【第17話】
それからコウと乃亜は、頻繁に会うようになった。もちろん、結衣島乃亜として。
一見澄ましていて、とっつき難そうに見える彼だったが、何処にでもいる普通の男の子だった。
コウは所沢にある高校に通っている。自宅は武蔵藤沢だったから、彼が入間まで来る時もあったし、乃亜が所沢まで出る事もあった。
日曜日には航空公園まで出向いて、芝生の上で乃亜が作ったお弁当を広げたりもした。
淡い陽射しに照らされた彼の茶色い髪が、風でそよぐ姿が乃亜は好きだった。そして、彼の笑顔の中で光る澄んだ瞳は、まるで精霊が宿ったように乃亜の心を捕らえた。
彼の瞳に見つめられると、乃亜の心は少しだけ浄化されるような気持ちになった。
何度目かに会った夜、コウが乃亜の部屋に来た。
「一人暮らしの部屋に入ったのは初めてだな」
コウはそう言って笑うと「女の匂いがする。いや乃亜の匂いかな」
「何それ? どんな匂い?」
「甘くて、切ない香り」
「フレグランスかムースの香りでしょ」
乃亜は、紅茶の葉をティーポットに入れると、お湯を注ぎながら言った。
「そうかもね」
コウはただ笑って、ベッドの上に腰を下ろして足を投げ出した。
「ねえ、亜矢乃とは、した?」
「なんだよ急に」
「ううん。何となく訊いてみたかったの。だって、あんなに開放的は笑顔を浮かべるんだもの」
コウは紅茶を一口飲むと
「俺にその気は在るんだけど、彼女、意外と固いよ」
乃亜はコウの言葉に思わず吹き出した。
「キミは?」
「何?」
「乃亜も固いの?」
「試してみる?」
コウは乃亜の顔に自分の顔を近づけると、そのまま唇を重ねた。
乃亜は彼に押し倒されるまま、身体を委ねた。
彼女は、初めて自分からTシャツを脱ぎ捨てた。何故かは判らなかったが、燃え上がる身体の熱が、そうさせたのかもしれない。
そんな気持ちになったのは初めてだった。これが人を好きになると言う事なのだろうか。
全てを受け入れて欲しくて、全てを見て欲しくて……
コウは、一瞬乃亜の白い胸に目を止めると
「綺麗だ……」
乃亜はほくそ笑んで「胸?それとも、カラスアゲハが?」
「これ、カラスアゲハって言うの?」
コウはその美麗な翼を優しく撫でると「小さいときに見た時ある」
「あたしの事は縛ったりしないでね」
「何?」
コウは、乃亜の胸の上で顔を上げた。
「エッチなDVDを借りてたでしょ」
「ああ、あれは、自分ではとても出来ないから面白いんじゃないか」
そう言って微笑むと、彼は乃亜の胸に頬をつけた。
コウの頬はスベスベしていた。その温かさが乃亜の胸に優しく伝わり、それはずっと奥の方まで染み渡った。
肋骨を抜けて心臓を抜けて、そして心の奥まで浸透すると、何だか自分の気持までが優しくなるような気がした。
彼の反応を見るまでは怖かったけど、全然恥ずかしくなかった。
彼ならきっと受け入れてくれると思った。
もしも、まだナツミが生きていてくれたら、今ならきっと打ち明けられる。彼女もきっと受け入れてくれるだろうと思った。そして、ちょっぴり悲しい顔で慰めてくれたに違いない。
生きているうちに打ち明けておけばよかった。
彼女の生死とはまったく関係ない事なのに、ナツミに秘密を持っていた事が、何だかとてつもない後ろめたさを生み出して、涙が込み上げてきた。
生々しい息使いのコウが、途端に愛しく感じて、乃亜は彼の頭を両腕で抱えるように包み込んだ。
自分が少しだけ大人になった証拠なのだと思った。