レッツショータイム
「思い出した!」
美姫はベッドから飛び起きた。
偽造カードプレイヤーの襲撃事件翌日のことだ。
人のものを何でも自分のものにするやり口。自分が一番でないと気が済まない異様な執着。すべて自分の思い通りにしようとするところ。残虐なまでの攻撃性。
「須王メシア―――あいつだ」
美姫にとっても忘れてしまいたい人物だったので、記憶の隅っこに追いやっていたのだろう。だからすぐには思い出さなかった。
時計を見ると、八時過ぎ。
今日は休日だが、両親はもう起きているはずだ。
大急ぎで着替え、階段を駆け下りた。
「おはよ! 《エンプレス》の本名って須王メシアじゃない?!」
あいさつもそこそこに、いきなり本題に入った。
唐突に言われて驚く両親。
「えっ?」
「だから、《エンプレス》ってプレイヤー名でやってるやつの本名。須王メシアっていうんじゃないの?」
「いや、あのね、私達は調べたから知ってるけどそれは個人情報……」
「分かってる。違うなら違うって言ってくれればいい。須王メシアなんでしょ?」
両親は皇帝しなかったが否定もしなかった。つまり正解と言うことだ。
メシアなんて名前の人間がそう何人もいるとは思えない。いたとしても漢字を当て字しているか救世主と書くだろうし、カタカナ表記は少ないだろう。まず間違いなく同一人物だ。
母親がふと思い出して、
「ああ、どこかで聞いた名前だと思ったら、小学生の頃いた問題児よね?」
「そう。なんか大けがしたとかで、それ以来登校せず卒業した。中学以降はどうしたんだか知らないけど」
でも、《エンプレス》の正体が須王メシアだとすると、面倒なことになりそうだ。
美姫は思った。
警察が捜査したくても、須王家の権力で握りつぶされる恐れがある。
過去どれだけあたしやクラススメートにひどいことしても、一度も事件にならなかったように。
美姫は急いで朝食をかきこむと、
「ちょっと大貴んとこ行ってくる!」
隣の家に飛んで行った。
「大貴! めんどいことになったよ。《エンプレス》の正体はあの須王メシアだった」
寝ていた大貴はたたきおこされ、いきなりそんなことを言われたのに、すぐ理解してくれた。
「げ。よりによってあいつかよ」
大貴もさすがに思い出したらしい。
「めんどくせーなー。それじゃ、警察もあてにできないじゃないか」
ぼやいて頭をかく。
美姫はちょっと考えて、
「大貴、今日の予定だけどさ。昼間仮想空間にログインして、一本ショーをやっとこう。で、夕方五時以降に須王メシアん家行ってみない?」
大貴は即座に事情を呑み込んだ。
「《エンプレス》は今日夕方までログイン停止処分受けてる。向こうが来れない間にショーやれば、あの須王なら怒り狂って、停止処分切れたらすぐログインしてショーをするはずだと。須王が仮想空間に言ってる間、俺らは現実世界で動けるってわけか」
「そういうこと」
須王メシアの家に言っても、中に入ることはできないだろうが。
「行ったって、入れないと思うけどな」
「いいんだよ。目的は須王に会うことじゃない。他のやつだ」
美姫は須王メシアに殴られながらも一人掃除していた男子のことを思い浮かべていた。
「須王ん家に代々仕えてる秘書の息子で、有本っていたでしょ。親に迷惑がかかるからって、いつもやられるがままになってた男子。須王も分かってて、一番こき使ってたよね」
「ああ、あの腰ぎんちゃくか。会ったって、チクられるだけじゃないか?」
「いや、有本はチクらないと思うよ」
なぜなら、なにかいつも違和感があったから。
「有本は確かにいつも虐げられてたけど、ただやられてるだけには見えなかったんだよ。あいつ、見かけによらず賢いね。たぶん」
「殴られてもダメージが少ないような殴られ方をしてたとか? それは生き残るためだろ」
「違う。あたしみたいに反抗するわけじゃなく、従順だったけど……。なんていうかな、なにか企んでるみたいだった」
大貴は首をかしげた」
「単にいつか復讐してやろうと思ってたんじゃねーの? あれだけやられてりゃ、そう思うよ。じゃ、さっそく今日のショーの内容考えてからログインするか」
大貴はパジャマ姿のままおパソコンを起動しようとする。美姫は止めた。
