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第5話 境界線の同居人

っす

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「初めまして……ではないか。私はリリス・ノワール、それでこっちがベティ・バレット。歳は二十と二十四」

「よろしくねお嬢さん」


 リリスがエレンの手荷物を運びながら、軽く自己紹介をする。ベティが軽くウィンクして見せると、エレンは何か言おうとして、小さく口を開く。唇を懸命に動かしてはいたが、意味のある音は出ない。ただ、リリスの服の裾を引っ張る力が少しばかり強くなっただけだった。


「……無理に喋らなくてもいいよ。大変だったよね」


 ベッドの上に荷物を置く。マットレスに腰掛けると、隣に座るよう促した。

 エレンは言われるがままに座った。


「大丈夫?」

「──はい、少し落ち着いてきました」

「よかった。ベティ、お茶お願いできる?」

「はいはい」


 部屋は二人だけの空間になった。

 エレンはようやく口を開き始める。


「エレン。エレン・ヴァンスです。歳は十八で……ええと、他に何を話せばいいですか?」

「別に、自分が話したいことを話せばいいと思うよ」


 エレンは掠れた声で礼を言った。一体どんな経験をすればこんなに震えてしまうのか、リリスは一瞬疑問に思ったが、その問いはすぐに消えた。キャリアーに食われたからだ。


「リリスさんは、どうして軍隊に入ったんですか?」

「私?私はねぇ……そうだな、なんでだろう」


 リリスはしばらく考え、両腕を広げて寝転がった。


「最初は……復讐心だったんだけど、段々復讐とかそういうのどうでもよくなっちゃって、ベティとサラがいるから軍隊にいる感じかな?」

「復讐ってそんな簡単に消えるものじゃ……」

「そう思うでしょ?でもそのうち気づいちゃうんだ。人間は飽きる生き物だから、ずっと怒ることなんて出来ないんだよ」


 リリスは今まで以上に大きなため息を吐いた。彼女にとって別に大したことではなかったが、それでも気分が良くなるわけではない。

 重苦しい空気を切り裂くように、熱々の紅茶を淹れたベティが入ってきた。ハーブティの優しい風味が空気を和らげてくれる。


「余り物でごめんね。うちの部隊、装備に全振りしてて貧乏なの。ま、その装備もパエトーンとかと比べると安いものだけどね」


 ベティが皮肉混じりにカップを置いた。適当なものを一個取ると、誰よりも先に口をつけ飲んだ。


「毒味のつもり?」

「失礼な。淹れたての特権だよ」


 ベティが笑ってカップをエレンに差し出した時、ドアのノックが響く。パエトーンの連中がするような乱暴な音ではなく、規則正しい穏やかな響きだった。こちらの返答を待たずに、向こう側の相手が入ってきた。


「お茶のいい香りがするじゃない。私も混ぜてもらっていいかしら?」


 入ってきたのは、ラフな格好をしたサラ大尉だった。背筋を真っ直ぐに伸ばし、優雅な動作で頭に被っていた帽子を取った。


「サラ、今日は非番なの?」

「いいえ。中央軍からの命令でオフィスをここに移動、それとエレンさんの健康状態も一緒にチェックするように言われたの。ベティ、リリス……それとエレンさん、よろしくね」


 サラはエレンの隣に座ると、まだ口をつけていないリリスのティーカップを流れるような所作でもらった。慌てる彼女を尻目に、サラは口を開く。


「安心して。私たちがいる限りは、パエトーンの連中はあなたに手出し出来ないから」


 エレンを見上げると、悪戯っぽく笑う。

 サラはバッグから可愛らしい包みのクッキーを取り出した。内地でしか手に入らない高級な菓子だ。結び目を解くと中からバターの香りが広がり、ハーブティの湯気と混ざって、優雅な茶会の雰囲気を醸し出す。


「さあ、お茶が冷めないうちに紹介でもしようかしら」


 本来サラ・ヴァレンタイン大尉は、その能力を買われており、内地での勤務だった。それ故に、リリスたちアリアドネ分隊と同じ屋根で寝食を共にすることはない。

 リリスは手持ち無沙汰の中、クッキーを二枚取り、両手に持った。


「エレン、私もよく知らないのだけど、君はどういう人かしら?」

「どういう人か……と言われても、特に話すことはないです」

「生まれは?」

「雪山の方だったと思います。ただ、小さい頃の記憶が全然なくて」

「そう……じゃあ、なぜ軍隊と関わりが?」


 サラの問いに、エレンは視線を外に移した。

 彼女の脳裏に広がる過去の記憶、その日は今日と同じような快晴だった。暖炉に焚べるための薪を割っていた時、彼女らが現れたのだ。


「……田舎で普通に暮らしていたんです。でも、ある日突然、軍人たちがたくさん来て……何も説明されないまま車に乗せられて、連れていかれました」

「ちょっと待って、それっていつ頃の話?」


 リリスが間に入る。

 エレンは指を使って数え始めた。


「そうですね……大体一ヶ月、いや三週間くらい前ですね」


 その言葉にリリスとベティは顔を合わせた。三週間前と言えば、大型のネクストルムが確認され、アリアドネ分隊及び対ネクストルム部隊に警戒するよう伝えられた時期と重なる。

 だがそれ以上に二人は、彼女の故郷の景色に驚いた。リリスたちが暮らす要塞都市セクターに雪山は存在しない。また、その周囲のサイレント・セラムには見渡す限り一面のセラムと、人類の生存を許さない死の荒野が広がっている。

 外縁居住区(アウトポスト)の存在は以前から二人も耳にはしていたが、まさか雪山が形成されるほど北に存在するとは思ってもいなかったことだ。


「その、確認なのだけど、あなたを連れていった部隊の紋章や特徴は覚えてるかしら?」

「確か……剣に薔薇の蔓が巻きついていた感じでした」

首輪のちぎれた猟犬(ハウンド・ドッグ)ね。繋がったわ」

「私はわからなかったんだけど?」

「後で教えてあげる。私は一旦部屋に戻って、探し物をするから何かあったらすぐに呼ぶこと」


 サラは飲みかけのカップを置くと、そそくさと二人の部屋から立ち去った。彼女らは首を傾げ、何があったのか分からない様子だ。そしてエレンの方を向き、どういうことか尋ねる。


「わ、私もよくわかりませんよ……繋がったって一体何が繋がったんですかね……?」

「エレンがわからないんじゃ……」

「どうしようもないな」

エレン:18歳

リリス:20歳

ベティ:24歳

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