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ワンダーランド  作者: 一城洋子
4/11

三年一組の暴君

美姫九歳、小学三年生の頃―――。

 通っていたのは普通の公立の小学校。だがそこには問題があった。

 一人の女子が、床に倒れた男子を蹴飛ばしていた。

「早くしなさいよ、クズ!」

 男子はふらふらになりながらも立ち上がり、言われた通りに一人で掃除を始めた。

 その女子はさっき殴るのに使ったホウキを振り回し、

「さっさと言うことききゃいいのよ。とろいなぁ。で、そっちのあんたはちゃんと持ってきたんでしょうね?」

 何人かのクラスメートが次々と宿題を差し出した。

 女子は椅子にふんぞりかえってチェックしながら、

「うん、こっちの図工はいい出来ね。ちょっと、このドリルはなに。筆跡が私のと全然違うじゃない! 完璧に同じにしろっていったでしょ、役立たず!」

 相手が女の子でも容赦なくホウキで殴りつけた。

 殴られた女の子は腫れあがった顔で、黙ってドリルを持って行った。

 クラスの生徒はみんな遠巻きに見ているだけ。だれも止めようとはしない。

 目にはあきらめと絶望の色しかなかった。

 この三年一組は一人の女子に支配されていたのだ。

 名前は須王メシア。

 あだ名ではない。本名である。

 代々政治家の家の一人娘で、元々気位が高かった。

 生まれた時から人にかしずかれ、世の中の人間はすべて自分の奴隷だと思っていた。

 とにかく自分の思う通りにならないと気が済まず、平気で人に暴力をふるう。今、クラスメートを殴りつけたように。

 なんでも親の金と権力で思い通りになると考えていた。

 以前は名門私立に通っていたのだが、そこで問題を起こして退学を迫られたという。そこにはより有力な家の子供が通っており、よりによってそういう子に命令した。保護者が怒り慌てた両親はすぐ娘を公立へ転校させた。

公立なら社会的地位が自分たちより低いから、なにかあってももみ消せるというわけだ。

それ以前に娘の性格を矯正すべきなのだが、娘を溺愛する両親は考えもしなかった。

 長い不妊治療の末にやっと生まれた子供。年齢的にももう一人子供を作ることは不可能で、須王家にとっては大事な大事な子供だった。

 救世主と名づけ、とにかく甘やかして育てた結果がこれだ。

 須王家の権力を恐れ、学校のだれも逆らえない。だから須王メシアはやりたい放題だった。

 逆らうものはだれもいない。自分が世界で一番偉く、唯一無二の存在。なんでも思う通りになる。

 ―――しかしたった二人だけ思い通りにならない人間もいた。

 ちょうど廊下を一人の男子が通りがかった。

 大貴だ。

 須王メシアは途端にコロッと態度を変え、かわいこぶりっこして、

「ねーえ、大貴くん♡ これあげる♡」

高価な玩具を差し出した。今はやっていて人気のものだ。

大貴は目もくれずに答える。

「いらね。つーか、話しかけんな」

「ひっどぉい。アタシ、がんばって手に入れたのにぃ」

ウソ泣きまでしてみせる。

「どうせ人に買ってこさせたか、だれかが持ってるのを取り上げたんだろ。そういうくだらないことする人間からなにかもらいたいとは思わないし、はっきり言ってお前とは会話したくもない」