「ちょい待ち。顔洗って着替えて、朝ご飯食べてからにしなさい」
「お前は俺の母親か」
「ゲームは後で。まずやるべきことをやってから!」
「へいへい、美姫母ちゃん」
大貴は素直に従った。
なんだかすでに尻に敷かれてる気がする。
その間、美姫はネットでからログを見ていた。
いくらなんでも、現在手持ちのカードだけでいつまでも勝負できるわけがない。ポイント残高は減るが、ある程度増やしておく必要があった。
大貴が戻ってきた時、大貴の母親も一緒だった。
「あ、ども。お邪魔してます」
「いーのよ。寝ぼすけ息子を起こしてくれて助かったわ。カタログ見てるの?」
大貴の母は覗き込んだ。
彼女は《帽子屋》の名を持つ、『ワンダーランド』制作チームの一人だった。主にデザイン担当。
初期のカードデザインのほとんどは彼女の手によるものだ。今もかなりの数を供給し続けている。
「美姫ちゃんのチェシャ猫シリーズは斬新だったね。早くカード化をって要望がめちゃくちゃ多くて、急きょカタログに載せることにしたわ」
「あ、そうなんですか」
「今日も行くんだって? それなんだけど、ログインするのはこのパソコンんからはやめてもらえるかな」
「え、なんで?」
美姫と大貴の声がハモった。
「会社の対策チームが用意したパソコンからやってもらいたいの。面倒かもしれないけど、そのほうが安全だから会社まで来てくれる? 偽造カードプレイヤーの攻撃を受けてもすぐ対処できるよう、専門知識を持ったスタッフが待機してるから。まんいち攻撃を受けても脳にダメージがいかないよう、防御する機会の試作品もある」
「あ、なるほど」
「分かった。毎回会社まで行くのは面倒だけどな」
「悪いわね。送迎はこっちでやるわ。囮として危険な作業をしてもらうんだから、これくらいしないとね」
善は急げ。さっそく向かうことになった。
出がけに、どこにいたのかエリカが現れてびょんと車に飛び乗った。
「あれっ、エリカ、どこにいたの?」
そういえばまったく姿を見なかった。
「ちょっとね」
エリカはそれ以上言う気はないようだったので、美姫もつっこまなかった。
☆
会社についてみると、日曜だというのに部屋には多くの人がいた。
「日曜でもこんなに大勢働いてるの?」
「逆ヨ。土日のほうが『ワンダーランド』利用者は多いからね。連中が現れる確率も高くなるわ。だからむしろ休日こそ対策チームには働いてもらってるの」
「あ、そっか」
美姫はおもむろに紙を出した。
「ところで、こんなの考えたんだけど」
車中書いていた企画書を渡す。
見た母親が驚いた。
「チャリティー商品?」
「なにそれ?」
エリカに大貴の母が説明する。
「売上から経費を引いた残り、利益を全額寄付する商品のことよ。震災直後にはよくあったわ。今でも時々あるわよね。外国だとチャリティーオークションが主流みたい。寄付された品をオークションにかけて、落札価格を寄付するってやつ」
日本ではあまりなじみがないが、海外だとよくあるらしい。
「最近『フシタン』ってゲームが出たでしょ。そこでやってるの見てね」
「『フシタン』?」
またエリカが首をかしげる。
「あるゲーム会社から出てるタイトルよ。『不思議探検隊』を略して『フシタン』。最初はスマホゲームで、人気出たからアーケードゲーム、携帯ゲーム機に拡大して、アニメも始まった」
「ああ、あのバトルゲームな。ストーリーは……陰陽師の子孫が九尾の妖狐と出会って仲良くなり、現代では居場所をなくした『人ならざるものたち』の居場所を作るため奮闘する……だっけ。登場人物がどれも美男美女だから有名になったな」
大貴が言う。
「神・妖怪・霊・妖精・天使・悪魔、巨人に小人、種族や宗教関係なく彼らの居場所を作っていく。一方で害をなすものたちを取り締まり、警察みたいな役目もするようになる……って話になってきたよね。面白いことにアニメ放送時間を二つに分けててさ、軸は同じなんだけど男主人公バージョンと女主人公バージョンをやってるの」
「エンディング歌が主題歌の逆回転だったり、無駄に手が込んでるよな」
「へえ、そんなゲームがあるの」
