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ワンダーランド  作者: 一城洋子
6/11

女帝の真実

 その日の午後。

 予想通り、《エンプレス》はログイン停止処分が切れた直後に仮想空間に入り、さっそく活動を始めた。

 それを確認してから、美姫と大貴は須王邸に近づいた。

 代々政治家の家だけあって大きく、強そうな警備員もウロウロしている。とてもではないが入れるもんじゃない。

「どうするんだ? 正面から行ったって、追い返されるぞ。小学校時代の同級生って言っても、信じてもらえないだろ」

「接触したいのは有本のほうだからね。どうせ須王のことだ、今もあれこれ命令してやらせてんでしょ。今日は無理でも何日か張ってれば、そのうちめんどくさい用事いいつかって出てくるんじゃない? 有本には護衛なんかついてないだろうし」

 少し遠くからうかがっていると、しばらくして有本が出てきた。

 やはりなにか買ってこいと言われたらしく、警備員にそう告げている。

 有本良彦はこっちへ来た。

 近くまで来ると美姫は声をかけた。

「有本、久しぶり」

 有本良彦は「おや」といった顔をして近づいてきた。

「小学校以来だね。久しぶり、新堂さん、九条くん」

 ……なんだろう。この笑顔。嘘っぽい。

 美姫は眉をひそめた。

 まるで美姫たちがここにいることを分かっていたかのようだ。

 読まれていたのかもしれない。

 それでもチャンスは逃せなかった。

 美姫はきく。

「この前、小学校の同窓会があって。そういえば須王は大けがで入院してから登校しなくなったけど、ケガ大丈夫だったのかなって話になってさ。うちらがききに行ってくることになって」

 大嘘だ。同窓会なんかないし、あったとしても須王メシアのその後などだれも知りたくなかっただろう。

 まして心配などするはずがない。

 有本良彦もそれは分かっていたようだ。

「メシア様の心配なんてだれもしないでしょ? ただどれだけ大けがしたのか知りたかったんだね。いいよ、見に来る?」

 有本良彦はまさかの招待した。

「え?」

 美姫も大貴も顔を見合わせる。

 そこまでは予想していなかった。

「いや、須王はあたしらなんかには会いたくないでしょ?」

「大丈夫。わかりゃしないよ。分からないように会わせてあげるし」

 有本良彦は不気味なくらい穏やかに笑っている。

「有本、須王になにか用事いいつかって出てきたんじゃなかったのか?」

「ああ、まぁね。でもいいんだ。今はもう、すぐ命令通りにしなくてもいいし……」

 おかしい。

 須王メシアはすぐ有本が思い通りに動かないと暴力をふるっていたはずだ。

 でも今の有本に暴力の痕はない。

 有本も直ちに命令を実行することを当然と思っていたはず。

「後回しにしても平気だよ。さ、どうぞ」

「…………」

 美姫はエリカに目配せした。

「三十分たってもあたしたちが戻って来なかったら警察に知らせて」

 通りの反対側にいたエリカは正確に読み取り、近所の猫のふりを続けた。

 美姫と大貴は伏魔殿に入っていった。


   ☆


 須王家は中も豪邸だった。和風の建築様式で、平屋のぜいたくな作り。

 庭も純和風。どこの時代劇の殿様のものかというくらい金がかかっていた。

大きな池があって、高そうなコイがうじゃうじゃいる。

「こんなとこで、生まれた時からチヤホヤされてりゃ、感覚狂うわ」

「同感だな」

「そうだね」

 有本良彦は苦笑しながら、二人をとある部屋まで案内した。

 扉の前で止まり、

「僕の部屋だけど、ここからメシア様の部屋が見えるんだ」

 有本良彦が二人を招き入れて見せたのは、モニターだった。

 モニターが机の上に置かれていて、別の部屋の様子が見える。そこには須王メシアが移っていた。

「……!」

 美姫は息をのんだ。

 須王メシアは介護用ベッドに横になっていた。

 体中包帯が巻かれ、包帯の上からでも手足がやせ細っているのが分かる。使っていないことを示すように筋肉が削げ落ちていた。

 顔まで包帯に覆われていて、目だけがのぞいている。

その目も今は閉じられていた。頭部に仮想空間『ワンダーランド』へログインする機会をつけているから、意識はそちらへいっているのだろう。

髪も洗いやすいようにか短く、女の子っぽさはない。

あまりに変わり果てた姿だった。

美姫と大貴は有本良彦に説明を求めた。

「どういうこと? あれじゃ、まるで……」

「君たちの推測してる通りだよ。メシア様は全身大やけどして、火を消そうと川に飛び込んだ。確かに火は消えたけど、その際に頭と首を強打した。脊髄が損傷したらしい」

「うそ……」

「動けなかったから、自力で川を這いあがることもできず、ずっと下流まで流された。よく溺れ死ななかったよね。通りがかりの人が発見して救急車を呼んでくれたらしい。病院ではもう助からないと言われたそうだよ」

