ルクト、結婚するって・・・!?(錯乱気味)
日差しさす 爽やかな朝。
季節は春
その知らせを鮮やかに表すは儚き桜たち・・・。
風が吹けば、舞い散る桃色の花びらは
まるで天からの恵みの如く、美しく降り続ける。
その光景は人々に笑顔をもたらす。
桜を見上げては、その美しさに酔いしれ
舞い散る花びらを追っては、子供の頃を取り戻し
辺りを包む桜の香りと空気に、人々は笑うのだ。
素敵ね・・・!
「っ・・・」
もっとも、お兄ちゃんのこんな話を聞かされたせいで
ぜ~んぶ・・・台無しなんだけどねっ!?
「お兄ちゃん、一体全体、どこの泥棒猫と結婚する気っ・・・!?
絶対絶対、騙されているわ!」
私は泣きながら
残酷な文面を表示する携帯に叫んで
それをへし折った。
そこには
『ラルー、僕は彼女と結婚するから』
というお兄ちゃんらしい短い文面。
ふふふ・・・!
とりあえず、妹としてはそのフィアンセと会わないとならないわねぇ!?
私はフィアンセさんと挨拶をするために
美しい桜にも目もくれず
4月1日、日本から お兄ちゃんがいるイギリスへと飛んだのだった―――
・・・・
「もしもし?
ああ、へティー・・・いつぞやの時は助かったわ
でも、今日もあの時のように私を助けて欲しいの・・・」
「死神ちゃん、一体どうしたんだい?
私に出来る事なら教えてごらん?」
「お兄ちゃんがね・・・催眠ハニートラップを得意とする
クソビッチに騙されて結婚させられそうになっているの・・・!
あんな女なんかにお兄ちゃんが穢されるなんて許せないわ・・・!」
「え!? 一途な“終の死神”がハニートラップに引っかかった!?」
「ちゃんと聞いてた!?
ただのハニートラップじゃなくて“催眠”ハニートラップよ!!
お兄ちゃんは怪しげな薬と催眠で操られ、騙されているんだわ!」
「・・・うん
そう、催眠ハニートラップ・・・ね」
「そう!
だから、世界中の私の友達に招集をかけて頂戴!
褒美は弾むと付け加えて!」
「・・・!?
世界大戦でも起こす気!?
よりにもよって“狂気の死神・親衛隊”を集めるわけ!?」
「親衛隊というより、ストーカー集団だけどね・・・
でも、役に立つ事に間違いはないわ!」
「・・・OKー
武運を祈るよ、死神ちゃん・・・
ちゃんとその情報は“裏”中にばらまくから・・・」
「ありがとう、へティー
とっても助かったわ・・・!」
「・・・これで大真面目なのが、凄い」
「・・・?
なんの話かしら?」
「ううん、何でもないよ」
私はイギリスのロンドンに到着してから
お得意様の一人である『へティー・ルアナ』に協力を仰いだ。
彼女は、表向きは優秀な投資家。
しかし、裏では名だたる情報屋であり
人脈の多さに物を言わせる屈指の情報網を有しており
情報屋としてはかなりの腕前を持つ。
こういう情報をばらまいて欲しい時はプロに頼むものよ。
さて、お兄ちゃんが居る場所に向かわないと・・・。
の前に・・・『世界中から集めた友達』と合流しなくちゃね・・・。
・・・物凄く、面倒だけれど。
さて、合流場所はどこにしましょう?
軽く何十人も集まるだろうから
何人が騒いでも問題にならない広い場所を確保しよう。
準備やら何やらがめんどくさいな・・・。
「・・・い」
ああ、ただ広いだけじゃいけないわ。
一般人の目に触れない屋内の施設が必要になるじゃない!
しかも、それぞれに武器を用意してくるだろうが
一人や二人、持ってこない馬鹿が現れそうだ。
それに備えて武器屋も買収しておくか・・・?
ああ! すんごく面倒極まりないじゃない!
自分で招集かけといて今さら後悔しているわ!
準備が間に合う自信がないわ!
「おい!」
「ひゃい!?」
「・・・随分と可愛い声で鳴くじゃねえか」
「・・・き、貴様っ・・・!」
「よお、“狂気の死神”
俺らを呼んでいるって話は聞いているぜ?」
「・・・“女殺しの凶器”・・・!
よりにもよって貴様が第一変人だなんて・・・!」
「なんだそりゃ!?」
背後から急に声を掛けられ思わず舌を噛んでしまった。
物凄く、血が出ているのだけど・・・。
声の方を見ると
そこには色気ムンムンのセクシーなイケメン。
・・・じゃない、最低の変態野郎。
白いワイシャツにジーンズというシンプル極まりない格好だが
それがコイツが持つ“危険性”を引き立てる。
上から2つほどシャツのボタンを外しており、そこから見える引き締まった筋肉。
形の整った顔立ちに、距離を感じさせない言葉遣い。
さぞかしモテるだろう・・・。
・・・だが、その本性は
「・・・処女厨がっ」
「相変わらずの毒舌
なんだー? 俺が恋しかったか?」
「キモい」
「ははっ! 好きに何でも言えばいい!