美姫の母が手を振った。
「あっちはバトルものだから、うちとはかぶらないけどね」
「それで、『フシタン』は常にチャリティー商品を売ってるんだよ。柄が特別仕様とか、特殊アイテムとかね。利益はユニセフや赤十字、国境なき医師団とかNPOにNGO、災害が起きればその基金に寄付されてる」
「なるほど」
「『ワンダーランド』でもやったらどうかと思って。真姫を見てて思ったんだけど、難病研究のための基金とか……。購入者自身に寄付先を決められたほうがいいね。同じようにユニセフや赤十字、NPO、NGO、介助犬を育成してる機関、奨学金制度もいいね。きちんと返済されなくて、次に借りたい子が借りられないのが現状だっていうから、そこ考えないといけないけど。あとは……」
エリカに目をやって、
「捨てられたり、保健所に入れられたペットを引き取ってシェルターで保護してる団体とか。なんなら自前で作ってもいいんじゃない? チェシャ猫ハウスとかなんとか名前つけてさ。知名度を生かして、里親見つけられる」
「それはいいわね」
美姫の母がポンと手を打った。
「さっそくプロジェクトを立ち上げるわ。うちは社会貢献を重要視してるから。スタッフは障害者を多く雇用しましょう。きちんとお金を稼げて自立できるようにしてあげたいって、知り合いの作業所所長から頼まれてたし」
「保護動物と触れ合えるカフェを併設。そこで提供するお菓子を作業所に依頼すれば? もっと収入得られるようになると思うよ」
「いいわね。焼き菓子やパンはすでに作ってるところが多いし。犬用の服なんかも作れるかどうか、きいてみるわ」
「さらに発展して、飲み物も自前で用意したらどう?」
「飲み物も?コーヒーや紅茶はコストかかるし、難しいわよ?」
「ジュースにすればいい。子供でも飲めるし。確か前、福祉施設と連携して農業やってる農園があるって言ってなかった? 児童養護施設とも連携を考えてて、販路拡大したいって」
「ああ、後継者不足でそうしたっていう。なるほど? 果物ならジュースにできるわね」
「作ってる野菜は販売ブース提供して、採れたてって売れる。販路拡大、安定的収入の獲得もカバーできる」
「そういうことならもちろん無償で場所提供するわよ」
美姫と母親はどんどんアイデアを出し合っている。
ほかのみんなは置いてけぼりだ。
「……美姫、もう経営に参加すればいいんじゃね?」
「跡継ぎが優秀で結構なことね」
「親子だな……」
「よく似てるわ」
大貴、エリカ、美姫の父、大貴の母がなにやら言っていたが、美姫たちは聞いていなかった。
二人がしゃべっている間に準備は完了していた。
そこで美姫もなにしに来たのか思い出し、ログインすることにした。
猫のエリカまでやるので、みんなびっくりしていた。
今回は最初をスキップし、直接白ウサギの待つ応接室まで飛んだ。
《ジャック》は昨日ショーで着たコスチュームにわざと着替える。
一方の《ありす》は初期設定のままだった。
エリカにリボンをつけただけ。
「なんだ、またそのままか?」
「ああ、いーのいーの。わざとだからね」
二人が仮想空間内に入ると、すぐ他のプレイヤーたちが気づいた。
「あ、ほら、気の王話題になった」
「《ジャック》と《鏡の国のアリス》だ」
《ありす》をだれもが《鏡の国のアリス》と呼ぶので、エリカが《ありす》にきく。
「呼び方、いいの?」
「いーんじゃない? 発音するとひらがなとカタカナは区別着かないからねぇ。ま、母さんは《女王アリス》って言われてるけど、紛らわしいし、それで区別できるならいいと思うよ。訳を知らないプレイヤーが検索して、昨日のショーの映像でも見てくれたらもうけもんだしね」
「服を初期接待のままなのも、昨日のショーと同じだからか」
「……《ありす》、あなた、将来『ワンダーランド』のマーケティングやりなさいよ」
エリカが半分あきれ、半分感心して言った。
「いいかもね。ま、将来設計は後にして、まずは今日のショーが先。《ジャック》はどうするか決めてある?」
「ん? いやまだ」
「じゃ、とりあえずインフォメのテラス席行こうか」
この場所を選んだのもわざとだった。
