死ねない男
牢屋の端の方の列を担当することになっている新米の看守は、今の仕事にとても満足していた。
見回るだけで金がもらえるわけだし、日ごろの鬱憤を、少し怪しい行動をする囚人を怒鳴りつけることで晴らせることが、特に看守という仕事の魅力であった。
妻の毛皮ねだりや、子供のおもちゃねだりなど、昨晩にためられたその看守の鬱憤は、仕事によって晴らされるのであった。
しかし、その看守には、一つだけ悩みの種があった。
端から二番目の牢屋にいる男が、毎日のように「死なせてくれ、死なせてくれ」と言うのだ。
いくら怒鳴っても静まる様子はなかったので、看守は、静かになるのならと話を聞いてやることにした。
その男が言うには、自分は何度自殺しようとしても死ねなかったという。
男は思考を凝らし、死刑にしてもらおうと、ナイフ一つ持って街に出た。
そして、手当たり次第に人を刺してまわった。なるべく一人でも多く殺した方が良いと思った。
もういいかなというところでおとなしく捕まってやった。
裁判には弁護士なしで行った。自分を弁護する人間など必要なかった。
しかし、裁判はそう上手くはいかなかった。
「被告に無期懲役を言い渡す。」
「な、何故だ。死刑にはしてくれないのか」
男はひどく失望した。
獄中ではいつでも自殺はできるのだが、今までの経験から無駄だとわかっている。
そうしていつも「殺してくれ」と叫んでいるのだ。
男は静まる様子はないし、自分で死んでくれそうにない。
看守は、望んでいるなら殺してやればいいのにと思った。
そしてその旨を、所長に直接言った。
「彼自身が望んでいるのならば殺してしまえばいいでしょう。」
「ああ、そういえば君は新人だったな。まだあの刑については知らないのだったな。」
「あの刑とは?」
「簡単にいえば極刑だ。死刑を超える極刑、生存刑だ。いくら死にたいと思っても死なせてもらえないのだ。」
「しかし、本人が死を望んでいなければ無駄じゃないですか?」
「だから入所する前に薬を飲ませるのだ。あの囚人は裁判で生存刑を受け、薬を投与され投獄された。その薬で囚人の記憶を改変し、死にたいという願望を持たせたまま生かすのだ。偽の記憶のせいで自殺をしようなんて思わないし、第一自殺できる道具が見あたらない。死刑の苦しみが一瞬なら、この苦しみは永遠に続くというわけだ。」
看守は、少し残酷に思ったが、殺人に巻き込まれる人のことを考えるとそれも当然かもしれぬという風にも思った。
しかし、囚人の中には更生して、釈放される者もいるし、この囚人も例外ではないかもしれない。
「では、もし囚人に更生の様子があらわれたらどうするんですか?」
「ああ。」所長は椅子をクルリと後ろに回しながら言った。
「ナイフでも渡しておいてやれ。」
ちょっと星新一を軽く読んだ衝動で書きました・・・。呪われるかな・・・?