だが、好みを改める気は無い!」
「開き直っているから、尚さら悪質だわ・・・」
コイツの裏においての二つ名は“女殺しの凶器”
その名の由来は
色恋の復讐、専門の殺し屋だからだ。
どういう意味かと言うと
別れた元カレの代わりで元カノに“復讐”する・・・。
とことんターゲットを女として、人として、辱めた後に惨殺するため
その道ではかなりの人気を誇る殺し屋だ。
女の身も心も辱め、殺める
その存在自体が凶器も同然・・・ゆえにこのような二つ名が与えられた。
そして、何故こんな面倒な専門を請け負うのか
理由は単純。
処女が好きだから。
それ以外の者が不快に感じるから殺せるこの専門職が彼にとって天職。
何の遠慮もなく、ただそれを楽しんでいる・・・
女の敵にして、最低の変態野郎。
私はこの男がハッキリ言って大嫌いである。
が、それとは裏腹に・・・。
「アンタが好きで何が悪い?
清い少女さん」
「キモいキモいキモいキモいキモいキモい
キモいキモいキモいキモいキモいキモいキモい・・・・」
「何を泣きそうな顔で連呼してんだ?」
「そりゃあ、誰だって泣きたくなるわ!
こんな変態に目を付けられて喜ぶ女がいたら逆に教えて欲しいくらいだわ!
この外道! クズ! 女の敵!」
「でも、そんなヤツに助けを求める気分ってどうなんだ?」
「・・・この屈辱的な感情を上回る緊急事態だから
助けて・・・」
「可愛いな! ついでに添い寝してくれたら最高だ!」
「死ね」
「死なないぞ?」
「しぶといゴキブリめ」
「一匹見つけたら二十匹は居るのか、俺」
「ぎゃあああああああああ!!
気持ち悪いいいいい!!!」
「自分で言いだして、なんだそのザマは」
私は何故かこの男に滅茶苦茶、好かれている。
その理由なんて明白だ。
うん、本当に嫌になるわ・・・。
現時点でもう、泣きたくなってきたわ。
「で、何よ・・・どうして私の居場所が分かったの
まだ合流場所は知らせてないのに」
「こっちがアンタを探してたんだよ
どうせ、急な事だから準備もせず招集かけたんだろ?
こっちで色んな準備を済ましておいたから、安心しとけ」
「・・・場所は?」
「無事に確保した
俺の普段の仕事場だが、綺麗にしておいた」
「・・・武器は?」
「近くに知り合いの武器屋がいる
ソイツに頼めば良いだろ」
「・・・食料もろもろ、不届き者を閉じ込めておく監禁部屋も?」
「俺の仕事場だぞ?
あるに決まっている」
「・・・よっしゃ、お前、優秀ね」
「じゃあ褒美に今夜・・・」
「だが、褒美は目的達成に大きく貢献した場合にのみ支払う」
「・・・分かった
場所はこの住所、連中には“女の墓場”って伝えとけば分かる
じゃあ、先に行っている」
女殺し・・・本名は知らないのでメゴロウと仮称するが、
メゴロウは親切にも困っている私を察して助けてくれたようだ。
助かったが、褒美は出来ればコイツには差し出したくはないわ・・・。
足早に去っていくメゴロウの後ろ姿を見送り
私は彼から渡された住所を見つめながら、へティーを介して
私のストーカー集団・・・自称“親衛隊”の連中に集合場所を連絡する。
はあ・・・・。
お兄ちゃんに会いたい。
お兄ちゃんに会いたい。
お兄ちゃんに会いたい。
誰だ、お兄ちゃんに手を出す女は・・・。
殺す殺す殺す殺す殺す殺す
首を撥ねる前にハラワタ引きずり出して、生きたまま解体してやる・・・。
「はぁ・・・お兄ちゃん・・・」
鬱である。
お兄ちゃんの現在位置を確認してみれば
そこは教会。
・・・すでに結婚式をしている、っていうこと!?
ゆえに、全く落ち着けない。
なんで結婚式に妹である私を呼ばないの・・・
なんで今まで女の事を教えてくれないの・・・
ああああもう!
