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第6話 歌姫は歌わない

前書きが思い浮かばないので「うっす」で乗り切る系

 エレンが宿舎に来てから三日が経過した。

 特段変わったことは起きていない。強いて言うなら、人が一人増えたことで、食堂の雰囲気が以前よりも賑やかになり、夜の雑談がいつもより長引き全員が夜更かし気味になったくらいだ。


 サイレント・セラムに出ることも、シンクロ・リグを着ることもなかったので、三人は暇を持て余していた。本来軍人は暇なほど社会にとってはいいことなのだが、当の本人からすれば何か事件でも起きないと、退屈な日々を充実せることができない。

 そこで、暇を潰すためにエレンが街に出かけようと提案した。


「私はいいや……めんどくさい」


 ベティは出不精だった。活発な性格だが、基本的に家にいたいという気持ちが勝ち、トレーニングや訓練以外では中々外に出ない。彼女曰く、宿舎の中にいれば全てが完結するから、とのことだ。

 エレンはリリスに視線を移す。


「私はどっちでも。どこか行きたいところがあれば行ってね」

「買い物に……行きたいです」

「買い物?じゃあ、セクター四がいいかな。あそこは私たち向けのショッピングモールとかもたくさんあるし、値段はピンキリだけど結構質はいいよ」

「じゃあ行きましょうか」


 宿舎のあるセクター三と違って、四はかつての文明を感じる活気に溢れていた。古着屋から怪しげなジャンク品売り場、オシャレなカフェ、そして本物の小麦の香りが漂うベーカリーまである。

 内側に行く方が安全で快適なはずだったが、生活面の豊かさは中層が一番優れていた。軍隊は徹底した効率主義であるため、肉はほとんどが合成品、食品も質素な食感のバーが何種類かだった。もちろん、それは少し昔の話で、最近はちゃんとした料理に切り替わってはいるが。


「……すごい」


 エレンが呟いた。外縁居住区では見られないような景色に、目を丸くしている。リリスはその様子を、まるで幼い妹を見る姉のように眺めた。

 リリスは得意げになって鼻を鳴らす。


「こんなのまだ序の口だよ。これからもっとすごいものが見れるから」

「じゃあ、あれなんですか?」


 広場の中央にある古びたスピーカーを指さした。煤で汚れているが、音は問題なく出ている。かなり昔の曲のようで、リリスさえもその曲がなんなのか分からなかった。

 エレンの足が止まる。彼女の体が、リズムに合わせて微かに揺れた。


「スピーカーは初めて?今流れてる曲は……多分A.C.以前のものだね。ポップってやつかな?」


 リリスが言うと、エレンは胸の前に手を置いた。音楽に共鳴するように、腕を揺らす。懐かしいという感情が彼女の中に溢れた。一度も聞いたことがないはずの曲、その旋律は心地よく、心が踊るものだった。

 リリスは気分のいいエレンを見て微笑む。


「懐かしい……気がします。こういう曲は初めて聞くのに」

「エレンって十八歳だっけ?」

「そうですね」

「私たちが生まれた時には音楽はとっくに廃れてたからね……たまに流れてるのを見ると、聴き入っちゃう」


 二人はスピーカーから流れるメロディにしばらく耳を傾けていた。広場を行き交う人々は音楽にほとんど興味を示さず、足早に通り過ぎていく。もはや音楽は過去の時代のように娯楽ではなく、ただの雑音でしかなかった。

 リリスは空を見上げた。雲一つ無い快晴、気持ちのいい突き抜けるような青空。エレンの顔を見る。以前会ったばかりの時のような、保護されるべき弱者の表情ではない、彼女らしい自信を持っていた。


「行きましょうか、リリスさん」

「……そうだね。行こうか」


 * * * * *


「わぁ……!」


 ショーウィンドウの中には煌びやかな衣服の数々。エレンは今まで見たことのない綺麗な服に釘付けになっていた。リリスは彼女の手を引っ張ると、店内に連れていった。


「エレン、この服似合うと思うんだけど……」


 リリスは棚に並んだ一着のワンピースを取った。落ち着いたネイビーの生地に、白い薔薇の模様が刺繍されたシンプルなデザインだ。今のエレンにしっくりきそうだった。

 エレンはワンピースを押し当てられると、恥ずかしそうに頬を赤らめる。


「こ、こんなに可愛いの着ちゃっていいのかな……?」

「大丈夫大丈夫、気に入ったら買ってあげるよ」


 リリスはエレンを鏡の前に立たせた。サイズは問題ない。リリスが想像した通り、そのワンピースは驚くほどエレンの雰囲気に合っていた。彼女はエレンが表情豊かな反応をしてくれて嬉しい様子だ。


