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当主様に座る仕事

掲載日:2026/04/25

たまには、参加してみようかと。

まぁ……気まぐれですね。


「失礼します」


 下げた頭を上げると、いつもより若い男性。先日からこの家の御当主となられた方だ。

 しかし、私の仕事は変わらない。

 スタスタと歩き、普段の定位置へとすわ⸺。


「⸺待て」


 ……る前に、当主に止められてしまった。

 先代から話を聞いていないのだろうか?


「誰だ、お前は。何故私の元まで来た。目的はなんだ?」


 鋭く睨みつけるその目は、警戒一色。やはり、聞いていないのだろう。八年前にも、同じ様な目を見た。即ち、親と子は似ているし、先代も先々代と同じように説明をしていなかった様だ。


「アルテアと申します。貴方様の元へ来たのは、私の仕事を果たす為です」


 そう言って、がら空きの膝の上に座る。⸺先代よりも鍛えているのか、少々硬い。だが、悪くない。


「⸺ッッッ!?」


 膝の座り心地を確かめていると、投げ飛ばされてしまった。そして気がつくと、喉元には剣先が突きつけられている。

 …………暫しの沈黙。それを破るかの様に扉が叩かれる。


「入れ」


 そう当主が告げると、入って来たのは執事のマーディスさんだった。彼は部屋に入ってすぐ、当主に剣先を突きつけられている私を見て、冷静にこう言った。


「旦那様。彼女は怪しい者ではございません」と。


 *


 私の目の前に、苛立ちを隠し切れていない当主がいる。私は悪……いかもしれないが、仕事をしに来ただけだ。一番悪いのは先代だと思う。


「で、マーディス。コイツはなんだ。父の愛人か?」

「それは一番無い、と分かっていますよね?」


 先代の愛妻家ぶりと奥方の溺愛ぶりは使用人全員が知っている。先代の元で働き始めた時に詰め寄られ、アレコレ説得したのも懐かしい。あの時は大変だった。追い出されれば行き場が無い小娘だから、必死で。


「人間型の消魔道具とお思い下さい。疑いでしたら、執務机の下から二番目の引き出しの二重底に私の雇用契約書がございますので」

「ほう……? では確かめてみるか」


 この世界で魔力とは大昔の負の遺産であり、先々代以前の世では貴族達の間では当たり前に存在する力だった。

 だがしかし、世代を経るごとに魔力を持って生まれる人間は少なくなってしまった。私がお仕えしているこの家は、この科学発展時代において未だに魔力を保持している稀有な家だ。


 そして過度な魔力保持は、身体を内側から蝕む原因となる。その為、一定以上の魔力保持者は月に一度検査を受けなければならないし、一定値以下の魔力残量にする為に発散をしなければならない。


「……マジかよ」


 素が出ています、当主様。先程説明した通りの位置に私の雇用契約書があり、その内容を読んでいるのだろう。

 一応一年更新なので、契約書の文言は覚えている。簡潔に言うと、”週に一度、消魔として当主の膝の上に座り続ける”。普段は一般メイドとして働いているが、それでも物心がついた頃から行っていた仕事だ。プライドすら覚えている。

 だから、当主に投げ飛ばされて仕事が出来ない事に少々苛ついている。それを表に出さないのがプロという物だが。


「……一先ず、今日はいい。これによれば、普段はメイドとして働いているのだろう? 其方に戻れ」

「御意」


 当主命令ならば、仕方がない。内面では渋々、外面では何でもない様に。執務室を退出した。


 ◆◇◆


 年を理由に侯爵位を渡され(押し付けられ)てから数日。まだまだ慣れない当主の仕事の最中、扉が叩かれたので入室許可を出す。大方、気を利かせたメイド長が紅茶でも用意させたのだろう。


「失礼します」


 だが、その予想に反して入室してきた女は何も持っていなかった。不思議に思いながらその女の動向を見ていると、執務机を回り込み、椅子に座る俺の目の前に来ようとしている事に気づき止める。


「⸺待て」


 その声に女は歩みを止める。だがその目には、不服だという言葉が浮かんでいる。いや、当たり前だろう。使用人が仕える者に何も言わずに近寄るのだ、止めるに決まっている。


「誰だ、お前は。何故私の元まで来た。目的はなんだ?」


 記憶の中を探り、目の前の女が誰かを探す。

 珍しい朱鷺色の髪に、蜂蜜の様な色の瞳。この容姿に当てはまるのは、メイド長の養子でメイドの一人アルテアだと結論付ける。


「アルテアと申します。貴方様の元へ来たのは、私の仕事を果たす為です」


 何を、と問う前に、アルテアは私の膝の上に座った。


「⸺ッッッ!?」


 瞬間女を投げ飛ばし、護身のために置かれた剣を抜いて喉元へと突きつける。なのに女は怯えた様子一つ見せずに俺を見つめていた。

 何を問うか考えていると、扉が叩かれた。誰だ、こんな時に。


「入れ」


 入って来たのは、執事のマーディスだった。彼はこの状況を見て、数秒固まるが、直ぐに口を開いた。


「旦那様。彼女は怪しい者ではございません」と。


 *


「で、マーディス。コイツはなんだ。父の愛人か?」

「それは一番無い、と分かっていますよね?」


 分かっている。父が爵位を押し付けた理由の中に、母と隠居したい事があると確信を持って言えるほどの愛妻家であるし、母の方も聞いていて口の中が甘くなる程父を溺愛している。だからこそ、母が二十も越していないような娘を理由も無く身近に置くことを許す筈がない。


「人間型の消魔道具とお思い下さい。疑いでしたら、執務机の下から二番目の引き出しの二重底に私の雇用契約書がございますので」

「ほう……? では確かめてみるか」


 消魔道具。消魔道具と来たか。言い訳にしてはあからさまに怪しい事を言う。女が言ったことが本当か確かめる為席を立つ。

 消魔道具とは、魔力を所有者の許可無く、そして必要以上に吸い取る魔道具の不良品の言い換えだ。だが今は、停滞し続ける魔力の発散先の一つとして魔力保持者に使われる事もある魔道具でもある。


 そういう俺も、消魔道具を身に着けている。今身に着けている物は、身体の周りに薄い結界を貼る物。発散をしなければならない魔力保持者が使う消魔道具としては、有用と言える。

 だが、俺の魔力回復速度は消費速度を上回っている。そのせいで、週に一度空に向かって高魔力の魔法を放つという習慣が出来てしまっている。面倒でしか無いが、長生きするには必要な事だ、仕方がない。あぁ、確かにこの引き出しは二重底になっているな。


「……マジかよ」


 思わず、素が出てしまった。だが、この女………アルテアが嘘を言っていない事を示す物が出てきてしまったからだ。

 スパイの類かと思っていたが、まさか本当にただの使用人とは…いや、ただの使用人では無いのだが。


 要点を纏めると、アルテアは当主が執務室にいる時に、消魔道具として膝の上に座っていること。つまり、アレか。コイツは”当主”が変わろうと”当主の膝の上に座る”という契約が続いているから、それを全うしようとしていただけなのか。

 あの嫁馬鹿、俺に一言も言ってないとか……別邸の料理人に、一月程毎食ピーマンを入れるように伝えておこう。これくらいなら罰として受け入れる筈だ。


「……一先ず、今日はいい。これによれば、普段はメイドとして働いているのだろう? 其方に戻れ」

「御意」


 取り敢えず、今日の所は帰ってもらう事にした。

 予定を確認し、明日にでも父の所へ詳しい事情を聞きに行かなければ。そう思い、マーディスに紅茶を頼んで執務の続きを始めた。


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