お兄ちゃんの結婚相手については全く知らない。
相手がどういうヤツなのか、分からない時点で不安要素が多いわ。
「っ・・・」
不意に微かな痛みを感じ
私は反射的に口に手を当てた。
・・・先ほどメゴロウに驚いて、舌を噛んだせいで
未だに血が止まらない。
口の中は正に血の池地獄。
痛覚が壊れた私にとって舌を噛んだ痛みは皆無だが
溢れる血を飲み込み過ぎて、自分の血に溺れるなんて事にはなりたくない。
早めに治さなくちゃね・・・。
とりあえず、メゴロウの仕事場とやらに向かいながら
“力”を使って治そう。
私は早歩きで、アスファルトに固められた道を進む。
カツカツと、私が履いているブーツのヒールが地面に叩きつけられる音が響く。
周囲に人はいない。
私一人がいつの間にか人通りの無い道を歩いていた。
・・・カツカツ。
・・・カツカツ。
こん、こん。
・・・私のヒールとは異なる靴の音。
背後から感じる気配に覚えがある。
私は殺し屋。
たまに、ターゲットを巡って他の殺し屋とぶつかり
殺し合う事には慣れていた。
だから、殺気には敏感だ。
私は服の袖に隠していたナイフの柄を握り締める。
背後から発せられる殺気に向け、私はナイフを投げた。
背後の人はナイフをいとも簡単に弾き返す。
私は気付いてた、背後の人が“人”ではない事に。
次に私は背後のソレに向かって駆ける。
突然、私が突進してきてもソレは“何もしなかった”
私はただ突っ立っているだけの・・・“吸血鬼”に対し
影から取り出した大鎌を振りかざした。
しかし、刃が届く前に吸血鬼は私の両腕を掴んで、強引に突進してきた。
私は超軽量な為、
凄まじい力にねじ伏せられ
近くの壁に叩きつけられた。
大鎌を持つ腕は吸血鬼によって押さえつけられているので
まるで振るえやしない。
これは殺されたわ。
諦めの気持ちと共に
私は目蓋を固く閉ざした。
すると、唇に甘い感触。
「っ・・・!!?」
意味が分からない。
次に、口の中に無理やり侵入してくる別の感触。
驚きのあまり何をどうしたら良いのか分からない。誰か助けて。
・・・随分、長い間、唇と口の中を犯されていたと思う。
熱烈に自分が何をされているのかは理解していた。
だが、対応方法に困った。
イミフ、とはこの事を言うのかしら・・・。
もうメゴロウでも良いから助けて。
出来れば、お兄ちゃん・・・助けて。
そう一心に思っている内に、やっと解放された。
うん。
かなり優しく、離された。
なんだろう、この無駄な優しさにメゴロウとは違う紳士さを感じた。
私はもうダメみたい。
「うん・・・私は女として、ブッ壊れた
貞操を守る事に必死で他の大切なモノを守る事を怠ってしまっていたわ
これじゃあ、何も言えないわ・・・
ただ、1つだけお願いしたいのだけど、どうか情報屋にこの話をしないで頂戴・・・
いえ、お願いします・・・」
「待て、ひとまず落ち着け
私も強引な事をしてしまったが
“狂気の死神”誤解をするな」
「へ・・・?」
私は吸血鬼にこの事を内密にする事をお願いする。
うん、私は貞操を狙われすぎているから死守体制を緩めない代わりに
それ以外の事が疎かになっていた。
猛反省である・・・。
だが、吸血鬼は私の肩に手を当て
必死に何かを訴えようとしていた。
・・・そういえば、びっくりしすぎて
まだ目を瞑ったままだったわ。
ひとまず、目を開けましょう。
そっと視界が開けると、そこには美しい男性の姿が。
ああ、この人か・・・。
この人が長々と私の唇と口の中を弄んだワケだ・・・。
あれを、人は“ディープキス”というが。
これほど悲しいものだったとは知らなかったわ・・・。
ふふふ・・・どうせなら、将来の旦那さまに始めてされたかったわ・・・。
でも、そんな未来も
このキス魔のせいで消え失せたわ・・・。
「欲求に逆らえなかったんだ・・・」
「へぇ~・・・そうですか・・・
まあ、気にしないでください
私の知り合いにはもっと最低の欲求を抑えられない変態連中がいますから
恥ずかしがる事は無いんじゃないんですか」
「吸血衝動に負けた・・・」
「へぇ~、吸血衝動ねぇ~・・・あるあるー・・・
・・・・・・え、吸血衝動・・・!?」
「一人で何をブツブツ言っていた・・・?」
「いえ、今までの聞かなかった事にして頂戴
確かに貴方の言う通り、誤解していたわ
え、でも、待って・・・どういう事・・・?」
「いや、それは私のセリフだ
どうして“狂気の死神”が口の中に血を貯めて歩いているんだ」
・・・つまりはそういうことだ。
私が舌を噛んで溢れされた血に惹かれて
ディープキスならぬ、口移し型の吸血を吸血鬼にされた。
ただそれだけ。
卑しいものなんて、これっぽっちもない
ただの食事だった。
私の心は邪念ばっかりのようね。
軽く滝に打たれて心を清めようかしら。
自分が恥ずかしくてたまらないわ。
「ふふふ・・・
世の中には知らなくても良いような事はたっくさんあるわ・・・」
「何を意味深に言っているんだ・・・」
「ところで私の血、美味しかったぁ?」
「ああ、久しぶりに口にする暖かい生き血だ
美味しいに決まっている」
「素直に感想を語ってくれたのに悪いわね・・・
この複雑な心境をどうすればいいのかしら・・・!?」
「うん・・・本当に、すまない」
「・・・その綺麗な首をくれるなら許すわ」
「本当に死神だな、“狂気の死神”・・・
だが、そこまで自虐にはなれん」
「ありゃ残念・・・
て、なんで私の事を知っているの」
「ああ、実はこれから“女の墓場”に向かっているところだったんだ」
「へぇ~?
・・・つまり・・・貴様は“親衛隊”のメンバー!?」
「恥ずかしながら」
「ええええええええええ!!?」
礼儀正しく、紳士的で
ちゃんと謝罪のしてくれる親切極まりない吸血鬼さん。
しかし、あのストーカー集団に属するという事は一癖二癖あっても
おかしくはない・・・・!