有本良彦は自分の頭をなでた。

「僕もその頃ケガして病院に搬送されてたから、詳しいことは知らない。別の病院だったからね」

「え? お前もか?」

「ああ、僕はヤケドじゃないよ。打撲傷」

 それだけで美姫にも大貴にも分かった。

「……須王に殴られたのか」

 有本良彦は肩をすくめ、

「まぁね。メシア様はよくやりすぎて、僕はしょっちゅう病院のお世話になってたから珍しくないよ」

 病院も須王家の息がかかっていたのだろう。そうでなければとっくに警察に通報されていたに違いない。虐待の疑いありとして。

「須王が大けがしたのは知ってたけど、ここまでひどいなんて聞いてない」

「須王家がもみ消したからだよ。メシア様の外見はあの通り、見るに堪えないもの。首から下も動かないさ」

 見るに堪えないと言ってのける有本良彦に美姫は戦慄を覚えた。

 気持ちは分かる。あれだけやられてたんだから。

 でも、こんなやつだったのか……?

「唯一の跡継ぎがあんな姿。体も動かず、ただ口だけは動くから怒鳴り散らすだけ。あんなになっても暴言吐きまくるとことかは変わらないんだよねぇ。そんな事実がマスコミに流れたらどうなると思う? しかもメシア様のこれまでの行いが行いだ」

 公立小学校ではもみ消してきたが、私立に通っていた頃は権力者の怒りを買い、危なかったことがある。もし全て明るみに出たら、イメージダウンはおろか、父親の政治生命断絶もある。

 両親ともいいかげん娘の言動に疲れてきており、療養を理由についに見放した感じだ。

「……ていうか、首から下が動かないって言った?」

「そうだよ。動くのは目と口だけ。指一本動かせない。自力で食べることもできないんだよ。だからもう君らに殴りかかることはない」

 もはや自分で食べることも歩くこともできない。食事も排泄も人の手を借りなければならないのだ。

 だから有本良彦は平気で美姫たちを招き入れたわけである。

 今の須王メシアの姿を見せて留飲を下げたかったというのもあるだろうが……。

「ヘルパーを雇ってやってもらってるんだけど、さっき言ったように口はまだ動くわけ。言ってることは前と変わらないんだ。それで耐えかねて次々ヘルパーが辞めるわ辞めるわ。毎回口止め料を払わなきゃならないから大変らしいよ」

 自分ではなにもできないのに、須王メシアの本質は変わらない。それでも自分が世界で一番偉いと思っており、全ての人間は自分の思い通りに動くものと考えている。

「むしろすごいよね。変わり果てた自分の姿を鏡で見ても、そこには以前の姿が見えてるらしいよ。現実がまったく見えてないみたいだ。幻覚なのか、本気でそう思い込んでるのか」

「……異常さに拍車がかかってない? 専門家にみてもらったら?」

「メシア様の両親がみせると思う?」

 有本良彦は首をかしげた。

 なるべく娘のことを隠蔽したい。体の治療のほうは仕方なく医者にかからせているものの、特に精神科には連れて行くわけがなかった。娘が精神病となれば、外聞が悪い。

 世間体を気にする須王家が須王メシアを精神科医にみせるわけがなかった。

「本当に娘のことを想うなら、きちんと専門家にみせて治療してもらうべきだろ。精神科に通ってるのが外聞が悪いなんてことはないぞ。今時激務でうつ状態、心療内科に通う会社員はけっこう多いって聞く」

「うん、まぁね。僕もそう思うよ。だけど須王家にとってはそうじゃないのさ。それに今さらメシア様の精神状態を治療しようなんて……笑っちゃうね。手遅れだよ」

 有本良彦は無邪気にくすくす笑っている。

 ……不気味すぎる。

「メシア様の今の楽しみは『ワンダーランド』だけなんだ。あれは体が動かなくても、意識さえあれば仮想空間に入れるよね。現実には指一本動かせないのに、仮想空間の中では自由に体が動かせるから楽しくて仕方ないらしいよ」

 元々製作者の時定斗真も障害者だった。自分も動けない体を抱え、せめて仮想空間の中だけでも自由に動きたいからと開発したゲーム。

 それゆえ障害者にはあちこち配慮があって、障害があっても簡単に遊べるようになっている。

 不自由な体となた須王メシアがのめりこむのも当然だった。

「毎日二時間、ログインしてる間と寝てる時だけは静かなんだよ。それ以外はずっと喚き散らしてるからね。ま、今じゃすぐ命令通りにしなくてもうるさいだけで、暴力をふるわれることはない」

