第7話 始まりの日
2話ほど過去のお話になります。第1話より前の時系列ですので、ご注意ください。
「ミレイユ。お前の結婚相手が決まった」
書斎に呼び出されたミレイユが父からそう告げられたのは、十四歳の時。初春のことだった。
「お相手はどちら様でしょう?」
「バークライト侯爵家の嫡男だ」
「まあ」
思っていたよりずっと高位のお相手で、ミレイユは目を丸くした。
だが、すぐに得心がいった。
「私に侯爵領を任せてくださる、というお話でしょうか」
そういうことだ、と父が首肯する。
「去年の一件で、侯爵はいたくお前を気に入ったらしい」
去年、バークライト侯爵は領地の冷害問題を相談するために子爵邸を訪ねてきた。その際、ミレイユも父に混ざってあれこれと助言をし、侯爵はその手腕をとても褒めてくれた。
家格ではかなり劣るマグノリアの娘を娶る理由は、そのくらいしかないだろう。
「長男のオスカー殿は父君同様、領地の経営が心許ないとのことだ。そのまま成長しないようなら、上手く補佐してやりなさい」
「承知いたしました」
それならミレイユは、より一層精進しなくては。将来の旦那様と、領民の健やかな暮らしのために。
父の書斎を後にしたミレイユは、廊下を歩きながら此度の縁談について想いを馳せた。
(オスカー様のことは……あまりよく知りません。どのようなお方なのでしょう?)
確か、学年は一緒だったはず。容姿もぼんやりとはわかる。だが、為人に関してはさっぱりだ。
(純然たる政略結婚ですけれど……。でも……)
父と母の仲は、ミレイユが子供の頃から冷え切っていた。
仕事のことしか頭になく、気の利かない父に母は苛立ってばかりで、些細なことで癇癪を起こして喧嘩になっていた。
二人の言い合いを聞きたくなくて、書庫にこもる日々。両親が不仲なのは子供心に悲しかった。今はもうそういうものだと割り切っているけれど。
できれば、自分は――。
(仲睦まじい夫婦になれたら、嬉しいですね)
政略結婚だからといって、必ずしも愛が芽生えないわけではないはず。お互いを大切に想い合える素敵な夫婦になれたらいいなあ、と。
この時のミレイユは父によって定められた婚姻に、淡い期待を抱いていた。




