表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/21

第19話 極秘任務

やったね!

「じゃあ、第四分隊の勝利を記念して──」


『乾杯!!』


 四人がジョッキをぶつける音が賑やかな店内に響く。大衆食堂『マズルフラッシュ亭』では、任務明けの兵士や鉱山帰りの労働者の熱気で溢れかえっていた。安物の油の匂い、零れたアルコール臭、そして銃声のような怒号と笑い声が充満している。


 リリスとベティは最初、この店を見て尻込みしていた。軍人としてのプライドが、この小汚い店構えに入ることを渋らせていたのだ。しかし会計を全てサラが持つと言った途端、二人の態度は急変し、迷わず店の暖簾をくぐった。

 サラは気前よく次々と注文をする。出てきたのは厚切りのベーコン、山盛りのフライドポテト、他にも食べ盛りの兵士が食べるような、山盛りで油だらけの料理が次々と出てくる。その懐の深さに、思わずリリスは感心した。


「あれ?そういえばエレンはお酒飲んでも大丈夫なんだっけ?」


 リリスの右に座ったエレンは、いつの間にか隣のテーブルの工兵らしき酔っ払いに絡まれている。身振り手振りをしながら自らの武勇伝を語り、勢いに任せてウイスキーを飲み干し、机に突っ伏していた。

 彼女を押しのけると、リリスの問いかけにエレンが胸を張って答える。


「私もう十八ですよ?子供じゃないので」

「そっかそっか、じゃあたくさん飲んでおきな」


 ベティがつまみの皿に手を伸ばす。フライドピクルスを口の中に放り投げ、カリッと心地よい音を立てる。リリスがジョッキにビールを注ぎ、エレンに無理やり飲ませる様子を見て穏やかに笑う。

 一方でサラは、神妙な面持ちでビールを傾けていた。周囲の喧騒とは対照に、彼女の表情は石のように固い。酔っ払うほど顔の筋肉が強ばり、上手く笑えなくなるのが彼女のアイデンティティだった。


「それにしても、凄かったなリリス」

「どこら辺が?」

「エリヤを騙すところさ。あの時は流石に負けを覚悟したよ」

「あいつが私の脱落表示を見ないで行動したのが敗因だったね」


 リリスがジョッキを傾ける。顔が朱に染まっていった。

 エレンがラミネート加工されたメニュー表を手に取り、店員を呼び止めるとバッファローチキンを一つ注文した。デジタル化が進んだ今、店員を呼んで注文するのは珍しい光景だった。しかし田舎出身のエレンにとっては、このようなアナログの手法が一般的で、慣れていた。

 エレンが注文をしている間、リリスの顔はみるみるうちに赤くなり、水面に赤いインクを垂らしたようだった。


「ちょっとリリス、あんたそんなに飲んで明日大丈夫そう?」

「うるざいなぁ……あじだが何日だとおもってるのぉ」

「水曜日だろ」

「そ……そっかぁ、平日かぁ……」


 勢いでリリスはサラに絡み始めた。並々注がれたビールを彼女の前に突き出し、顎を引く。サラは落ち着いた様子で喉を鳴らし、ジョッキを受け取った。


「リリス……私は、私は……君と違ってお酒には強いよ」

「嘘つけぇ、そのしょーこにさ、表情が固いよ?それ酔っ払ってるってあたし知ってるから」


 サラは躊躇いなく一気にジョッキを空けると、横でエレンがパチパチと手を叩いた。


「わぁ、サラさんすごい!男前……じゃなくて女前?」


 空のジョッキがテーブルを叩く。サラの頬は微かに赤く、眼光がさらに鋭くなっていた。剣を握らせれば今にも斬りかかってきそうな険しさを帯びている。

 リリスはケラケラと乾いた笑いを飛ばし、今度は自分のビールを飲もうとして激しくむせた。ベティが立ち上がり、慣れた手つきでリリスの背中を叩く。リリスは裾で口元を拭おうとしたが、ふと我に返ったようにテーブル端に置かれた紙タオルを手に取った。