インフォメーションセンターはショーの予約に必ず来るところ。中心部で人通りも多い。目立って宣伝するというのが一つ。
もう一つは囮として目に付く必要があった。
さらにもう一つは、ここは白ウサギがすぐそばにいる。なにかあっても、即座に対策チームが動かすことができた。
そんな計画で、三人はわざと目立つ位置で打ち合わせを始めた。
しかし拍子抜けしたことに、偽造カードプレイヤーは現れなかった。妨害行為もない。
来たのは「昨日のショーすごかったです」「ファンになりました」といったプレイヤーばかりだった。
「静かなもんね」
「嵐の前の静けさじゃないかしら。それに、今は《エンプレス》がログイン停止期間中なんでしょ」
「それでも手下使って嫌がらせくらいしてくると思ったけど」
あの須王ならもちろんするだろう。
「……なーんかよからぬことでも考えてるな?」
ショーが始まるまで、本当に妨害はなにもなかった。
☆
「では、次にショーは《ありす》&《ジャック》のペアです」
視界の白ウサギが宣言した。
舞台がぱっとイギリスはロンドンの夜景に変わる。
月光に照らされ、上から人影……&猫影が下りてきた。
男装し、剣を腰にさした《ありす》と妖精の格好をしたエリカだった。
「さあ、冒険に出かけよう。ネバーランドへ!」
《ありす》の掛け声とともに軽快な曲が流れ始めた。
『ピーターパン』だ。
だれもが何の物語か分かった。
てっきり《ありす》は次は鏡の国でくると思っていた観客は驚いた。
《ありす》は昨日の時点ですでに次回鏡の国をやるつもりはなかった。『不思議の国のアリス』をモチーフにしたステージが得意だった《女王アリス》の二番煎じにしかならないと分かっていたから。
《ありす》はまったく違うショーをやる必要がある。
そこでだれもが知っているピーターパンを選んだ。
これならちゃんとエリカの出番もある。ティンカーベルだ。
《ありす》の意外な男装に、女性プレイヤーから歓声があがった。
格好自体は前からカタログにあったもので、どれもレア度は低い。簡単に手に入るものばかりだ。
レア度が低ければたいていのプレイヤーがカード化できるし、「レア度が低くても使い様によっていいショーができる」というのも示せる。
ただ、この格好は男性向け。つまり今まで着ていたのはマイキャラが男性のプレイヤーばかりだった。女性キャラが着ることはなかったのだ。
これまで男装して登場したプレイヤーはいない。
その必要がないからだ。男子の格好をしたければ、マイキャラを男子にすればいい。別に本来男性だから男性キャラしか使えないという縛りはない。
女装するプレイヤーがいないのも同じ理由。初めから女性マイキャラを作ればいいだけ。
「前例がないだけじゃなく、男装ってのは総じてウケがいいんだよ」
《ありす》はそう語った。
ピーターパンはティンカーベルと、ホログラムのウエンディたちと一緒にネバーランドへ。
歌にあわせ、どんどん話が進んでいく。
フック船長の声真似をしてタイガーリリィを助けるシーン。
ここで《ありす》はいったん舞台端、スポットライト外へ退いた。
海賊の手下が船へ帰ってくる。「俺はタイガーリリィをほっとけなんて出してない!ピーターパンにだまされたんだ!」とフック船長が怒り狂うところだ。
現れたのは、フック船長扮する《ジャック》だった。
「えええ?!」
会場がどよめきに包まれた。
これは《ありす》のショーの最中のはずだ。他プレイヤーがステージ上にいることは禁止されている。
アーケードゲームや携帯ゲーム機、スマホゲームでこそ「助っ人」は認められているものの、仮想空間は個人戦。出演者本人以外が舞台に上がることは認められていないはず。
ところが―――だ。
チェシャ猫がその規定に当てはまらないように、実は抜け穴があった。
《ありす》が白ウサギにきちんと確認してみたところ、女王杯においては「二人で協力してショーを成功させ、ランキングをあげる」こととされている。
二人で協力して。
つまり、女王杯では二人一緒のショーが認められているのだ。
だれもがこれまで個人戦だったことから、「それぞれショーをして、チームの合計点を競う」ものだと思っていたが、それだけではなかった。
