプレス》と、退治している《ありす》たちの周りにぐるっと円ができる。

 シュプレヒコールはどんどん大きくなっていった。現実世界で光景を見ていたプレイヤーが次々参加し、数が増えていく。

 有本良彦がネット上にあげた動画はすさまじい息王でコピーされ、拡散した。須王メシアへの避難の言葉は加速していく。

 須王メシアはあっけにとられていた。

 これまで、これほど多くの人に自分の行動が否定されたことはなかったからだ。ほとんどの人間は自分に頭を下げていた。言うことをきかなかったのはわずかな人間だけだ。

 自分は絶対正しい。だれもそれを否定しなかった。

「うるさいうるさいうるさいいいいい―――!」

 《エンプレス》は偽造カードを掲げた。

「だったら、お前たち全員火あぶりだ!」

 ところが、プログラムは作動しなかった。

「な、なんで!?」

「あー、プログラムを止めたから」

 群衆の中から一人のプレイヤーが進み出た。

「や、どーも。見てんだろ、制作会社のみなさん? オレがそーゆープログラムを作ったんだけどさ、そいつに金で依頼されてね? ここまでヤバいことに使われちゃねー、止めるしかないでしょー。さすがに人を殺すために使われたら、捕まっちゃうじゃん」

 ひょうひょうとしている。罪悪感はかけらもない。

 金で雇われただけの人間が、ヤバいとみるやあっさり見限るのは当然のことだった。

「あ、ほら、自首するんで。だからもちろんオレの罪は軽く済むっすよね?」

 白ウサギの冷やかな裁定が下った。

「強制一時停止、および永久国外追放」

 プログラマーはフリーズさせられてしまった。

「やっと偽造プログラムを破るプログラムができましたので」

「白ウサギ、すごい!」

 美姫が拍手した。

「あなたが面白がって作ったプログラムのせいで、どれほどの人が傷ついたか。まったく分かっておらず、反省の色もない。減刑などおこがましい。警察に逮捕してもらいます。きちんと罰を受けてもらいましょう」

 《エンプレス》はなおもプログラムを起動させようとしていたが、無駄だった。

 白ウサギがゆっくり向き直る。

「……さて、あなたもですよ」

 トランプ兵の包囲網が迫る。

 追い詰められた《エンプレス》は何を思ったか一枚のカードを出した。

「新堂、これをごらん!」

 『手紙』と書かれたカードがその手に握られていた。

「それ!」

 美姫が小さい頃、盗まれたカードだった。

 カタログに載っていない、謎のカード。

「ってことは、昔あたしを襲わせてカードを奪ったのもあんただったの!?」

「あっははは。今頃気づいたの? そうよぉ、だってこれはカタログに載ってないレアカードなんだもの。きっとすごいのよねぇ。お前なんかが持つべきじゃないわ。私こそがふさわしいのよ。この神である私こそが! さーて、なにが起きるのかしらねぇ。―――起動しろ!」

 ……何も起こらなかった。

「……えっ?」

 何も起こらない?

「なにあれ? ただのバグなんじゃないの?」

「カタログに載ってないってことは、単なるシステムエラーだろ? それをすごいアイテムだとか、勘違いしてかっこよく決めてダっサー」

 《エンプレス》の顔がみるみる赤く染まっていく。

「こんなものおおお!」

 カードを破り捨てた。

 腹立ちまぎれに足元の有本良彦を蹴りつける。

「なによ……なによなによなによ! 有本が言ったでしょ、私は本当は全身まひなのよ! しかも体中はヤケドの跡が残ってる。動けない無力でかわいそうな少女をいじめるの?!」

 あろうことかそう訴えた。

 美姫はもうあきれるしかない。

「あんたのどこが無力でかわいそうな少女よ! こんなことして!」

「そうだそうだ! 障がい者への侮辱だ!」

 群衆が叫ぶ。

「私だって、現実には足がない。車いすの生活よ。だけど、それを理由になんでも許してくれなんて思わないわ! 確かに仮想空間でなら足が動く。歩ける。でも、ちゃんと現実とも向き合ってるもの。『ワンダーランド』のおかげで歩けなくてもデザイナーになりたいって思えるようになった!」

