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【連載版】幼馴染ばかりを優先する婚約者には、愛想が尽きましたので  作者: 雪菜
第三章

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第4話 そのままで

 展覧会の後、二人は昼食を摂るために大通り沿いの茶店カフェへ向かった。


 賑わう店内で。


「……やっと二人きりでゆっくり話せる」


 注文を済ませると、向かいに座るアルヴィンがしみじみとそうこぼした。

 ミレイユはからかいを込めて微笑んだ。

 

「まあ。二人きりをお望みだなんて、アルヴィン様は大胆なことをおっしゃるのですね」

「今日はその手には乗りません」

「あら?」


 アルヴィンは大真面目な顔でぴしゃりと言う。照れ顔を期待していたので、拍子抜けした。


 そこで、気づく。


(……考えてみれば、こんな風にからかうのは淑女的ではないかもしれません)


 だんだん、普通の会話すらもわからなくなってくる。

 普段より気を張る必要もあってか、なんだか気疲れしてきた。


 そんなミレイユの疲労に気づいているのかいないのか。アルヴィンが真剣な面持ちで切り出す。


「それで、ミレイユ様? 人格矯正というのは、どういうことなのですか?」

「えぇと……何から話せばいいのでしょう」


 ミレイユは頰に手を当て、言葉に悩む。


「事の始まりはですね、アルヴィン様が夏期試験で学年首席になられたと伺いまして――」


 ハッとする。


 アルヴィンに伝えるべき大切なことを忘れていた。

 

「アルヴィン様。学年首席の座、おめでとうございます」

「……あ。ありがとうございます」


 ミレイユがふわりと微笑めば、アルヴィンも一瞬瞳を瞬かせ、すぐにはにかんだ。


 にこにこと微笑み合うこと、数秒。


 再び、ハッとする。そうではない。


 我に返ったミレイユは、こほん、と咳払いした。


「それでですね。アルヴィン様はきっと、将来とても立派な領主となるでしょう。そこで、気づいたのです。アルヴィン様が優秀な領主となれば、私は必要なくなるのではないかと」


 え、とアルヴィンの澄んだ瞳が瞠られる。


「このままでは、侯爵家にはこの先、私との婚約にメリットがほとんどありません。そこで思いついたのです。私が周囲が羨む婚約者となれば、一つのメリットになります。なので、完璧な淑女を目指してみよう、と……っ」

「完璧な、淑女」

「世間的に好かれる淑女になるために、人格矯正が必要なのです」


 ミレイユの主張を呑み込もうと、一生懸命に耳を傾けてくれていたアルヴィンがおずおずと言う。

 

「ミレイユ様は、今のミレイユ様では好かれないとお考えなのですか?」

「賢い女性は世間的には忌避されますし、私は冷徹な自覚がありますから……好かれにくいのは確かかと」


 そこまで話したところで、注文した料理が運ばれて来た。このお店の名物であるパンケーキだ。


 ミレイユはふかふかのパンケーキをさっそく切り分けながら。

 

「政略結婚なのですから、メリットのつり合いは大事なことです。そのための努力なら、惜しみません」

「……僕と初めて顔を合わせたのがいつか、ミレイユ様は覚えておられますか?」

「……もちろんです。侯爵邸でのお食事会でご挨拶しました」


 突然の話題転換に戸惑いつつ、ミレイユは頷いた。


 アルヴィンと初めて顔を合わせたのは、侯爵邸での食事会だ。今から三年ほど前の出来事。

 

「食事の席で、父はミレイユ様を質問攻めにしていました。主に、我が領のことで。冷害の傾向、過去に行われた対策。課税。父からの質問に、ミレイユ様はなんでも答えることができました」


 そんなこともあったなぁ、とミレイユは懐かしく思った。

 

「僕と二つしか変わらないのに、ミレイユ様はとても知識が深く、聡明で――その時から僕はずっと……」


 少し、言葉に迷うような素振りを見せた後。


「あなたを尊敬しています」


 見据えてくる瞳はどこまでもひたむきで、真摯だ。


 ミレイユはなんとなく。本当になんとなく、落ち着かない気持ちになった。


「尊敬する女性とこうして気兼ねなく休日を過ごせる権利が得られたのですから、婚約のメリットは十分ですよ。ミレイユ様が自らを押し殺してまでメリットを作る必要なんてありません」


