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DUAL  作者: 徳次郎
11/27

【第11話】

 日曜の朝はやたらと暖かかった。ベッドから起き上がった乃亜がカーテンを開けると、春の陽気が直接部屋の中に降り注いで、何だか心まで穏やかな気分になる。

 ベランダの数メートル先には、一軒屋の民家の庭があって、すっかりと花の散った梅の枝にとまったメジロが、大きな目でチョコチョコと頭を動かしていた。

 綺麗な黄緑色の体をしているので、よく鶯と間違える人がいるらしいが、もちろん、メジロはホーホケキョとは鳴かない。

 乃亜はパジャマのままコーヒーメーカーのスイッチを入れると、キッチンの隅に置いてある洗濯機のボタンを押した。

 昨晩、ナツミは来なかった……って事は、彼氏の所に泊まったのかな。携帯が繋がらなかったと言う事は、そういう言だろう。

 家に帰ったのなら、携帯の電源を切るはずはない。

 昨夜、一度だけナツミの携帯にコールをしてみた乃亜は、そう思っていた。

 だから、ハッピーバースデーのショートメールだけ、0時すぎに送っておいた。

 返信が無かったのはちょっと寂しいけど、きっと彼氏と取り込み中だったかも知れない。



 ナツミとは小学校の時から同じ学校だが、中学一年の時に初めて同じクラスになった。

 二年の時にはクラスが別だったが、仲の良さは変わらなかった。クラスが別になっても付き合える友達は乃亜にとって初めてだった。

 二年の夏、父親との事があってから、乃亜はナツミと何時も一緒に行っていたプールにも行かなくなった。

 彼女はいったいどうしたのか。何か悩み事でもあるのかと、頼りない口調ながらもしきりに気にしてくれた。

 何度ナツミに打ち明けようと思ったか。その度に乃亜は涙が込み上げてきて、一生懸命それを堪えると、打ち明けようとする気持ちまでが潮のように引いていくのだった。

 そして、結局彼女にも何も打ち明ける事は出来なかった。

 その代わりに、乃亜は家の外ではごく普通の女の子でいられるようになった。

 ナツミは、小柄な乃亜に比べると女子では大きい方で、中学の部活ではバスケットをやっていた。乃亜も次第に背が伸びたが、中学三年生頃で止まってしまう。

 ナツミも同じ頃に伸びなくなったとぼやいていたが、150センチをようやく超えた乃亜に比べて、ナツミは160センチをかるく超えていた。

 それでも彼女は高校へ入ってからはバスケを止めてしまった。



 乃亜がそんな事を考えながら、テレビの画面を眺めているうちに、コーヒーの香りが部屋の中に広がった。

 日曜日の朝は、何だか外の様子が穏やかで、いつもより静かに時間が流れてゆく。そうやってのんびり構える日曜の午前中は、結局いつの間にか通り過ぎていくのだ。

 テレビを点けっぱなしにしたまま部屋に掃除機をかけて、洗濯して、あっという間にお昼を過ぎていた。

 洗濯ものを干し終えたその時、携帯の着メロが鳴った。

 モニターの表示はナツミだった。

 きっと彼氏の家に泊まったのだろう。今日会えれば、プレゼントを渡そう。乃亜はそう思いながら携帯を耳にあてた。

 今日一番にメールしたけど、取り込み中だった?そんな言葉を彼女は準備していた。

 しかし、電話に出ると、向こうから聞こえたのはかすれたような男の声だった。

「由衣島乃亜さんですか」

「はい…… そうですけど……」

 かすれた中年の声は、乃亜にはとても怪しいものに聞こえて、途端に警戒心で心を包み込んだ。

 迷惑メールならまだしも、時折変な電話が掛かってくる事もあったからだ。

「ナツミの父親です……」

「あっ…どうも、こんにちは」

 男の言葉に、彼女は息をついてそう返した。

 前に何度か会った事はあるが、電話の声だけ聞いてもナツミの父親だと言う事は彼女には判らなかった。

 しかし、それと同時にまた別の緊張が心を呑み込む感じがした。

 母親はどうと言う事はないが、誰の父親でも、乃亜は苦手だった。

「ナツミの事なんですが」

「ああ、はい……」

「昨晩は、そちらに行きましたか?」

「えっ、いいえ。あの……昼間は一緒でしたけど……」

 どうしよう…… 何処まで話していいの……?

「夜は、何処に行くか言ってたでしょうか…」

「あ……いえ、あの……」

 どうしよう…… 彼氏の家に行ったと言えば、彼女がまた叱られるかもしれない。

 ナツミと連絡がつかないのだろうか……?

 一瞬の沈黙に、ナツミの父親は

「あの男の家に行ったんですね……」

「いえ…… あの、はっきりとは」

 再び少しの沈黙があった。この時乃亜は、なんだか向こうの様子もおかしい事に気がついた。

 それに携帯…… 着信モニターにナツミの名前が表示されたと言う事は、今この父親はナツミの携帯電話から掛けているのだ。

 どうして父親はナツミの携帯を使って電話を掛けて来たのだろう。ナツミが家にいるのなら、どうして本人に直接訊かないのか……

 その時、電話の向こうの声は言った。

「ナツミは死にました……」


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