第4話 死に損ないの正装
第4話です
耳を刺すようなアラーム音でリリスは目を覚ました。悪い目覚めの日だ、と思いながら目を開ける。しかしいつも聞いていた不規則な音の目覚ましではない。ネクストルム襲来の警報でもなければ一体なんだ。
その答えはすぐにわかった。
「おいリリス早くしろ!お偉いさんが来るぞ!」
「えっ?!なんで急に!!」
ベティは既に軍服に着替えていた。
「なんで起こしてくれなかったのさ!」
「起こしたよ!何回もね、でも全然起きなかったから!先に着替えちゃった」
「はぁもう最悪、体めっちゃ痛いのに……それで、誰が来るの?」
ワイシャツのボタンを付けながらリリスが聞いた。ベレー帽を付けたベティが少し考える。頭に乗っていた帽子は、妙に似合っていた。
「えっと、クラレンス・アガメムノン中佐。パエトーンって部隊を率いてるおじさんだね」
「パエトーン?それって……何?」
「知らないの?」
「うん、聞いたことない」
「はぁ〜これだから新兵は。一般常識を何もわかってない」
「別に私とあんたで一年しか変わらないけどね」
二人はロッカーの中に保管されているライフルを二丁取り出した。一世紀以上前に作られたボルトアクションライフルだ。当然、シンクロ・リグに対応していないため、ネクストルムの前では豆鉄砲と化す。
人間しか敵のいない内地で憲兵が持つか、こうして官僚が来た際、彼らが抱く軍人の理想像を演じるための小道具としての役目しか果たさない。
「単発で何が出来るんだか。八ミリを一発ずつ撃っても化け物は倒せないのに」
「生身の人間ならそれで十分なんでしょ。それに、これが使われてた当時は人と人が争ってたみたいだし」
二人が部屋を出ると、散らかった場所を見せないように鍵をかける。明かりを消し、できるだけ目立たないように振る舞う。
廊下を駆け抜け、急いで正門へ向かった。
既に装甲車からライフルを持った兵士たちが降り始めている。二人は銃口を空に向け、敬礼をする。
「アリアドネ第四分隊所属、リリス・ノワール一等兵!」
「同じくベティ・バレット軍曹」
クラレンス・アガメムノン中佐は小さく頷く。一瞬、リリスたちの顔を見た。何か言いかけたようだが、すぐに視線を戻す。
その背後からパエトーンの隊長と思わしき女性が現れた。
「第一特殊挺身隊パエトーン小隊長、エリヤ・カレリン少佐。軍曹、ここは社交場ではないから、挨拶は不要よ」
ベティが肩のライフルを軽く叩くと、二人は背負った。軽くお辞儀をすると、クラレンス中佐が顎で示すと、エリヤ少佐が前に出た。
「本題に入るわ。中央参謀本部より勅令を下す。貴官らには、本日付でエレン・ヴィクターの暫定護衛及び管理を命じる」
エライアスが指を鳴らすと、兵士二人に連れられたエレン・ヴィクターが姿を現した。つい先日救助したあのエレンである。彼女はバイタルを計測するための銀色の端末を腕に付けていた。彼女はリリスと目が合うと、一瞬口元が緩んだ。
パエトーンの兵士たちは、彼女をまるで荷物のようにリリスたちの前へ突き出した。
ベティは疑問に思ったのか、手を挙げた。
「中佐、一つ質問があります」
「構わん」
「なぜ我々のような部隊に護衛を?」
クラレンスは黙った。代わりにエリヤが一歩前に出た。最新式のリグが、甲冑のような音を立てて擦れる。彼女はリリスとベティを、酷く汚いものを見るような目で一瞥してから口を開いた。
その整った顔立ちには、隠そうともしない蔑みが張り付いていた。
「我々パエトーン小隊は中央防衛戦で一分一秒が惜しいの。貴官らのような『余剰戦力』と違って、暇じゃないのよ。わかった?」
エリヤは冷笑を浮かべ、唇を噛むベティの肩に手を置いた。
「それに、これは合理的な判断よ。敵もまさか軍の重要機密を先の時代の『死に損ない』たちに預けているとは思わない」
彼女はそこで言葉を切り、二人の間に立って呆然としているエレンを舐め回すような視線で見つめた。
「万が一見つかったとしても、貴官らが肉壁となって時間を稼げばいい……どうせ長くないんでしょ?死に損ないの寄せ集めでも、最期に機密を守る盾としての役割を果たせるのなら、これ以上の名誉はないはずよ。違くて?」
「あんたッ──!」
リリスが激昂し右手が跳ね上がる。余剰戦力、死に損ない、そして自分と同い年あるいはそれ以下の少女をモノ扱いし、軍人としての尊厳を踏みにじるような物言いが許せなかった。
だが、リリスが動くよりも早く、弾丸が薬室に入る音が響く。赤いレーザーが彼女の眉間、そして心臓に当たる。
「やめな、リリス。リグも付けてない私たちじゃ分が悪すぎる」
「……でも」
ベティはリリスの前に腕を出し、力ずくでリリスを制止する。
「申し訳ありません少佐、中佐。まだ若くて教育が行き届いていないもので」
彼女は辛酸を嘗めると、深々と頭を下げた。拳を握りしめたまま震えるリリスを背中に隠して言う。
「任務は確実に遂行します。我々アリアドネ分隊の命に代えても、エレン・ヴィクターを守り抜くことを誓います。だから、どうか銃を収めていただけませんか?」
エリヤは満足気に鼻で笑うと、合図を送って兵士たちに銃を下ろさせた。
彼女は踵を返して装甲車に向かって歩いていく。磨きあげられたブーツの音が遠ざかり、ドアが閉まるまで、リリスは歯が砕けそうなほど噛み締めていた。
リリスは膝をついた。リグから接続を解除した時よりも、疲れがどっと押し寄せてくる。肩に担いでいたライフルがガシャンと音を立てて倒れる。
「……リリス」
呆然と立ち尽くしていたエレンが近寄り、慰めるように近くに寄る。震えるリリスの指先に温かい手を重ねた。
「っ……ごめんなさい。弱いところを見せちゃったね」
リリスは絞り出すように言う。エリートたちに「死に損ない」扱いされても一言も言い返せなかった自分が悔しかった。守るべき相手に無様な姿を見せてしまった。エレンに余計な心配をかけてしまったかもしれない。
悔しさと情けなさで視界がぼやけた。
「気にするなリリス……前線を知らない温室育ちの言葉なんて」
ベティは深いため息をつき、地面に落ちたライフルを拾い上げる。
「でも、気にしないなんて、そんなの無理だよなぁ……私たちだって人間なんだし」
そこで言葉を切ると、地面に座り込む二人を交互に見る。そして小さく笑うと、口角を上げて力強く、優しく告げた。
「でも、死に損ないってのも悪くないよ。言い換えれば生き残った歴戦の猛者ってわけでしょ?筆記だけ満点の奴らよりずっとかっこいい」
リリスはエレンの手をぎゅっと握った。エレンは立ち上がり、リリスの服の裾を握り返した。
「……行こうか、私たちの家を紹介するよ」
二人が持っていたボルトアクションのライフルはkar98kをイメージしました
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