第3話 キャスリーンからの祝福
キャスリーンと顔を合わせるのは、オスカーから面と向かって婚約破棄を突きつけられて以来のことだった。
「ごきげんよう、キャスリーン様。珍しいですね。お一人ですか?」
「婚約者がいる身ですもの。他の殿方と親しくするのは非常識でしょ?」
キャスリーンなら構わず取り巻きを侍らせていそうと思っていたけれど。そのくらいの分別はあったらしい。
「私に何かご用でしょうか?」
「ええ。直接お祝いを伝えたくて」
キャスリーンの可愛らしい顔に、不遜な笑みが浮かんだ。
「アルヴィン様とご婚約されたのでしょう? よかったわね、おめでとう」
「……ありがとうございます」
キャスリーンがミレイユの婚約を心から祝っているとは思えない。どんな思惑があってこんなことを言うのだろう。
警戒するミレイユに向けて、キャスリーンは嘲るように続けた。
「でも、お可哀想。オスカーに捨てられたからって、その弟君と婚約を交わすだなんて。オスカーへの未練たっぷり。そうまでして彼のそばに居たいのね」
ルビーを思わせる瞳に浮かぶのは、憐憫だ。
キャスリーンが語ったのは、ルークが誤解していた内容と同じ。彼女も例の噂を耳にしたのだろうか。
「ミレイユ様のいじらしさはぜひ知られておくべきだと思って。私、たくさんの方々にお伝えして回ったのよ?」
ミレイユはぱちくりと目を瞬かせた。
――なるほど。
何がどうして、そんな噂が広まったのかと思っていたら。憶測が自然に広まったのではなく。故意に吹聴して回った当人が、ここにいた。
(……オスカー様が私をどのように扱ってきたか、誰より近くで見てきたのがキャスリーン様ですのに。未練があると思える思考回路が、不思議でなりません)
心中でため息をこぼしつつ、ミレイユは引っ掛かりを覚えた。
キャスリーンがオスカーを引き合いに出して優越感に浸るのは、いつものこと。だが、これまでと今とでは状況が違う。
オスカーが侯爵家の後継から外されるという、決定的なことが起こったのだから。
キャスリーンはオスカーと結婚しても、玉の輿を狙えなくなった。ミレイユから婚約者を奪えてさぞ優越感に浸れただろうが。プライドの高いキャスリーンが婚約者に一番求めるものは、スペックのはず。
ミレイユはとっくにキャスリーン側から別れを切り出しているだろうなと思っていたのだけれど。そんな様子は見受けられない。
それとも、キャスリーンが資産目当てというのは見当違いで、地位など関係なく、オスカーを本気で愛しているのだろうか。
「キャスリーン様。オスカー様から、何も聞いておられませんか?」
「……聞く? 話を逸らしたかと思えば、一体、何のお話?」
キャスリーンが怪訝な面持ちになる。
心当たりはなさそう。状況から推察するに、キャスリーンはオスカーが侯爵家を継げなくなったことを知らないのだ。
(……仕方のない方ですね)
オスカーは捨てられるのが怖くてキャスリーンに打ち明けていない、ということか。
正式な発表はまだとはいえ、キャスリーンはオスカーの婚約者なのだから、家督を継げなくなったことは己の口からさっさと伝えるべきだろうに。
(……いえ、ですが、これは……)
ふと、思いつくことがあった。この状況は使えるのではないだろうか。
ミレイユへの敵意が剥き出しのキャスリーン。いい加減に、相手をするのは億劫である。この先ミレイユに絡んでくることがないよう、手を打とう。
「ちょっと、聞いているの?」
苛立ちを含んだ声に、ミレイユはハッとする。
「すみません。考え事をしていました」
「あなたねぇ〜〜」
キャスリーンの苛立ちが爆発しかけた時。
カラン、コロン、と。授業の開始五分前を報せる鐘が鳴った。
「予鈴が鳴りましたので、私はこれで失礼します」
これ幸いと、ミレイユはそう言ってキャスリーンから逃げ去るのだった。