 真っ直ぐに向けられる敬意を受け止めきれなくて、ミレイユはそっと視線を外した。それから、緩やかにかぶりを振る。


「……それは、メリットとは言いません」 

「納得いきませんか?」

「アルヴィン様とこうして過ごすのは、楽しいですから。私が得をしていたら、それはメリットとは言えないでしょう?」


 ミレイユの論に、アルヴィンは意表を突かれたように目を丸くした。


 口元を抑え、なるほど、と呟いた彼は。

 

「……では、こうしましょうか」


 アルヴィンが徐にフォークとナイフを手に取った。優雅な所作でパンケーキを一口サイズに切り分け、ひと欠片、フォークに突き刺したかと思うと――。


 どういうわけか、一口大のパンケーキは、ミレイユの口元に差し出された。


 アルヴィンが悪戯っ子のような笑みを湛えて、言う。 

 

「どうぞ」

「ええと……」


 たぶん、食べればいいのだろう。


 横髪を抑え、ぱくり、と頬張る。ふわしゅわの生地とたっぷりの蜂蜜の甘さに、思わず頬がとろけてしまう。自然と、口元に笑みが浮かんだ。


 そんなミレイユを見て、アルヴィンが柔らかく微笑んだ。


「これからは時々、こうさせてください。これが僕にとってのメリットです」

「これが、メリットになるのですか?」

「なりますよ」

「……」


 断言されたので、ミレイユはそういうものなのかな、と納得することにした。

 

「……えぇと、そこまでおっしゃるのでしたら」

「じゃあ、ミレイユ様は今から元のミレイユ様ですね」


 心の底からホッとしたように微笑まれて、ミレイユはちょっぴり罪悪感に駆られた。どうやらアルヴィンに心配を掛けてしまったようだ。


 側から見たら、無理をしているように映っていたのかもしれない。


「けど、よかった」

「そんなに心配をお掛けしてしまいましたか?」


 申し訳ないことをしてしまったな、とミレイユがしゅん、と肩を落とすと、アルヴィンが苦笑した。

 

「いえ、そうではなく。ミレイユ様の思考回路でいくと、僕がミレイユ様を利用するだけ利用して捨てる男だと疑われたりしたんじゃないかな、とか過ったので」

「え? あ、いえ、それは……」


 アルヴィンの眼差しが、じっとりとしたものになる。

 

「思ったんですね?」

「……ちょっと、だけ」


 本当に、ほんの一瞬だけ。


 アルヴィンの顔に、くっきりと不服な色が浮かんだ。


「ミレイユ様に求婚した時から、一生大切にする覚悟でいるのですけど」

「もったいないくらい、大切にしていただいております。今後は自覚を持ちますので、一瞬過ったことはお許しください……っ」


 ミレイユが平謝りすると、アルヴィンは苦笑し――。


「それから。人の好みはそれぞれなので、確かに聡い女性や冷静沈着な女性に対して苦手意識がある人も、中にはいるかもしれませんけど」


 表情を引き締めたアルヴィンが、諭すように言う。

 

「逆にそういう女性が好みの人だっているでしょうし。ミレイユ様が好かれないなんてことは、あり得ませんよ。自己評価が低すぎます」

「そう、でしょうか……?」


 ミレイユはあんまり自信がない。見た目で惹かれても、中身を知られたらがっかりされそうだと思っている。


「ミレイユ様はいつ何時も冷静ですけど、実はかなり情に厚かったり。好きなものの前ではわかりやすく目が輝く単純なところもあったりとか。いろんな一面があって」


 あどけなくも端正な顔に浮かぶのは、眩しいほどの柔らかな笑み。


「そのままのミレイユ様が、一番素敵なんですから。変わらないでいてください」

「……っ」

 

(私の婚約者さんは、全肯定が過ぎます……!)


 ここまで全肯定されたら、流石のミレイユも照れずにはいられなかった。ちょっとだけ頬が熱い。


 こんなに甘やかされたら堕落した人間になってしまいそうなので、全部を真に受けてはだめですよ、と己を律しておくのだった。

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