各個人でやってもいいし、一緒でもいい。
そこに気づけたのは美姫がこれまで仮想空間の『ワンダーランド』をやったことがなかったからかもしれない。他の媒体では協力プレイは普通に行われていることだったから。
《ジャック》の格好は彼がデザインした中で一番悪役っぽいものだった。もちろん片腕はかぎヅメである。
イケメン悪役は総じてウケがいい。
ましてこれまでバトルもののヒーロー的キャラでやってきた《ジャック》が悪役をやるのはインパクトがあった。
女性ファンの目がハートになってぶっ倒れそうになったのは言うまでもない。
《ありす》と《ジャック》がマストの上でラストバトルをするシーン、会場の盛り上がりは最高潮だった。
《ジャック》扮するフック船長がスポットライトの外に飛び降りる。
ピーターパンの《ありす》はウエンディたちをロンドンへ送り届け、さよならする。ティンカーベルと共に去っていった。
「またいつか迎えに来る。一緒に冒険しよう」と約束して。
ショーが終わった後も、しばらくは拍手が鳴りやまなかった。
☆
「―――しっかし、よく二人一緒のステージなんか考えたな」
元の姿に戻った《ジャック》が言った。
三人……二人と一匹?はテラス席へ戻ってきていた。
もはや指定席と化している。
「だってアーケードじゃ助っ人出現可能だし、携帯ゲーム機でもオンライン協力プレイできるじゃない」
「まさか白ウサギがOKって言うとはね。というか、あれは初めからそれもアリでルール設定されてたわね」
《ジャック》が椅子に座ったエリカを見下ろす。
「だれか気づくのを待ってたってことか?」
「たぶん」
《ありす》は肩をすくめた。
「ただ、この方法はメリットばかりじゃないんだよ。バラバラでやると、それぞれの合計ポイントがゲットできる。二人一緒だと一回しかゲットチャンスがないからね」
「あっ」
《ジャック》、エリカの声がハモった。
「一回だけでも、バラでやるより獲得ポイントが高けりゃ問題ないんだけど。コンビによってはそうじゃないから、万人にはおススメできないなー」
「そこに気づかず、一緒にやるペアが増えそうだな」
《ありす》は腕を組み、
「さあ、これでまたショーのスタイルがガラッと変わってしまった。ライバルを蹴落とすのが目的の偽造カードグループにとって、あたしたちは改めて攻撃対象になったはず。それも、最優先で潰さなきゃならないコンビだとね」
《エンプレス》も現実世界で見てたはずだ。映像はリアルタイムで視聴できる。
「須王は歯ぎしりしてるだろうね。何か仕掛けてくるはずだ」
穏やかに談笑してると、突如のタブレット端末から大貴の母の声が響いた。
「気を付けて、二人とも!」
振り向いた瞬間、空から隕石が降ってくるところだった。
偽造カードによる攻撃だ。
「げっ、隕石落とし?!」
さすがにこういう攻撃は予想してなかった。
《ありす》も《ジャック》もすばやく転がってよけた。テラス席が破壊される。
対策チームがすばやくトランプ兵を出現させ、隕石を消滅させる。
「ふぎゃーお!」
アレクサンダーがうなり、辺りにバリアが張られる。
「犯人は?!」
《ジャック》が周囲を見回した。
大貴の母がタブレット経由で音声を送る。
「大丈夫。偽造カードを使用した時点で補足するよう自動的にプログラムが……位置を特定したわ! 強制一時停止完了!」
「サンキュ、母さん」
「『ワンダーランド』内では《帽子屋》よ。待って、敵は一人じゃない! まだいるわ!」
「ふぎゃお!」
再びアレクサンダーがうなる。
今度は吹雪、雷と立て続けにきた。全てバリアで防ぐ。
「甘いわね、格好が普通のプレイヤーでも、偽造カードを使用した時点で分かるのよ。トランプ兵、強制一時停止!」
《帽子屋》の鋭い声と共に、あちこちにトランプ兵が出現。一般のプレイヤーに紛れていた犯人たちを捕獲していく。
騒ぎは起きた時と同じように、あっという間に治まった。
「なんとかなったか」
美姫はため息をついた。
「はい。一般のプレイヤーの被害はなかったようです」
白ウサギが割れたガラス窓から出てきて言った。
「ガラスの破片が飛び散ってるけど、危なくない?」
