夏休みになるまでに(槻弓)
夏休みまで2ヶ月を切ったある日。
俺は家の近くの公園で話をしていた。
「なぁなぁ、聞いてくれよ」
ソイツは俺の座ってる前でブランコに乗りながら言った。
「俺さぁ、好きな人がいるんだけどさぁ……」
「そうか。んじゃぁな。ガンバ」
「まてまてまてぇ〜い!」
俺がベンチから立ち上がると、ソイツはブランコの上からジャンプした。
そして、残念ながら見事に着地した。
「なぁ、相談に乗ってくれよ」
「ヤだ」
即答してやると、すぐに反応できずに鯉のように口をパクパクさせている。
「おいおい、少しは悩めよ!」
ソイツは俺の襟を掴んで激しく振る。
「お前はそれでも友達かぁ!?」
「まぁ待て。話は聞いてやるからぁぁぁぁあぁああ!」
待てと言った所から揺れを激しくしやがった。
…後で殴る
ソイツと俺は中学の頃に仲良くなったが、高校は別々の学校になった。
それでも、それからも暇があれば一緒に遊んでいた。
ソイツの話によると、意中の人は同じ委員会なんだそうだ。
「へぇ。なら問題ないじゃん」
「それがさぁ……」
普通に話はできるが、彼女に関する話題になると変に緊張し過ぎてしまうらしい。
「んじゃぁさぁ、お手つきかどうかもわからんの?」
「……あぁ、そうなんだよ」
「…………」
「おぉい! 待ってくれよ! お前だけが頼りなんだ!」
今度は袖を掴んできた。
…そんな目で俺を見るな
「んなこと言われても、そんなのもわからんのじゃぁねぇ」
「じゃぁよ! わかったら相談、受けてくれるんだな!」
一気にまくし立てるソイツに、ついどもってしまう。
「も、もちのろんだともワトソン君」
「わかった! じゃな!」
それだけ言って、ソイツは去っていった。
こうして俺は、一人公園に取り残された。
「……っ! そういえば」
慌てて時計を探す俺。
今日は楽しみにしていた『地獄少○』の日だった。
やっとのことで時計を見つけ……
…時間を確認した
「……次会ったら絶対に張り倒す」
数日後、俺は再びソイツと会った。
「彼女さ、今いないんだって!」
会ってそうそう、ソイツは廃テンションだった。
…ん〜。そろそろぶっ飛ばした方がご近所のためかな?
「そうか。んじゃな」
「おいこらぁ! 相談に乗ってくれるんだろ!」
話によると、委員会でちょっとした雑談があったらしい。
内容は、彼女・彼氏とのデート話。
その時、彼女がフリーだと公言したらしい。
「なら次は仲良くなればいいわけだな」
ソイツは俺の言葉に大きく頷いた。
「全くその通り。 で、どうする?」
「委員会の奴らと一緒に遊びに行けば?」
いきなり2人っきりは無理だろうと思って提案してみたのだが……
「えぇ〜〜」
と、なにやら不服なご様子だ。
…殴るぞ
「……じゃぁ、それがダメなら部活の大会にでも呼べば?」
それを聞いたソイツは肩をすくめて
「バカか? そんなつまらん所に呼べるかぁ?」
と、ハッキリと言ってしまった。
…うわぁい。ぶん殴ってやるぅ〜♪
だが、紳士な俺様はそんな気持ちを抑えて聞いてみた。
「そうか? いいと思うが?」
「お前って古臭い人間だよなぁ。いまだに『きまぐれオレ○ジロード』とか『とき○きトゥナイト』、歌は『光○ENJI』だもんな、しょうがないかぁ! はっはっはっ!」
俺達の周囲の気温が2度ほど下がった。
ような気がした。
「……なぁ」
「うん? どったのセンセイ?」
「一度、死んでみる?」
大会の数日前、またソイツと会った。
前回よりもテンションが上がっていて、今にも道頓堀川に飛び込みそうだ。
…俺、もう、相手するのが疲れたよパト○ッシュ
「いやぁ、運が向いてきたでしかし!」
…某死んだ漫才師の人かお前
ソイツ曰わく、彼女が大会へ応援に来るそうだ。
まぁ、もちろん友達を引き連れてだろうが。
ソイツはとにかく上機嫌で、勝手に色々と喋ってくれた。
まぁ、楽ではあるが、今日の俺には…
始めはまだ頭の上にあった太陽が、いつの間にか頭の横辺りになっていた。
「……さて、そろそろ用事があるから帰るわ」
いつもは向こうから話を切り上げるが、今日は俺から切り上げたので意外に思ったようだ。
「おぅ? そうか、悪かったな」
…やっと気付いたか
「今日は何の日だったっけ?」
「○lood+」
「あぁ、あれね」
題名を聞くとソイツは顔をしかめた。
以前に一緒に見たとき『この時間帯で流すやつじゃないだろぉ!?』と言っていた。
