春先の夕日は妖怪を鬱にする
ども、はじめまして。
楽しんでいただけたら幸いです。
時々、欝気味になってベッドに潜りこんだまま、二度と起き上がりたくないと思うことがある。
それは大抵、蝉が鳴き叫ぶ真夏日の夕べだったり、雪が溶けて土筆が顔をだす春先の夕べだったり、今日のように温もりを大分に含んだ春真っ盛りの風がふいている夕べだったりするのだ。
俺の起床時間は常人のそれと比べて少しばかり遅い。今も夕日色に染まった雲が窓の外を流れていくのを尻目に、この欝な気分をどうにかして振り払えないか試行錯誤していた。試しに布団を蹴飛ばし「ふとんがふっとんだー」と明るく言ってみたが、余計に心が沈んでしまった。
しばらくの葛藤の末、機械的に自らの足をひんやりとした床に投げ出し、不承不承ながらも起き上がることに成功した俺は、夢遊病者のように廊下へと向かった。
ぼろぼろで、酷くこじんまりとしたアパートの、西側のこの一室は今頃の時間帯になると差し込む夕日で部屋全体が濃いオレンジ色に染まる。殺風景なこの部屋は、今にも朽ち果ててしまいそうな色をしたヒノキの床の上に、簡素なベッドと古ぼけた台所が端にある以外何もなかった。それらを全て目の端で捕らえ、玄関へと続く廊下の途中にあるドアを押し開けて洗面所に入った。
目の前の鏡には脱力しきった表情を浮かべる男が映っていた。俺だ。短い黒髪は寝癖の所為か、所々撥ねていて、その半分ほど開かれた薄茶の目には生気というものがまるでなかった。よれよれの白いTシャツを着て、下半身には灰色のトランクスと、見事に冴えない空気を醸し出しているその男は - まぁ、俺なのだが - おもむろに蛇口をひねり、ひんやりとした水で顔を洗った
色々と支度を済ませ、玄関のダイアルを『三』にあわせ外に出た俺の姿は打って変わって重々しい不雰囲気を纏っている。こげ茶色の、膝まで届く皮のコートを羽織り、茶緑色のベレー帽を目深にかぶった怪しさMAXの上、下は黒ズボンと革靴という非常に足音が響き易いものを履いているのだ。恐らく警察なんてものが俺を見たら、問答無用で現場逮捕だろう。此方は職業でやっているのに、理不尽きわまりない。まぁ、それは彼らが俺を見つけたら、という話しであって、どうせ見れないのだからまったく関係ない。
もう既に夕日の沈んだ外にでると、町外れにふさわしい静かな空気が俺を包んだ。コートの襟に顎を埋めて歩くその姿たるや、まさに変質者。この姿を見ると同業者は必ずと言っていいほど笑うので、なるべく素早く歩いて行動する。今回の仕事相手は此処から1kmほど離れた所にある不動産屋の女性社員、結構可愛い。自然とほくそ笑む。別にやらしいことを考えているわけではない。
同僚から渡された写真を見ると、肩ほどまでの黒髪にキリリと釣り上がった鋭い目の、気の強そうな女が映っていた。その目の薄蒼いところを見ると、ハーフではないかと推測できる。可愛いじゃぁないですか。お兄さん、俄然やる気がでてきましたよ。
途中にあった小さなスーパーでヨーグルトを購入した。店員さん方の視線が痛い。でもしょうがないじゃないか、好きなんだもの。
白いビニール袋を片手に提げ、足早にその場を去る。
さて、仕事だ。
情報によると、彼女は黒田優希というらしい。そして勤務時間は夜の七時まで。意外と早い。やることも無いので10分ほど近くのコンビニの周りをぶらつく。暫くすると疎外感あふれるこの場所に足音が聞こえてきた。そっと伺うと、社員制服を着た黒田優希が此方に向かって歩いてくるところだった。素早くコンビニの影に移動し、目の前を通り過ぎるのを待つ。彼女が通ってから数秒後に、後を追うように物陰から姿を現し追跡を開始した。これは飽くまでも仕事であって、ストーカー行為ではない。決してだ。
彼女が住んでいるマンションは既に把握済みだ。するべきことは、マンションの約20メートル程手前で彼女に質問する。ただ、それだけだ。仕事だし。
コツ、コツ、とハイヒールの音が跳ね返る道路で、俺は音も無く彼女をつける。そして丁度曲がり角を曲がったところで、おもむろに自分の革靴で足音をたてた。
コツ、コツ、カッ、カッ、コツ、コツ、カッ、カッ。
ぴたり、と彼女は止まると、恐る恐る後ろを振り返った。その薄い青の目には、少しなからず恐怖の色もある。質問タイムだ。
「何か・・・?」
「赤が好き?白が好き?それとも青が好き?」
俺がこんな意味不明な質問をする理由?それは俺がターゲットの人間に好きな色を聞いて、選ばれた色によってソイツを殺したり殺さなかったりする、都市伝説にもなった、お茶目でチャーミングなイケメン妖怪だからである。
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