異常性癖を持つ連中ばかりが何故か集まるから、まさかこの人も・・・!?
「あ、あの・・・
わ、わ、私に何を求めているの・・・!?
今度はどんな目で見られているの・・・!?」
「ひとまず、落ち着け
私は別に、変な趣味は持っていない」
「へ?」
「ただ、お前に心酔して
接触できる機会が多い、この集団に入っただけだ」
「・・・一人でもマトモな人がいるだけで
どうしてこんなにも心強いんだろ・・・」
「え・・・泣きながら言う事か!?
そこまで変な連中ばっかりなのか・・・!?」
吸血鬼さんを問い詰めて
どういう目的なのか探ろうとしたが、
そこに深い意味は無いそうだ。
・・・良かった!
本当に喜ばしい限りだわ!
私は嬉しさから、ディープキスの件についてはどうでも良くなり
吸血鬼さんとおしゃべりする事に夢中になっていた。
はあ~・・・! 変な性癖が無い人って、こんなにも素晴らしいのね・・・!
彼は名前を名乗りたがらなかったので
とりあえず、キュケさんと仮称。
キュケさんにほのぼの癒されながら
いつしか目的地、メゴロウの仕事場・・・通称“女の墓場”に到着した。
・・・けっ、メゴロウに会わにゃならんちゅんか、てめえ・・・。
そこは寂れた廃工場だった。
人気がない上、広大で外からの目も心配する必要が無いため
我々のような人間にとってはうってつけだ。
メゴロウめ・・・こんな所に何人の女性を連れ込み
そしてヒドイ事をしたんだろう・・・。
最低・・・女の敵だわ、本当に。
「おーい・・・いないのかしら~?」
「いるっての」
「・・・そこで何をしているの」
「何って・・・
アンタの兄ちゃんのフィアンセを八つ裂きにする準備してんだよ」
「・・・どっからどう見ても、
パーティーの準備をしているようにしか見えないのだけれど
それは気のせいかしら」
「ただのパーティーじゃねえぞ!
俺ら、親衛隊の特別なパーティーだ!」
「“親衛隊”と付くと、何でも恐ろしく感じるのはなぜかしら・・・」
「それだけ俺たちの事が好きなのか~?」
「大ッ嫌いよ・・・?」
工場の僅かに開かれた巨大な扉から中に入ると
汚らしいホコリまみれの室内がすぐに目に付いた。
そんな中、真新しい家具や椅子が場違いにも配置されており
ひときわ大きなテーブルの上には大きなケーキらしきもの。
何脚も椅子がそこらじゅうに置かれていて、それらの上にガムテープやクラッカーが。
粗末ながらも、パーティーの準備が進められていた。
「初めまして
私は新しく入った者ですが・・・」
「あー、新入りか・・・
俺は“女殺しの凶器”って言う
今日のパーティーはアンタの歓迎会だから、楽しめよ」
キュケはメゴロウに挨拶。
うん・・・挨拶しなくても良いのにね。
なるほど、このパーティーはキュケの歓迎会か・・・。
騒ぐのが好きな馬鹿共だから、そんなのは理由のこじつけかも知れないけど。
はあ・・・憂鬱になってきた・・・。
「 女 王 様 ~ ! ! 」
不意に背後から強烈な殺気。
そしてうるさい絶叫。
背後の主が誰なのか、即座に理解した私は振り向かず
真っ先にスタートダッシュを開始した。
げっ、アイツもやっぱり来たか~!
めんどくせー!
だから、私は憂鬱になるのよ!
アンタらのような面倒な連中が! 私を一斉に襲うから!
「いいいぃぃぃぃやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
情けないが、全力で叫ばせてもらう。
本当にコイツは嫌。
嫌なのに・・・ヤツはあっという間に私に追いつき
背中からタックルされる。
ぐぎっ、ていうヤな音がしたけど気のせい? 背骨、折れていないよね?
「女王様! 女王様!」
「はいはい、何よ・・・
ていうか離して?」
「この卑しい、メス犬をどうか調教してください!」
「よくもまあまあ、そんな恥ずかしいセリフを吐けるわねぇ
生きていて恥ずかしくない?」
「もっと罵ってください!」
「・・・自分の事、メス犬って言うけど・・・
犬ほど可愛くはないわよねぇ?
アンタなんか、犬っころとは程遠いクマムシよ
この虫っころ!」
「もっと!」
「頼むから、まずは離してくれ!」
「嫌です!
離して欲しくば、蹴ってください!」
「蹴ればいいんだな?
なら、遠慮なくそうさせてもらうわ」
とりあえず、背後から抱きつかれているので
ヤツの足から踏み付けてもらうわ。
ヒールを突き立てて
グリグリすると、“もう片方の足も!”なんて囁いてくるのよ?
大真面目に勘弁して?