《ありす》が大破したテラス席を指すと、白ウサギは笑って、
「ご心配なく。ここは仮想空間ですから。修復は簡単です」
壊れた部分はたちまち元通り。
「しょせんはプログラムですので」
「わあ、ホントだ」
「『ワンダーランド』の設備はこうして修復可能です。しかし、プレイヤーがダメージを受けた場合は修復できません。ご無事で何よりです」
白ウサギは頭を下げた。
「本当にあなたたちも他のプレイヤーも無事でよかったわ」
《帽子屋》の声。
「母―――《帽子屋》。今回何人捕まえられた?」
「八人ね。今までで最高だわ」
「向こうもかなり本気できたってことだね」
「他にも偽造カードを使わなかったから探知で着なかっただけで、ほかにもいたでしょうしね」
《ありす》たちがいたのは白ウサギのすぐそば。トランプ兵の警備も巡回している。そこで攻撃をためらい、黙っていた一味の者もいるだろう。
「ま、人の目があったり、捕まるリスクが高そうっていうんで偽造カードを使わないプレイヤーはそこまで危険じゃない」
《ありす》は目をすがめた。
「危険なのは、分かっててやってくるやつと、それすら理解せず面白がってやるやつだ」
特に、《エンプレス》は後者である。
《ありす》は今回の襲撃が《エンプレス》の命令だということに絶対の確信があった。
無計画で場当たり的、人を使ってやらせる、相手のことなど何も考えていない―――やり方がまったく同じだった。
それに、なぜショーの邪魔をしなかったか。
美姫は考えた。
《ジャック》が大貴だと、おそらく須王は知ってる。大貴はマイキャラネームを隠してないから。
昔もそうだった、大貴にだけは好かれようとする。好きな男には嫌がらせできないんだよね。
今回もあたしのことは憎いけど、大貴のショーなら見たくて妨害しなかったんだろう。ショーの登録は《ありす》&《ジャック》でやってて、システム上もそう表記されてたはずだ。当然バラバラに連続でやると考え、どっちが先にやるか分からないから手出しできなかったんだろう。
「まさに嵐の前の静けさだったね」
「そうね。とりあえず全員戻ってらっしゃい。これだけ一気に捕まれば、今日はもう派手な動きはないでしょう」
「須王ならどうだか……。感情的だからね」
《ありす》のうんざりした声をエリカが聞きとがめた。
「須王?」
「ああ、エリカには言ってなかったっけ。昨日ケチつけてきた《エンプレス》ってプレイヤーがいたでしょ? あの正体、あたしの元同級生でね。ま、詳しいことは後で話すけど、一言で言うと暴君なんだよ」
制限時間の二時間も来ようとしていたし、美姫たちは現実世界に帰還した。
☆
「ご苦労様。帰りの車を手配するから、ロビーで待っててくれる?」
美姫の母は娘たちを休憩スペースへ連れて行き、自分はまた戻っていった。
「……こりゃ、母さん今日も帰って来ないな」
「うちも親が最近泊りがけばっかりで帰って来ない理由が分かったよ」
夕ご飯は自分たちで作ろうと美姫は冷蔵庫の中身を思い返した。
「にしても、偽造カードプレイヤーから攻撃を受けても防戦一方とはね」
「どういう意味?」
「白ウサギもトランプ兵も、攻撃することはしないじゃん。バリアを張るのと、強制一時停止だけ。偽造カードプレイヤーから攻撃を受けた時のみ、応戦するくらいのプログラム構築してると思った」
大貴が背を後ろにもたせかけた。
「俺もそう言ったことがある。でも反対されたよ。たとえ自衛のためでも、だれかに攻撃するのはだめだって。『ワンダーランド』は一切の暴力性を排除してて、そもそもすべての人が等しく楽しく遊べるよう作られたものだから、根本理念に反するってさ」
「……彼が言ってた言葉だわ」
エリカがつぶやいた。
「彼?」
「時定斗真―――『ワンダーランド』制作の中心人物であり、《白ウサギ》のキャラネームを持っていた人物よ」
エリカはロビーの壁へあごをしゃくった。
そこには一枚の写真がかけられている。四人写っていた。
仮想空間『ワンダーランド』がスタートした日の写真だった。
全員仮想空間内での姿である。《女王アリス》を中心に、向かって左が《帽子屋》。肥田氏側には白ウサギと同じ衣装を着た青年、《白ウサギ》。さらにその隣が《眠りネズミ》だった。
