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君の左手(詩斗)

 僕の手のひらに今、大きな大きなシアワセが。



 * * * * *



「危ないっ」


 最近の大寒波のせいで地元の道路はほぼ全てがつるつるに凍ってしまった。

 寒さに身を縮ませなければならない上にいつ車道から車が飛び出してくるのか、自転車は転ばないだろうか、そんなことを考えながら生活しなければならない不自由さというものを実感しているところだ。

 けれどそんな風に注意しながら生活すること2ヶ月。

 いくら例年は真冬だって雪の降らない地域でも、2ヶ月もそんな生活をしていたらいい加減慣れる。多分この地域に住む誰もが、そろそろこんな生活にも慣れてきたはずだ。

 ――と、僕は思っていたんだけれど考え方が甘かったようで。


 今日も学校帰りにさりげなく君は僕の隣を歩いている。

 僕はそんな君の足元に、さほど大きくはないが小さくもない水溜りを発見した。もちろんここのところの大寒波のおかげで表面は凍ってて、太陽の光を反射してキラキラと光っている。

 危ないって注意しようとした矢先に君は歩を進め、ツルリと足を滑らせた。

 いつもならあんまり深く考えないけれど、こういう時は一緒に帰っていてよかったと心底思う。こうやって、君を助けることができるんだから。


「大丈夫か?」

「あはは、またやっちゃった。ありがとゆうちゃん」


 僕に左腕を捕まれて、身体を斜めに傾かせたまま君は笑う。若干顔を引きつらせていて、強がってるのが丸わかりだ。

 きっとこれが他人だったら“また”ってところに呆れてしまうけれど、どうしてかな。相手が君だといつだってつられて笑ってしまうんだ。

 君が状態を整えてから、僕らはまた歩き出した。転びかけたことなんて君は全く気にしてなくて、すぐにいつものおしゃべりが始まる。

 僕としても君の話を聞くのは好きだしとても楽しいんだけれど、集中できない。やっぱり僕には“また”って言葉が気にかかるみたいだ。

 君の話を右から左に聞き流す形で、少しの間、どうにかできないものかと考えたはじめた。

 突然僕が相槌さえ打たなくなったものだから君は不審に思ったんだろう、僕の目の前にまわり込んで上目遣いに睨んでくる。

 怒ったような表情の中にちょっとだけ不安が見え隠れしてるのが、可愛いなって思った。


「ゆーうちゃん? 聞いてますか」

「……ほら」


 脈絡のない僕の言葉にさらに眉をよせる君。けれど僕の言葉の意味を理解するにつれて、顔を赤く染め上げていった。そしてそのまま氷のように固まった。

 察しが悪いうえに相変わらずの恥ずかしがりだな。しばらく待てば溶け出すだろうとこれまでの経験を基にそう考え、僕はそのまましばらく待つことにする。

 3分後、溶け始めると同時に君はうあうあとわけのわからない言葉でうめきだして、解読しようとしてもそれは僕には不可能なもの。

 うめき続ける君を今度は僕が不審に思って眉をしかめる。すると突然真っ赤な君は、僕の差し出している手をひったくって急ぎ足で歩き出した。

 君と僕とじゃコンパスの差ってものがあるんだからもう少しゆっくり歩いて欲しいんだけれど、目に付いた君の顔にその考えを引っ込める。

 ちらりと見えた君の横顔は真っ赤。ゆでだこだって負けてしまうくらいに。前方だけを睨みつけて急ぎ足になるのは、君のわかりやすい照れ隠しだ。

 いくら初めて手を繋ぐからってここまで恥ずかしがることがあるのかな。

 確かに動機は君のため。けれど僕だって嬉しいんだ。嬉しすぎて恥ずかしさなんか感じないくらいには、ね。


 次世代ミスター・ビーン。お調子者の君はそう評されている。

 鉄仮面を被った舞姫。それが僕だそうだ。

 こんなにも性格の違う、接点だってなかった僕らが付き合っているなんてそれこそまさに夢みたい。

 僕からすればこんなシアワセを想像したことなんてない。これほどシアワセを感じたこともない。

 いつまでも顔を真っ赤に染めあげて、それでも手をぎゅっと握り締めて離さない。右手に感じる温もりを、どう表せばいいのだろう。


 君から受け取る大きなシアワセ。思わずにやけてしまいながらも、僕はゆっくりかみ締めた。

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