仕方がないので、ブーツの仕掛けを使う事にしよう。
つま先を地面に三回、叩くと
ヒールから鋭い刃が突き出た。
そして、そのままヒールをヤツの足に突き刺した。
「あああっっ・・・!!」
背後からそんな呻き声が聞こえると
私のお腹に回された腕が力なく取れた。
私は慌ててヤツから離れて、ヤツを睨んだ。
長いブロンドの髪はしなやかに波打っており
潤んだ黒い瞳はくりくりとした愛らしい犬みたいだ。
青いブローチを付けた白とピンクのドレスに身を包んでおり
その姿はまるで、お人形さんみたいだ。
小柄な体躯は完全に幼い少女のソレでパッと見では幼女に間違える。
もっとも、その少女は
恍惚として私に刺された足を愛おしそうにさすっている。
お気づきだろうか・・・この少女、ドMだと言う事に・・・。
“親衛隊”の古参メンバーの一人で
この外見とは裏腹に、それなりの年齢である。
下手を打てば“親衛隊”メンバーの中で最年長かも。
・・・まあ、キュケが入った事で
最年長はキュケになるのだけれど。
彼女は特殊な仕事をしている。
拷問の代わりを請け負う“身代わり屋”というモノだ。
その内容は敵勢力に捕らえられ
拷問されている人の身代わりになる事。
彼女にとって拷問はご褒美。
だからこそ、成せる仕事・・・しかも、重要な事は本当に何一つ知らないため
拷問したところで全くの意味を成さない。
単純ながら、組織などにとっては非常に助かる
需要のある仕事だった。
しかも、痛みを喜びとする彼女は殺し屋としての腕も確かで
危険性の少ない仕事よりも危険で難易度の高い仕事を好んで受ける。
持久戦に持ち込めれば彼女の勝利は確定する。
ある意味、恐ろしい存在だ。
「刺された人間の声とは思えないわね」
「当然ですっ
女王様からの愛の一撃ですからっ!」
「ほう? じゃ、もう一回行くか?」
「はいっ! 是非!」
トロンとした瞳でえへえへ言っているマゾ童女。
気持ち悪い・・・。
私は容赦なく、ヒールの刃で彼女を滅多刺しにした。
その間、呻き声と笑い声が混じったような
変な声を上げたので、逆に恐ろしくなってきた・・・。
やだ、何この子・・・怖い・・・。
この子もやはり名前を明かさないので
マゾールと仮称。
人形みたいな愛らしい姿をしているクセに
もったいないわ・・・。
「よお、元気していたか!
相変わらず危険な事ばっかりして
いつ死んでもおかしくないから、アンタの墓を先に作っておいたぜ?」
「私の墓を作ってくれたんですか!?
是非に、今すぐ入れてください!
生きたまま棺に入って埋められるなんて最高の死に方じゃないですか!」
「おい・・・!
“狂気の死神”に殺されたいって話はどうなったんだ!?」
「・・・はっ・・・!
他の死に方に浮気するなんて私としたことが・・・!
こんな浮気者は、女王様にお仕置きしてもらわなくては・・・!」
メゴロウは気さくにマゾールと挨拶を交わす。
基本的にマゾールは皆と仲良しなのよね。
・・・“基本的”には。
マゾールは期待に満ちた眼差しをこちらにチラチラ向けるが
私はスルーする事にした。
いちいち構っているのは面倒だわ。
ていうか、ぶっちゃけ今はそれどころじゃない。
お兄ちゃんに会いたい。
泥棒猫を八つ裂きにしたい。
お兄ちゃんに会いたい。
泥棒猫を八つ裂きにしたい。
お兄ちゃんに会いたい。
お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん
お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん・・・。
「泥棒猫を拷問する用意はいいかしら?」
「もちろん!
No problem!」
「無駄に発音が良いのがムカつくわ・・・」
メゴロウにチェックを入れる。
当然、泥棒猫は簡単に殺すつもりはないわ?
とことん・・・あーんなことや、こーんなことをして・・・
ああ、そうだ。
ここには復讐専門のメゴロウがいるじゃないか。
彼にも協力してもらえれば最高じゃない。
ああ、もう楽しみになってきたわ・・・!
「女王様!
その拷問器具に不備があってはいけません!
まずは私で試してから・・・」
「却下」
「そんなぁ~・・・」
「万年発情期?」
「そりゃあもう!」
「・・・」
「ああ! その目! 最っ高です!
その豚の死体を見下すような目・・・!」
「・・・もう貴様に関してはノーコメントよ」
マゾールのせいで一瞬にして興冷めしてしまったわ。
全く・・・。
早く皆、集合しないかしら。
私は一刻も早くお兄ちゃんの結婚式に突撃して
泥棒猫を八つ裂きにしたいのに。
はあ・・・どんなヤツなのか、顔が気になるわねぇ?
「さあ! 皆が集合するまで私は作戦を練るから
しばらくは放っておいて頂戴!
・・・もしも何かしてきたら、1日中ソイツの言う事とは真逆の事をするから」
「「「・・・っ!?!」」」
私は考える時間を得るべく、連中が困る事を言ったあと
奥にある小部屋に閉じこもった。
地形や、教会の建築構造を確認して
それを踏まえたうえで、緻密な作戦を練る・・・。
今回は大勢が参加するからこそ、一糸乱れぬ緻密な作戦が必要になるから。
・・・・
よし、作戦は決まったわ。
外もだいぶ賑やかになってきたから
そろそろ全員、揃ったところだと思う。
私は小部屋から、そっと出た。
「あ、ラルー!」
「・・・」
私は一度、開いた扉をそっと閉じた。
・・・今、私の事を本名で呼んだヤツがいたな?