「そ、それよりも! 大会頑張れよ」
また、そう叫びそうだったので先手を打っておく。
「なぁに、大丈夫さ。彼女にいい所見せなきゃな!」
単純なソイツは、笑顔でそう言った。
そして、上機嫌なソイツは、俺が見えなくなるまで笑顔で手を振っていた。
その夜、夢でうなされたのは黙っておこう。
夏休みまで後1ヶ月を過ぎた。
ちなみに、大会は毎月の始めにある。
ソイツは大会でトップ3になったと聞いた。
しかし、会った時、不覚にも開いた口が塞がらなかった。
「ど、どうしたの?」
ついつい優しくなってしまう。
…だって、泣いてるんだもん。
久しぶりに会ったソイツは、目が少し赤かった。
ついでに隈もあった。
「うぅ、聞いてくれぇ」
「ウン、ワカッタ。お前はただのバカやね」
泣いていた理由。
それはただの寝不足だった。
「酷いなぁ、ふわぁぁぁ」
大会後、電話番号をみんなで交換したのだが、その後、電話をしようかずっと悩んでいただけらしい。
「そんなの簡単なことだ。三分クッキングの三十分の一で解決できるぜ?」
その言葉にソイツは勢いよく顔を上げる。
「ほ、本当か!?」
その顔は、藁にでもすがりたいような感じが伝わってくる。
「あぁ、それはだなぁ……」
「それはぁ!?」
俺は胸を張って言った。
「電話しろ」
ーバキッ
…俺の目の前は真っ暗になった
「いかん、始まる」
今日はIG○Xだ。
コレはOPがかっこいいランキング上位の作品だ。
ちなみに、この前見逃した『地獄少○』もランクインしている。
俺の中ではオスカーやゴールデングローブ以上の価値がぁ〜……!
と、一人で議論していると……
ピロリロリロ〜
「…………」
…誰だよ! 電話なんてかけてくる奴は!
と思いながらも電話にでる俺様ってエラいなぁ。
ピッ
「はい、もしも…」
「よう!」
ピッ
「さぁてと、見るかなぁ」
TVに向き直ると、残念ながらOPは終わってしまったようだ。
が、HDDに取ってあるから問題無し。
ピロリロリロ〜
「…………」
ピッ
「いきなり切るなよ!」
「うるせぇぇ! こっちはなぁ……!」
「…悪かった」
20分の激論の末に、俺は勝利を収めていた。
「わかりゃぁいいんだよ、わかりゃぁよ」
「……はぁ」
心なしか疲れているみたいだ。
「で、何のようだ?」
電話からは、心底疲れたような声が返ってきた。
「あのなぁ……」
こんな話だった。
彼女から買い物に付き合って欲しいと頼まれたこと。
そして……
「告白ねぇ…」
告白のタイミングについてだった。
さっきは適当な時にしたらいいと言ってしまった。
…まぁ、特に心配しないでいいかな
軽い後悔の念に浸りながら、俺はコップを片づけ自分の部屋に戻った。
ちなみに、電話が終わった時には別の番組の流れていた。
そして今日、俺は学校が終わったその足で公園に向かった。
まだお昼真っ只中。
木陰になっているベンチに座っているのに、早くも汗だらけになってしまった。
蝉の声がこの暑さに拍車をかけているようだ。
「ぉ〜ぃ」
「ん?」
公園の入口辺りから声を掛けてくる影。
その影は汗だくになりながらも、走って近いてくる。
「わり〜、待たせたな」
あまり反省の色が見えないセリフだ。
「ん、悪い」
そんな俺の軽口を無視して話を進める。
「やっと夏休みだな」
「やっと夏休みだよ」
不意に沈黙が降りた。
お互いの呼吸音と、蝉の声だけが取り残されたように。
しばらくして、その沈黙を破ったのは俺だった。
「……今回の夏は何する?」
「………今回は、やめとく」
「……そっか」
昨日、電話があった。
さりげなく?
告白をしたら、彼女の方もさりげなくOKしたそうだ。
その時、俺は嬉しかった。
そして、ちょっぴり寂しくなった。
もう、あまり遊べなくなってしまうのだろう。
たが、それでも嬉しかった。
「……帰る」
俺は、憎たらしく輝く太陽を、目を細めながら見上げ、ベンチから腰を上げた。
それに続くように立ち上がる気配がする。
「…おい、永井守」
歩き始めた俺を呼び止める声。
「……ありがとよ」
それだけ呟くと、気配はどんどん遠ざかっていく。
俺は振り向き、その背中が遠くなった所で呟いた。
「おめでとう、柴原慶次」
子供達が公園になだれ込んでくる。
この子達も学校が終わったのだろう。
俺は子供達の明るい声を聞きながら、遠回りをして帰った。
この夏は……
まだ始まったばかりだ………