みな、キャラに合った衣装を着ている。
「衣装やアイテムデザインは《帽子屋》。作詞作曲は《眠りネズミ》。全体構成やマーケティング、プロモーションは《アリス》が分担してた。でもプログラムを作ったのは《白ウサギ》時定斗真よ。仮想空間に意識をつなぐ機械を発明したのも彼だしね」
エリカは遠くを見つめるような目をしてつぶやいた。
「……彼はまさに天才だった」
写真に近づき、見上げる。
「彼は不治の病に侵されてたのよ。原因不明の難病で―――少しずつ体の機能が停止していく病気。なにをしても止めようがなかった。彼は天才だけど自分の病気を治すことはできず……長くないと知っていた」
美姫と大貴は写真の《白ウサギ》を見た。
「だから彼は『ワンダーランド』を作り出した。全ての人が―――自分のように病気や生涯があっても、楽しめる世界を。プレイできる頃には、腰から下はもう動かなくなっていたの。手が動かせなくなるのも時間の問題だった。意識を仮想空間にアクセスできるようにしたのもそのためね。現実では体が使えなくなっても、意識さえあれば仮想空間では動ける」
「あ、そういう理由だったの」
エリカは意外そうに振り向いた。
「聞いてなかったの、美姫?」
「時定斗真って人がプログラマーで、病死したのは知ってたけど、詳しくは」
エリカは写真に目を戻し、なにやら納得したようにうなずいた。
「まぁ、分からないでもないわね。斗真はあなたの母親、優姫の夫だったから」
「夫ぉ!?」
美姫と大貴の声がハモった。
「えっ、だって、じゃあ父さんは?」
「和哉と結婚する前に結婚してたのよ。再婚ね。斗真と優姫は結婚できる年齢になった時すぐ結婚した。斗真が死ぬと分かってたから」
「そんな……」
「もちろん斗真は止めたのよ。近いうち死ぬ自分と結婚してどうするのかって。それでも優姫が泣いて頼んだから、結局は折れた。和哉も莉奈も祝福したわ」
和哉は美姫の父親、莉奈は大貴の母親のことだ。
「四人は同じ児童養護施設で育った。みんな親がいないという似たような境遇で、気が合う仲間。ずっと一緒だったから」
エリカは続けた。
「斗真が死んだのは、『ワンダーランド』仮想空間がオープンして間もなくのことだった。成功を見届けて、穏やかに逝ったわ」
写真の隣にはもう一枚の写真がある。
そこに写っているのは《アリス》、《帽子屋》、《眠りネズミ》と……白く大きなウサギ。現在もいるゲーム内のキャラクターの白ウサギだった。
《白ウサギ》斗真の姿はどこにもない。
彼は第一回女王杯の前に亡くなっていた。
心血注いだ『ワンダーランド』が発売され、軌道に乗るまでは生きられたが、最大の成功である女王杯は見られずに逝ったことになる。
エリカは静かに続ける。
「斗真は幸せだったと言ってたわ。最期のほうはもう口を動かすこともできなかったから、仮想空間内で会話してたんだけどね。……斗真は優姫に、自分が死んでも一生一人で生きていくなと言っていたわ。必ずまた愛する人を見つけ、結婚し、子供を生んで―――幸せになれ、とね。そうでなきゃこっちに来ることは許さないって。それが結婚を承諾する条件だったんだから笑えるわ」
「妻が自分の死後、他の人と結婚して幸せになることが条件か……」
「そ。そう約束するなら結婚してもいいってね。
美姫はエリカがなぜそんなことを知っているのだろうと思った。
……まさか、エリカは《白ウサギ》のチェシャ猫だったんだろうか?
いや、チェシャ猫はあくまでゲーム内のキャラクターだ。現実世界に出てこられるわけがない。
でも、『ワンダーランド』制作者である時定斗真なら。天才と言われた彼ならば、自分のアシスタントだけは特別仕様にしていたのではないか?
「なにより愛する人の幸せを望んだ」
エリカも今言ったじゃないか。
将来、愛した人が困ることがあれば助けられるよう、そういう役目のものを残したんじゃ?
自分はもうすぐ死ぬ。この先彼女が苦しんでも助けてあげられない。だから、自分の代わりに彼女を助ける存在を作っておこうと。
エリカはじっと時定斗真の写真を見つめていた。