確実にヤツだ。
ヤツは来ないと思っていたが・・・今回は来やがった。何故だ。
・・・嫌、もう仕方ない。
“泥棒の血濡れ花嫁作戦”のために
こいつらを招集したのだから、覚悟は決まっていた事よ。
仕方ない。
閉じた扉を開いた。
すると目の前にヤツがいる。
「・・・きゅ~・・・・」
「妙な声をあげながら、そっと扉を閉じなくてもいいんじゃないか?」
「・・・や、やあ・・・ネフィ・・・」
「相変わらず、変なあだ名を付けるなあ・・・」
「ネフィの何がおかしいかしら・・・」
「“ネフィ”って
ネクロフィリアを略しただけじゃないか
安直な命名だよ」
「私がネフィだって言ったら貴方はネフィなのよ!
どうせ本名は明かさないんでしょう!?」
「そうだよ?」
「なら文句付けんなああああああああ!!」
「そんな叫ばなくても・・・
ああ、ああ・・・シワになったらどうすんだよ
未来の“花嫁”なんだから、身体にもっと気をつけてほしい」
「・・・私を勝手に花嫁候補に入れるなああああああ!!!」
私は思いっきり叫んだ。
外見こそ、爽やかな好青年だが
その中身が恐ろしい・・・。
この男は奇妙な経歴を持っており
かつては“斬撃の悪鬼”という二つ名の殺し屋だったらしいが、
今は掃除屋として、殺し屋が作った死体の山を処理する仕事に徹している。
彼は巧みな斬撃を繰り広げるため
私でも敵に回したら大変な事になるわ。
なんたって、斬り付けられたら最後・・・“動けなくなる”から。
彼は死体愛好家
美しい女性の死体を深く愛しており、気に入った死体は持ち帰って
自分の“花嫁”として死体が朽ち果てるまで愛する。
あくまでも彼が好きなのは“美しい死体”
だから、死体に傷を付けないように独特の技術を編み出し
斬撃の道を極めた。
斬撃なのにも関わらず
傷は決して付かない、外見は綺麗なままだ。
だが、中身・・・筋肉や骨は無事ではすまない。
彼は目立つ傷を付けず
刃の無い剣で筋肉や骨を断つ。
ゆえに、斬り付けられたら最後なのだ。
・・・で、私がこの男に好かれている理由は
先ほどの言葉通り、私が未来の“花嫁”候補だから。
本当に勘弁して?
未だに何もされずに済んでいるのは
ひとえに・・・・。
「おい、死体愛好家
私の女王様に何の用だ?」
「おやおや、確か・・・マゾールだったか?
マゾな人形だからマゾール・・・
こっちも安直な命名だなあ」
「マゾール・・・素晴らしい名前じゃないですか
私は嬉しいですよ? どこかの死体愛好家と違って文句たれません」
「そりゃあ、文句だって垂れるさ
理想の花嫁をもらおうとしても、どこかの“身代わり屋”に邪魔され続ければ」
「私の女王様をお前なんかに渡しません」
「こっちこそ、必ず彼女を花嫁に貰います」
皮肉な事にもマゾールが私を守ってくれているから。
マゾールはずっと私に虐められたいらしいので
ネフィの目論みはなんとしても阻止したいようだ。
ネフィの花嫁になる=死体になる。
↓
私が死んだら、何もイジメてもらえない。
↓
ネフィは敵だ!
という単純な図式が完成してしまう。
ゆえに、マゾールとネフィは敵対している。
両者共に“親衛隊”の古参メンバー。
こんな調子でよく今までやって来たわよね?
逆に疑問だわ。
「はいはい、二人の喧嘩は見飽きているから
ひとまず今回の目的を達成してからにして頂戴」
「女王様の仰せの通りにー!」
「花嫁になってもらう為にも頑張るよ」
「夜を共にしてもらうぜ!」
「死神ちゃんの足を舐め回(ry」
室内を見回せば“親衛隊”メンバーが勢ぞろい。
私はそれを確認して
本題に移る。
・・・もろもろに、皆の目的が露呈して
恐怖に震えている自分がいるけど、お兄ちゃんの為に我慢する努力をするわっ!
・・・とりあえず、泣いても良いかしら。
最後に一人、変態がいたので
ソイツに八つ当たりしてみる。
「キュケ~ 私のそばにいて頂戴・・・!」
「キュケ? 誰ですか? 女王様」
「新入りの事よ」
「もうあだ名が与えられている・・・!?
今回の新入り・・・出来る・・・!」
「はあ? 何を言っているの」
変態率ほぼ100%で私はキュケに救いを求めた。
慰めて欲しい。
どうして私はこんな変態共にしか好かれないのだろう。
はあ・・・憂鬱を通り過ぎて、重度の鬱を発症しそうだわ。
「き、キュケって私の事か・・・
災難だな、“狂気の死神”」
「隣をガードして頂戴!」
「分かった分かった・・・
だから、抱きついてくるな・・・
・・・って、それも無理な話か」
私の呼びかけにキュケは飛んでやって来た。
それに、メンバーたちがざわつく。
新入りであるキュケに興味があるのか・・・。
そう言うキュケこそが災難だわ・・・。
「さて、皆に作戦の詳細を説明するわ・・・
一回しか説明しないから、耳をかっぽじって覚えなさい!