「いい感じだね。他にも見て回ろうか」


 リリスがワンピースをカゴの中に入れる。エレンは焦った声で何をしているのか聞いた。それに対してリリスはさも普通のことのように答える。


「何って、似合ったから買うだけだよ」

「ええと……本当に、いいんですか?」

「いいよいいよ。エレンは何色が好きなの?ワインレッドとか似合いそうだけど……」


 エレンは迷いながら、赤のドレスを手に取る。深いワインレッドは、窓から差し込む光を僅かに反射し、光沢があるようにも見えた。彼女の白い肌をより引き立て、女王のような佇まいだった。

 リリスは絶賛し、試着してみるよう勧めた。


「私、今すっごく幸せです……!」

「ふふ。それはよかった」


 エレンがドレスを胸に抱え、夢見心地のような顔でリリスを見つめた。


 途端、静かだった店内に一人の声が響いた。


「本当に好きなの買っていいんですの?エリヤお嬢様!」


 空気が凍りついた。

 リリスの背中に嫌な汗が流れる。咄嗟にエレンを隠すように手を回した。


「おや、こんなところで会うとは奇遇ですね……アリアドネ」

「パエトーン。こんなところまで来て私たちを煽りに来たのか?」

「早まるなニーナ。戦争をしに来たんじゃないんだ」


 二人の取り巻きをエリヤ・カレリンが抑えた。まだ幼く背の小さい方──カレン・ボルテックス准尉──はリリスたちを視界に入れるとクスクスと小馬鹿にするように笑った。

 名家のお嬢様のような雰囲気を出している方──ニーナ・ワイズ少尉──は心底蔑むような目でリリスを睨みつける。


「……少佐、私たちは買い物をしているだけ。そっちの取り巻き二人の世話でもしてあげなよ」

「取り巻き?ふん、彼女たちにも名前があるから訂正してもらおうか」

「訂正?」


 リリスはしばらく考える。

 そして笑顔で返した。


「犬と緑藻と楽しくお話してあげて、寂しくてうるさくなっちゃうかもよ」

「ちょっと待ってくださいまし、犬と緑藻ってどういう意味ですの?」


 リリスはわざとらしく首を傾げ、瞳をパチパチさせた。カレンの問いに答えることはなく、彼女と同じように小悪魔のような笑顔を見せるだけだった。エレンが後ろでリリスの裾を引いた。


「り、リリス……そんなに挑発しちゃ」

「大丈夫。いざとなれば決闘で蹴散らすから」

「相変わらず口の減らない女だ。いっそ縫ってしまおうか」


 ニーナが前に出た。表情を引き締めると、それまで柔らかかった空気が冷たく恐ろしい、捕食者のものに変わった。指の間接を鳴らして二人を威嚇すると、リリスも負けじとエレンの前に立ち塞がった。


「やっていいですか少佐?中身が漏れちゃうかもしれませんが」

「だからあんたは犬なんだよ。ニーナ」

「……」


 エリヤがニーナの肩を軽く叩く。ニーナは構えていた拳を下ろし、深く息を吐いた。ニーナはリリスを一瞥すると、興味を失ったかのように踵を返した。エリヤが何の感情も込めずに謝罪をすると、リリスも平謝りした。


「……リリス・ノワール、あまり舐めた態度を取らないことね。ところでその服、血が落ちやすいといいわね」


 エリヤが吐き捨てるように言うと、足早に店を去った。店内に残ったのは居心地の悪い静寂と、好奇の目に晒された二人の姿だった。エレンは震える声で言葉を漏らす。


「ごめんなさい……私のせいで」

「違うよエレン、私が挑発したからだよ。だから気にすることはない。それにアイツらは元から性格が悪いから、気にしないで」


 リリスは明るい声で言うと、エレンの頭を軽く叩いた。


「じゃ、さっきのドレスも買っちゃおうか。帰ったら着せ替えパーティーでもしよう」

Q.アリアドネ小隊?分隊?

A.分隊が4つあって、それの集まりがアリアドネ小隊。40人中37人が死亡、あるいは重体。

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