鮫歯
友達が家に泊まりに来た。両親が旅行に行っているためなんでもやりたい放題だという誘い文句で友達を招いた。
しかし、最近の気温の上昇は人間を滅ぼそうとしているのだろうか、連日三十五度を超える猛暑だ。実家住まいの俺は両親に節約を命じられているため眠る一時間以外クーラーを使わないようにしている。だから、表のドアは風が通るように開けっ放しだ。
部屋で友人と談笑をしていると玄関で音がした。ネット通販で母が買い物をするため、また宅配便業者が来たのかと思い、俺は立ち上がった。
「うわあああ」
その声が自分の出したものだと気づくのに少し時間がかかった。そして、恐怖心がふつふつと沸き出し、震えだした。玄関にいたものはいつも元気の良いお兄さんではなく、赤いロングコートを着た百八十センチを超えるであろう女だった。手足を蜘蛛の脚のように折り曲げ四本足で歩いてくる。長い髪の毛は顔をすっかりと隠し地面に触れている。
その異様な女は俺の叫び声を聞くと、進行を辞め、右手で視界を遮っていた髪の毛を横に流した。現れた目はカラコンでも入れているのだろうか猫のように瞳孔が縦に細長く金色をしていた。
「ぁぁこんにちわぁ」
目が合うと女は微笑んだ。歯はサメのようにギザギザになっている。形がボロボロでありいくつか折れている歯がある。自分で歯の整形をしたのかもしれないほど不細工な形だ。
獰猛類のような女は再び移動を始めた。俺に向かって。
「あああああああ!」
余りの恐怖に声を上げることしかできず俺はその場に立ち尽くしてしまった。女が目の前に来て、前足の役割をしている右手を伸ばしてきた。
「うふふふぅ、やぁっとぉ触れられるぅぅぅぅぅぅぅ。キミヒロくぅぅぅん」
女の手が僕の顔に触れた瞬間。僕の声を聞き駆けつけた友人玉森が女の顔を蹴りあげた。勢いよく後頭部を地面に打ち付け女は殺虫剤を吹きかけられあおむけになったゴキブリのように手足を勢いよく何度も動かした。
「なんなんだお前は」
玉森はすかさず女の腕を取り関節技をかけ、拘束した。
「なんだぁ、お前はぁぁ、キミヒロくんのなんなんだぁ」
女は暴れるが柔道家の玉森の寝技から逃れることができないようだ。
「なんだこの女はものすごい力だ。おい、キミヒロ警察だ。早く警察を呼べ」
玉森の怒声で俺の硬直は解け、急いで警察に連絡をした。
駆けつけた警察により女は連れて行かれた。しかし、余りの怪力に捕縛しようとしていた警察官は大変手を焼き、両手両足に手錠をすることによりなんとか連行することができた。女が暴れまわったおかげで玄関と警察官はボロボロになっていた。
その日の夜、警察から連絡が入った。女はどうやら俺のストーカーであり前世から結ばれる運命であったという妄想に取りつかれているようだ。まともな取り調べもできず精神的異常者であるようで責任能力を問うことも難しいらしい。とりあえずは何日間は拘留するようで今後の処遇はまだ決まっていないようだ。
「俺が一緒にいてやるよ」
玉森が怯える俺のために両親が旅行から帰ってくるまで泊まってくれると言った。その言葉が大変うれしく、頼もしかった。俺の気を紛らわせようと面白い話をいくつもしてくれた。
「腹が減った」
玉森がそういったので俺は台所に行きラーメンにお湯を入れた。玉森は俺のためにひたすらしゃべり続けてくれている。
「それでさ、佑介の奴が言うわけだ。これが俺のポリシーだ。って、そんなポリシーなんか鼻かみに包んで捨てちまえって、いったんだけどさ。そしたら、佑介は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・バカみたいな顔で大笑いをしたんだよ」
話の続きを考えていたのだろうか、玉森の言葉が一瞬詰まった。
「あっそうそう俺は豚骨ラーメンがいいな」
「分かったよ」
俺も食べたかったので豚骨ラーメンを二つ用意した。お盆に乗せ、俺は玉森の待つ部屋へと向かった。その間も玉森は面白い話を続けてくれている。
「はいよ、お待たせ・・・・・・っ」
部屋に入ると、首が百八十度曲がった笑顔の玉森が居た。そして、玉森の頭を捻っている例の女がそこにいた。女は絶命している玉森の声でこちらに向かって話している。あの言葉が詰まった時、すでに玉森は殺されていた。そして、この女が代わりに俺に向かって話していたのだ。
俺と目が合うと女はあの鋭い歯を見せ、笑った。
「キミヒロくぅぅん」
家の電話が鳴っている。多分警察からだろう。女が脱走したとかそんな感じの内容のことだろう。しかし、残念ながら俺はその電話に出ることはできない。
電話がけたたましくなっている。