皆が知っている通り、お兄ちゃんが性悪女に引っかかって大変なの
だから助けて頂戴、褒美は弾むから」
情報を整理して私は皆に丁寧を心がけながら説明した。
途中、言う事を聞かない変態が私にすがりついてきたりもしたけど
そこは麻縄で縛って解決したわ。
・・・それで、更にド痴女が騒がしくなったけれど。
説明が行き届き、私たちはお兄ちゃんがいるという教会へと
さっそく向かったのだった・・・。
・・・・
「突撃隊、準備完了したわ
他の隊は平気かしら?」
「オールクリーン!
いつでも行ける! あとは死神ちゃんのタイミングに合わせる!」
「ふふっ・・・優秀な人たちで
こちらが助かってしまったわ・・・ありがとう」
「ところで黒タイツなんて興味ない?
絶対、似合うと思うんだ」
「それはこのあとにしてもらえる?」
「・・・失礼」
件の教会を取り囲むように我々は集結していた。
私は突撃隊を率いて、あとは教会に突撃するのみ。
ちなみに突撃隊のメンツは
メゴロウ、なんか死にかけるのが好きな奴、他人が泣くのを見るのが好きな奴、
の3人で構成されている。
うん・・・なんか、変な奴ばっかりだよね。
でも、このメンツになったのは本人たちが志願したからなの。
意味が分からないわ。
その他、大勢の人たちは主に
中にいるであろう参列者たちを瞬時に捕獲して
何も理解出来ない内に外に用意しているトラックに放り込む係よ。
「泥棒猫・・・私を恨まないでね
貴女が悪いのだから・・・私を恨むのはむしろ筋違いだわ」
「死神ちゃんから死神クンを取るなんて
その泥棒猫も肝が据わっているよねぇ・・・」
「もしかしたら、一般人だったりして」
「一般人なんかが死神クンの目に止まるかあー?
きっと相当な美人に決まっているよ!」
「・・・貴方たち、噂話は止めてくれる?」
「「・・・すんませんしたー!」」
私が独り言を漏らす度に、
無線で全員にそれが聞こえてしまう。
独り言が癖になっている私にはきっつい仕掛け。
まあ、別にいいのだけど。
「さて、そろそろ突入するわ・・・
皆の者よ! これより、中にいる泥棒猫及びにその親族・・・
皆を捕まえなさい・・・!
一人一人、じっくり時間をかけながら丁寧に殺すわ!
そして、泥棒猫の一族皆・・・根絶やしよっ・・・!!
続け・・・!」
私は大鎌を振りかざし
大きな声で叫んだ。
教会から少し離れた所なので
恐らく、教会内の人には聞こえていないだろう。
そして私はすぐに行動を開始した。
教会の大扉に蹴りを入れる。
ただ蹴破るつもりが、
あまりもの威力に、扉が吹っ飛んでしまった。
あちゃー。
私ときたら、力を全く制御出来ていないわ・・・。
まあ、いいわ・・・派手なら派手なほどに都合が良い。
「その結婚に・・・異議申し立てる!」
私は大鎌を振りかざし
高らかに宣言した。
私のお兄ちゃんを穢す女・・・絶対に許すものですか。
万死に値するわ・・・!
「僕の絶世の美女な妹!」
「お兄ちゃん! 今から助けるから待っていてね!
催眠ハニートラップ使いの性悪・泥棒猫!
覚悟なさい・・・!」
「ラルー!?」
私は大鎌を持って、バージンロードを駆け抜ける。
そして、タキシード姿のお兄ちゃんの隣にいるであろう女目掛け・・・
大鎌を振り下ろした。
石畳を砕く大きな音と共に、砂埃が舞い上がる。
・・・そこに、人の姿はない。
人影一つも・・・ない。
「・・・・・・え・・・?」
「え・・・?」
改めて顔を上げ、お兄ちゃんの顔を見上げた。
いつも通りの格好良いイケメンなお兄ちゃん。
洒落たタキシード姿が全てを物語っている・・・はずだった。
私は周囲を見渡した。
・・・教会内にはお兄ちゃん以外に、“誰もいなかった”
「・・・・え?」
もう一回、隠しきれない驚きの声が漏れた。
うん、何がどういう事なの・・・誰か説明して・・・?