大貴は冷たく言って去っていった。

須王メシアは怒りにふるえていたが、それを好きな男に向けることはしなかった。代わりに玩具を床にたたきつける。

「全然だめじゃない! もっとマシなものを持ってきなさいよ!」

玩具は壊れて転がった。

だれかが息をのむ。どうやら本来その子のものだったらしい。大事な玩具を壊され、泣き出した。

後で須王家から詫びと口止め料として金が届くだろうが、それで許せるものではない。

須王メシアは大貴が好きだったのだ。

スポーツ万能、勉強もでき、イケメンと少女漫画のヒーロー要素を備えていたので、惚れた女子は多かったが、須王メシアも例外ではなかったわけだ。

しかし大貴は須王メシアがどういう人間か知っていたから、絶対相手にしなかった。

反抗的な態度をとるのが他の人間なら須王メシアもたたき潰そうとしただろうが、さすがに惚れた男にはできなかった。

「―――いいかげんにしなよ」

一人の女子が須王メシアの背後から怜悧な声を浴びせかけた。

須王メシアは振り向かなくてもだれだか分かっていた。

校内で自分に逆らう者など二人しかいない。

そう、もう一人は美姫だった。

美姫こそこのクラスで唯一須王メシアに対抗している人物だった。

美姫は壊れた玩具を拾い集め、持ち主にきく。

「これ、メーカーどこだっけ? 修理してもらるよう頼んでみようね」

 実際は美姫が須王家に連絡する、ということだ。

 須王家としては娘の行いを把握しておく必要があり、美姫の通報はむしろありがたかったようだ。これまで何度もそうして須王メシアが壊したり捨てたものを弁償している。

 何も知らないのは須王メシアだけだ。

 集められるだけの部品を集め、袋に入れると美姫はホウキを持ってきた。

 一人で掃除させられている男子の肩をたたく。

「手伝うよ」

「……あ、ありがとう」

 すぐさま須王メシアの罵声が飛んできた。

「新堂! あんたジャマなのよ! 私はそいつにさせてんの、あんたも言うことききなさい!」

「嫌だね」

 美姫は堂々と言い放った。

 須王メシアは歯ぎしりした。

 彼女はこれまでだれもが自分の言うなりになってきたから、反抗されるのが許せない。

人を使ってさんざん嫌がらせしても、美姫はめげなかった。それは陰湿なもので、訴えたら確実に勝てるというものだった。美姫はしっかり証拠を押さえており、そのうち訴えてやろうと思っていた。

 美姫はにやりと笑って、

「あ、さてはあんた、掃除もできないんだ。だから人にやらせてんのね?」

 須王メシアはなにもかもを人にやらせている。宿題も。教師も気付いてはいたが、何も言えなかった。

 実際、須王メシアは掃除などやったことがない。ホウキの使い方すら知らなかった。ただ自分が人を殴るための武器だと思っている。

何一つできないのに、自分はなんでも完璧にできると思い込んでいた。

美姫はわざと須王メシアをあおった。

「掃除のやり方すら知らないなんてねー」

「なっ、なんですって!?」

 案の定、須王メシアはひっかかった。

「ほーら、慌てるってことは図星なんじゃない?」

「できるわよ、それくらい!」

「じゃあ、やってみなさいよ、自分で。できるんでしょ」

 須王メシアはくやしげに掃除を始めた。どっちかというと振り回していたという表現のほうが正しいが。

「危ないな。ホウキはバットじゃないんだよ。ゴミが飛んでかないよう、静かに集めるの。ほら」

「う、うるさい! やってるじゃないの!」

 美姫はクラスメートたちににっこり笑いかけた。

「さ。みんなでやっちゃおうね」

 みんな須王メシアの言うことを聞くのは嫌だった。

 内心では美姫に賛同したかったし、手先になってひどいことをしているという自責の念もあり、自然と手伝い始めた。


   ☆


 全てを支配しようとする須王メシアと、その理不尽に反抗する美姫。

 それが三年一組の毎日だった。

 いつまでこの日常が続くのだろう。だれもが感じていた絶望は、急になくなることになる。

 それは美姫がカードを盗まれ暴行される事件があって数か月後のこと。

 須王メシアは事故で大けがを負い、入院することになった。怪我はかなり重く、そのままついに一度も登校することなく卒業していったのだ。

 須王メシアがどこで何の事故で怪我したのかは分からなかった。

 ただ、美姫の家の近くを流れている川の下流で朝見つかった、ということだけ知らされた。火の中に飛び込んだかのように全身焼けただれていたそうだ。

 どうやら火事に巻き込まれ、火を消そうと川に飛び込んだのではないか。しかしその日火事はそのあたりで起きておらず、どこで巻き込まれたのか謎だった。

 いずれにせよヤケドがひどく、後遺症からもう学校に来ることは困難だという。

 先生からその知らせを聞いた三年一組のだれもが安堵した。

「二度と帰ってくるな」

「そのまま死ねばよかったのに」

 保護者からはそんな言葉が出たほどだった。

 横暴な暴君がいなくなったことで、三年一組は平和なクラスに戻った。

 須王メシアのことはそれからだれも口にしなかった。思い出したくもなかったのだろう。

 こうして彼女のことは忘れ去られていった―――。


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