 有本良彦が須王メシアのおつかいより二人を招き入れることを優先したのはそんとあめだ。

 暴言は吐かれるだろうが、しょせん口だけ。無視すればいい。

 虫もできず辞めていくヘルパーが多い中、物心つく頃には須王メシアの虐待を受けていた有本良彦は暴言くらいなら聞き流せばいいという神経になっていた。

 有本もおかしい……。

 美姫はごくりと唾をのみこんだ。

 ずっと須王に虐げられてたら当然なんだろうけど……。

「有本……あんたも専門家にみてもらったほうがいいよ」

「ん? 僕は大丈夫だよ。それより一日にログインできる時間は二時間ていう制限を外してくれればいいと切に願うよ。いっそ一生仮想空間にいっちゃっててくれたほうがいい」

 憎悪や嫌悪でなく、純粋な笑顔で言う。

「ねえ……須王の大けがは一体何が原因だったの? あんな全身大やけどするなんて普通じゃない。あの頃近くで火事も起きてなかったし」

「それはちょっと言えないなぁ」

 大貴が美姫に目配せした。

 大貴も同じことを考えたらしい。

 須王が大けがしたのは有本がなにかしたんじゃないだろうか?

 有本が今も普通に仕えてることからみると、バレてないらしい。須王も気付いてないんだろう。

 長年虐待された有本がキレて、須王に復讐しようとした……。

 美姫はぞっとして腕をさすった。

「分かった。これ以上はきかない」

「うん、ありがとう」

 有本良彦は終始笑顔だった。

 二人を送り出す際、有本良彦は手を差し出した。

「新堂さんには本当にお世話になったから。しょっちゅう助けてもらって、感謝してるよ。ありがとう」

「ああ、うん」

 握手した瞬間、美姫は有本が何かを渡してきたのに気付いた。手の中に小さなものを託される。

 有本の顔色から知らんぷりしたほうがいいと考え、素知らぬふりしてポケットにつっこんだ。

「じゃ、またね」


   ☆


 美姫と大貴は須王邸を後にした。

 エリカが見張っていた電柱の陰から出てくる。

「無事出てこれてよかったわね」

「ま、大丈夫と思ったけど、一応ね。ところで急いで離れよう。話がある」

 もうじゅうぶんというくらい離れてから、美姫はポケットから託されたものを出した。

「有本が渡してきた」

 USBメモリだった。

「USBメモリ? なんだって有本はそんなもん。一体なにが入ってるんだ?」

 エリカが見たことのないような目で見る。

「なにそれ?」

「パソコンで突開ける記録媒体だよ。えーっと……昔で言うなら、フロッピー」

「ああ、なるほどね」

「とにかく帰って中身を確かめてみようぜ」

「そうだね。やっぱり有本はただの下僕じゃなかった」

 美姫はUSBメモリを大事にしまいながら言った。

「どういう意味だ?」

「おかしいと思わない? 須王も有本もたぶん大貴が《ジャック》だと知ってる。あたしと大貴が制作会社創業メンバーの子だってこともね。あたしが《ありす》なことも分かってるはずだ。あたしたちが来たのは偽造カードについて調べるため……須王が疑われてることも察しがついたはず。なのに平然とあたしたちを招き入れた」

 須王が偽造カードグループのリーダーなら、有本も片棒担がされてるはず。自分だって危ないのに、なぜ進んで協力したか。

「たぶんこのUSBメモリには証拠が入ってる。有本はこれを渡したかったんじゃない? だれか調査員が来ることは分かってたんだろう。でなければ事前に用意はできない」

「データ移行もせずに渡してきたってことは、準備できてたってことだもんな。じゃあ、有本は前から須王を裏切る気だった……?」

「でしょうね。これまでのことを考えれば、有本が復讐しようと考えても不思議じゃない」

 もしかしたら、初めから裏切るつもりで加担したふりしたんじゃ?

 そうやって証拠を集めて、警察に売る気だった。

 だって、あまりに準備万端すぎる。

「あのヤケドも……有本が謀ったことかもしれないね」

 大貴がうなずいた。

「ありえるな。あれだけのことをずっとやられてたんだ。仕返しかもしれない。どうやってあれだけヤケドを負わせたのかは分からないけど」

 一体何を考えてるんだろう……?

 美姫はUSBメモリを持って帰り、母親に連絡した。すぐ父親が警察と一緒に取りに来て、持って行った。ウイルスが入ってるかもしれないから、専用のパソコンで再生してみるという。

 その夜、美姫はカードリストを眺めながら考えこんでいた。


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