第5話 オスカーの訴え
侯爵邸での夕食会に、オスカーの姿はなかった。
アルヴィンと侯爵夫妻との四人での夕食は終始和やかなもので、ミレイユはリラックスして過ごすことができた。
夕食後は侯爵が先に片づけなければいけない仕事があるとのことで、ミレイユは談話室で夫人とアルヴィンの三人で談笑に興じ――。
約束の時間になったので、ミレイユは侯爵の執務室へと向かった。
談話室を出て二階に上がると、廊下の先にオスカーの姿があった。
侯爵の執務室は廊下をまっすぐ進んで角を曲がった先。オスカーを避けては通れない。
「ミレイユ。今、話せるか?」
彼と言葉を交わすのは、おおよそ二週間ぶりだった。
「侯爵に呼ばれておりますので、あまり長くは留まれませんが……少しでしたら」
承諾すると、オスカーが真剣な眼差しで言った。
「家督の件だが、俺を後継に戻すよう、お前から父上を説得してくれないか?」
今更その話かと、ミレイユは心の中でため息を吐く。どうやらオスカーの中では未だに整理がついていないらしい。
「申し訳ありませんが、無理なお話です」
一言で断じて、ミレイユはオスカーの前を通り過ぎようとする。だが、腕を掴まれ、それは叶わなかった。
「ミレイユ、聞いてくれ」
切迫した声音と共に掴んでくる手の力が強まったので、ミレイユはちょっと眉を顰めた。
「俺なりに、これまでのことは反省している」
「……」
そう言われても。
オスカーが反省していたとして。家督の件はもう決まったことだし、アルヴィンよりオスカーが領主に向いているとも、到底思えない。
「お前の気持ちに応えられなかったことは申し訳なく思う。だが、それと家督は別の話だろう?」
「私の気持ち……?」
何を言い出すのだろう。
「お前はずっと俺を愛していたんだろう? 気づかず無下にしてきたことは悪かった。だが、俺にはキャスリーンが居たし、お前の態度もわかりにくくてだな……」
オスカーは喧嘩を売りにきたのだろうか。
プライドが高くて説得にきた割には下手に出られないオスカーに、内心で苦笑しつつ。
ミレイユはかぶりを振った。
「私がオスカー様を愛していたなどという事実はございませんので、言い訳の必要はありませんわ」
「だが……っ」
「それより、家督の件ですけれど」
この話題は辟易してしまうので、ミレイユは強引に話を戻した。
「オスカー様はこれまで、長男という立場に甘え、然るべき努力を怠ってきたように思います。そのような方が無条件で家督を継ぐというのは、いかがなものでしょうか」
「だから、そこについては反省しているんだ。これからは心を入れ替えて真面目に励むと言っているっ」
ミレイユは首を傾けた。
「では、侯爵領――リオーネ地方の名産品は?」
「は?」
「お答えくださいな」
いや、それは、とオスカーが言い淀む。
「リオーネで獲れる鉱石の主な種類は?」
「……」
アルヴィンであれば容易く出てくる回答が、オスカーの口からは紡がれない。
ミレイユは嘆息した。
「基礎の基礎すらいまだにご存じでいらっしゃらないオスカー様の今後に、期待を持てと? 難しいお話です」
ミレイユは内心の呆れを込めて、オスカーを冷ややかに見据える。
「この程度すら知らずに、どのように侯爵領を統治していくおつもりなのでしょうか?」
「貴様――ッ!」
激昂したオスカーが、右手を振り上げる。
ぱんっ、と。乾いた音が侯爵邸の廊下に響き渡った。