メゴロウ含める突撃隊も唖然としている。
ポカンと開いた口が塞がらない。
すると、教会の綺麗なステンドグラスが突如、割れると同時に
何人もの“親衛隊”メンバーたちが飛び込んでくる。
彼らは予定では参列者を拉致・監禁する手はずだった。
だが、教会内に到着して
誰もいない事に、彼らは皆、一時停止をして固まってしまった。
ある者は首をかしげて思考をこらす。
ある者は原因はなんだと叫び、他人に当たり
ある者は思考を放棄した。
ああ、その気持ちがよく分かるわ。
だって一番、困っているのは私なんですもの。
やがて、作戦通りに完璧な働きをした“親衛隊”メンバーが
教会内に集合した。
うん、事情を説明しなくちゃならないものね。
こんなに大掛かりな作戦を用意したのに
それが結局は無意味だったって。
だが、その前に
こうなってしまった原因をハッキリさせなくては。
お兄ちゃん・・・悪いけど、私は厳しくするわ。
「お兄ちゃん・・・結婚するって話は・・・」
「・・・ごめん、まさかラルーが今日の事を知らなかったなんて
思ってもいなくて・・・なんか大変な事をさせちゃって本当にごめん・・・」
「え、今日って何か特別な日だったの?」
「・・・4月1日は、エイプリルフールっていう・・・」
「・・・?」
エイプリルフール? 何ソレ?
私が首をかしげると、話を聞いていた“親衛隊”メンバーが一斉に反応した。
ある者はとにかく大笑いし
ある者は“そういう事か”と納得し
ある者は私の事を心配したり。
え、え、え?
エイプリルフールって有名な何かなの?
それで全てが分かるなんて、皆すごくない?
エイプリルフールって何?
暗号か何か?
混乱する私に、そっとお兄ちゃんは教えてくれた。
「今日はね・・・ウソを吐く日なんだよ」
「・・・へ?」
「バレンタインは女子が男子にチョコをあげる日だろう?
それと同じ感じ」
「・・・・~~~っ!!」
「うん・・・本当に、ごめん
知らなかったんだね・・・そりゃ、驚くよな」
「お兄ちゃん・・・!」
「分かったよ・・・いくらでも僕を怒ってくれ」
「結婚しないのね・・・!」
「え?」
「お兄ちゃんが知らない女と結婚しなくて良かったあぁ~!!」
「・・・うん、僕は結婚しないよ
だからそんなに泣かないで・・・!?
僕、ラルーの涙だけで死にそう!」
種明かしをされ
私は怒りを覚えるよりも先に、安心から涙が溢れた。
良かったわ・・・とにかく、良かった・・・!
ウソでよかった・・・エイプリルフール!
人騒がせな日ね! 全く!
「お兄ちゃん~・・・!
悪いけど、しばらく私と一緒にいなさい・・・!
償いとして!」
「うんうん・・・分かったよ・・・
ごめんね、騙して・・・いくらでも償いを受けるから泣かないで?」
「涙が止まらないんだから、どうしようもないわ・・・!」
壮大な準備に軽く数百万が飛んだけど良いや・・・。
とにかくこの時、私は全部がどうでもよくなっていた。
が、他の人はそうはいかなかった。
「女王様!
それで・・・ご褒美は・・・!?」
「・・・ん、褒美・・・?
え、褒美出すわけないじゃない」
「え」
「今日はエイプリルフールとやらよ?
よくわからないけど、ウソを吐く日なのだから許されるでしょう?」
「「「「「う、ウソだああああああぁぁぁぁぁ!!!」」」」」
・・・・
後日談だが
この日の事は裏の世界において重大な事件になり
後に“エイプリルフール・パニック”として記念日的な扱いになった。
何故、そんな風に言われたかと言うと
“親衛隊”メンバーのほとんどが裏においての重要人物で
それぞれに重要な仕事があったのだが
私が皆に招集をかけた事で、皆は仕事をほっぽり出して来たようだ。
ある殺し屋は大物を暗殺する仕事を蹴って。
ある掃除屋は死体の回収を部下に丸投げして。
ある吸血鬼は仲間内から消息を絶ってまで駆けつけてくれた。
そんな急な事に裏の世界はパニックに陥った。
一瞬だけ裏の世界の経済が狂い
大勢の殺し屋たちが慌てて仕事をせざるを得ない状況になり・・・
なのに、出来上がった死体を早急に隠す掃除屋が
慢性的な人員不足から、駆けつけない状況に陥り・・・。
本当に大変な事になったそうだ。
これが世に言う“エイプリルフール・パニック”である。
これが、“死神兄妹”が裏の世界に与える影響力である。
「へティー・・・
貴女なら、最初からお兄ちゃんの話がウソだって気付けたはずよ?
どうして気付けなかったの?」
「えー? 気付いていたよ
日が日だからねぇ・・・」
「じゃあ、どうして止めてくれなかったの・・・
危うく“裏”を崩壊させるところだったのに・・・」
「だってそりゃあ・・・面白そうな事だったから。」
「・・・へティー、貴女ってある意味で最も危険だわ」
「それは褒め言葉だね
それに、万が一に備えてあったから
少なくともこの世界が崩壊する事は無かったよ?」
「だといいのだけれどー・・・」
「ごめんって・・・
でも、まさか死神ちゃんがエイプリルフールを知らなかったなんて・・・」
「まだ、そのことでからかうつもり!?
勘弁して頂戴!」
たった一人がちょっと努力すれば
こんな惨劇は起こらなかった・・・かも知れない。
下らないが全く笑えない話であった。
ていうか、“親衛隊”が怖すぎる事に気付いてしまったわ・・・!
今後は要注意ね・・・!
ラルーのネーミングセンスは安直です。