「僕だって本当は目が見えない。でも、音楽に出会えた。将来は作曲家になるんだ!」

「私も現実では耳が聞こえない!」

「俺も腕がない!」

「私も全身まひよ!」

 続々と障がいを持つプレイヤーが名乗り出た。

 これほどたくさんの障がいを持つプレイヤーがいたことは驚きだった。それを可能にしたのは、自身も重度の障がいを持っていた時定斗真の遺志だった。

「……ああ、そうか」

 大貴がつぶやいた。

「なんで仮想空間が一日二時間しか使えないのか。やっと分かった」

「そうだね。現実から逃げてはいけないっていう、斗真さんのメッセージか……」

 エリカが進み出た。

「よくできてるけど、ここは現実じゃないわ。一生この世界にいることはできない。ちゃんと現実に戻り、そこで生きていかなきゃならないのよ。どんなに辛くても、仮想空間に逃げてはいけない」

 須王メシアを正面から見て言う。

「『ワンダーランド』を作った時定斗真も重度の障がいを持っていた。最後のほうは声すら出すこともできなかったのよ。彼にとっては、残された時間を仮想空間で過ごしたほうが楽だったでしょう。それでも自ら制限時間を課して、ずっとここにいられないようにした」

 エリカは強い口調で言った。

「斗真は自分の病気と障がいから逃げなかった。あなたは逃げるどころか、それを理由になにをしても許されると思ってるの?」

 《ありす》と《ジャック》が腕を上げ、《エンプレス》を指した。

 だれかれともなく、それに続く。エリカも白ウサギも、周りのプレイヤーも。

「強制一時停止! 永久国外追放!」

 トランプ兵が一斉に飛びかかり、女帝を覆った。


   ☆


 暴君が退治され、だれもが喜んだ。あちこちでハイタッチが交わされる。

 美姫と大貴は急いで有本良彦に駆け寄った。

「有本、しっかりしろ!」

「……やあ、九条君」

 有本良彦の体は形を保てないほど損傷し、消えかかっていた。

「ありがとう、二人とも……メシア様を止めてくれて……」

 彼はそう言うと、かき消えるように消滅した。

「どうやら、意識が途切れたようですね」

 白ウサギがゆっくり歩み寄ってきた。

「気絶したってことか?」

「それならばよろしいのですが。この仮想空間は意識をシンクロさせて、本当にこの世界にいるように錯覚させています。そこへ偽造プログラムによる攻撃をあれだけ受ければ、無事という保証はありません」

 すでに救急車が向かっていた。有本良彦は心肺停止状態で、集中治療室に搬送されたという。

 仮想空間内で人を攻撃し、死に至らしめたら殺人罪に問えるのか?

 問える、どう考えてもあれは殺人だとだれもが考えていた。

 白ウサギは首を回した。

「ステージの復旧にはもうしばらくかかるようです。どうしましょう」

 《ありす》はちょっと考えて、

「ねえ、白ウサギ。プレイヤー全員が集まれる広いところってある?」

「全員ですか? というと、バラの花園しかありませんが」

 『不思議の国のアリス』に出てくる、ハートの女王が好んだバラの花園を模したところだ。

「うん、ちょうどいいじゃん。みんなそこへ移動しよう!」

「《ありす》、なにを―――」

 《ジャック》は言いかけて、意図に気づいた。

「……そうだな。それがいい」

 二人は全プレイヤーを率いて花園に向かった。

 では、と《ありす》はみんなに向かって、

「今からここで、全員でショーをやろう! こんなんだから、カードは使えない。ステージもない。だけど、みんなで一緒に歌うことはできる」

 指を一本立てた。

「曲はもちろん―――『ワンダーランド』!」

 テーマソングであり、《女王アリス》がもっとも得意とした曲だった。

 だれもが知っていて、メロディーなしでも歌える歌。

 全員が賛同した。

「いくよ、3,2,1!」

 ワンダーランド そこは不思議の国

 みんなが楽しめるところ 幸せになれる場所

 カードを使ってショーをしよう

 コーデも歌もステージもアイテムだってだれでも作れる

 あなたもどなたも参加できる 投稿して目指せカード化

 だれもが等しくチャンス

 だって

 ここはワンダーランド

 だれもが楽しめる場所

 みんなで作ろう 不思議の国を

 たとえ夢覚めても 笑ってられる

 そんな自分になれたらいい

 歩いていこう 幸せな未来へ

「次、二番!」

 それは歴史的瞬間だった。

 そしてこの瞬間、期限を待たずして優勝ペアが決定した。



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