第21話 生きる理由
「さーて、一日ぶりの顔合わせだね」
「どんな面してるんだろうな」
リリスとベティが会議室の長椅子でくつろいでいた。リリスは組んでいた足を解くと、机の上に置かれたティーカップを取り、いたずらっぽく微笑む。
「プライドだけは無駄に高いんだから、きっとそりゃあ……苦虫を噛み潰したどころか、汁にして飲むくらいの顔だろうね」
「ははっ、ひどい言い草」
ベティは背もたれに頭を預けると、天井を見つめる。指先が無意識に軍服の袖を撫でた。固い生地だったが、どこか温もりを感じる程よい柔らかさがある。ベティはかつて自分を抱きしめた腕の記憶が蘇る。
リリスは唇の端を釣り上げると、ドアの向こうを見る。サラはマクスウェルを出迎えに、パエトーンは遅刻だ。規律に厳しい部隊だが、それはあくまでマクスウェルのような高官にのみ機能する。格下と未だ見下しているアリアドネに対しては、礼儀は欠いていいのが彼女らの流儀であり、忠誠心の裏返しだった。
「お待たせ、パエトーンも連れてきたわよ」
廊下から響くサラの声。扉が開く音と共に、何人かの影が滑り込んできた。サラ、マクスウェル、それに続いてパエトーンの面々。エリヤ、アイリス、ニーナ、カレン、どれも見覚えのある顔ぶれだ。
「……一日ぶりね、アリアドネ」
エリヤが挨拶すると、場の空気が凍りついた。彼女はいつも通り軍服を着こなしていたが、その表情はリリスの予想とは少し違っていた。屈辱で顔を歪めているわけでも、怒りに震えたわけでもない。
ただ酷く無機質で、事務的に察しているような瞳をしている。
「パエトーン、整列」
エリヤの声には棘がない。かといって柔らかさもなかった。
彼女の号令と共に、後ろに控えていた三人が一糸乱れぬ動きで並んだ。つい昨日まで模擬戦でリリスたちに翻弄された彼女たちの動きは、以前よりもどこか切羽詰まり、異様な静けさを纏っていた。
「心外だね。嫌味でも飛んでくると思ってたのに」
「あーなんだっけ、『死に損ない』との戦いは眼中にないわけか?」
リリスとベティはわざとらしく言い、優雅な振る舞いで立ち上がった。一瞬、ニーナが肩を震わせた。エリヤは眉一つ動かさずに淡々と答える。
「……負けは負け、わざわざそれを蒸し返す必要も無いわ。まぐれの勝ちより、今回の合同任務について考える方がよっぽど有意義だと思うけれど」
「ふん……相変わらずだね」
一触即発の空気の中、遅れて入ってきたマクスウェルが机を軽く叩く。彼はホログラムのマップを起動する。地図上には赤い点が点滅していた。
「東に三十キロ進んだところにベヒーモスが出現したとの情報が入った。ハワード・サリバン少佐の二個分隊が消息を断ったので、その調査と殲滅というわけだ」
(ハワード少佐……?誰だろう)
リリスはきょとんとした表情を浮かべる。パエトーンたちの顔から余裕が無くなる。ハワード・サリバンの部隊と言えば、ここ近辺の防衛を担う叩き上げの精鋭たちだ。それが二個分隊、つまり二十人近い武装兵が全滅。
今の世界情勢を省みると、それは単なる損害ではなく致命傷に等しい。
「まさか……ハワード分隊がやられるとはね。では、こちらの戦力は?大佐」
「アリアドネとパエトーン。出せる兵士はそれだけだ。しかし車両なら出来るだけ出そう」
「エリヤ少佐はどう思う?」
サラがエリヤに聞いた。
「AT-09『バシリスク』と多脚強襲車両『タロス』を一両ずつ出しましょう」
「カリュブディスは?」
エリヤが小さく答える。
「オーバースペックね。二個分隊と言っても、たった七人しかいないのよ」
「確かに。じゃあ大佐、それでお願いします」
「分かった、すぐ手配しよう」
マクスウェルが短く言うと、ホログラムを切る。部屋は本来の薄暗さに戻り、重苦しい沈黙が流れた。
リリスは背伸びしながら口を開く。
「バジリスクにタロス、簡単にくたばることはなさそうだね」
AT-09「バジリスク」は、高火力の対ネクストルム砲を搭載した主力戦車だ。七人の兵士に対して、あまりに強力で過剰な戦力は、任務の過酷さを暗に物語っていたようだ。
「くたばるかどうかは、貴方たちの腕次第よ」
エリヤは冷たく言い放つ。彼女の視線は、地図が映っていた空白を見つめていた。
一方リリスは、この場にいないエレンの顔を思い浮かべていた。無垢な笑顔が現れ、しばらくした後に消える。彼女を戦場に連れていく訳にはいかない。リリスはそれを理解しながらも、どこか寂しさを覚えていた。空になったカップを弄る。
「生き残ろう。ベティ、サラ」
さーて、第1章もほぼ終わりかけです!
次くらいからいよいよ外に出ます!シミュレーションや夢、そして対人戦ばかりやっていましたが、再びネクストルムと対決です!