「リリス、ベティ……ところでその、重要な話をしていいかしら?」

「あー……こいつはダメそう。私がちゃんと聞いてるから、どうぞ」


「ふふっ……エレンあったかいねぇ……いい匂いもする」


 リリスがエレンの肩に擦り寄る。ベティはそんなリリスを肘で押しのけると、サラの顔を見る。お互いに真剣な眼差しだ。店内で流れていた陽気な音楽が急に遠のいたようだった。


首輪のちぎれた猟犬(ハウンド・ドッグ)、覚えてる?」


 聞き馴染みのある部隊、その名が出た途端ベティの背筋に冷たい物が流れた。


「確かエレンを連れていた部隊だっけ」

「そうね。記録によると、彼女らは八月二十六日土曜日に急に進路を変更しているの」

「エレンを見つけたからか」


 二人の視線はエレンに向けられた。彼女は酔いつぶれたリリスに抱きつかれ、茹であがったタコのように顔を真っ赤にしている。キスを迫られそうになりながら、ベティに助けを求めようと手を伸ばした。


「大型のネクストルムが出現したのは?」

「……八月二十八日」

「それを報告したのは誰かしら?」

「──まさか」

「そのまさか、猟犬たちだったのよ。正確には彼女たちが全滅する前の最後の連絡」


 サラの言葉に、ベティの酔いは完全に冷めた。

 グラスの中で溶けた氷が音を立てて崩れる。


「おかしいと思わない?弱小部隊じゃないのに、保護してから二日で全滅、まるで……」

「待ち伏せされていた、と言いたいのか?」


 サラは声を潜める。テーブル越しにベティと共にエレンを見つめた。

 サラがリリスを押しのけると、エレンの横に座った。その拍子にリリスが床に崩れ落ちる。


「エレン、少し聞きたいことがあるのだけどいいかしら?」

「なんでしょうか?」

「八月二十六日のこと、覚えてる?」

「八月、二十六日……」


 エレンの指先がテーブルクロスを握りしめた。

 彼女が語り始めたのは、平和を切り裂いた血の記憶だった。


「兵士さんたちは、私をセクターに連れていく……と言いながら装甲車に乗せました。でも道中で、急に地響きがしたと思ったら……」


 震えるエレンの手の上に、サラがそっと自分の手を置く。


「一瞬のことでした。前の装甲車がひっくり返ったと思ったら、こっちもいきなり吹き飛んで、みんな叫んで、みんな……」


 リリスが起き上がり、虚ろな目をしながらエレンの言葉に耳を傾けた。


「シオンっていう人が、血だらけになりながら私の手を引っ張って……走り出したんです。絶対に振り返るなと言いながら、ちぎれそうなくらい私の手を握って」


 シオン、シオン・カトラス中尉。その名を聞いた瞬間、リリスの酔いが冷めた。ベティも驚いた様子だった。緊張が走ると、サラが口を開いた。


「シオン中尉が君を助けたのね……そのあとは?どうなったの……」

「ひたすら逃げました。ひたすらセクターの方角を目指して走りました。でも、急に大きな音がしたと思ったら、私を物陰に突き飛ばして『動くな』って」


 エレンの話を聞いていた三人は、いつの間にか口を縫い付けられたように黙っていた。赤かった頬も消え、真剣な様子で話を聞いている。エレンが体験した惨劇の様子を思い浮かべ、相槌を打つ。


「それが最後で……あとは、リリスさんに助けられたようです」


 リリスは床から這い上がると、エレンの隣に座り、彼女の細い肩を引き寄せる。リリスの瞳にあった酔いは完全に冷めていた。真面目に人の話を聞く時と同じ、鋭い光をその目に宿していた。


「ネクストルムに、知性はあったっけ?」

「部分的に。学習能力はあるけど、基本的に攻撃を止めることはないわ」

「そんなヤツらが……待ち伏せなんて出来るものなの?」


 リリスは自分の問いを、頭の中で反芻した。

 小さな呟きが、空気の中に溶けていく。

 不意に、リリスが青い顔をして口元を抑えた。


「あ、ごめんちょっと吐きそう」

20話まで更新したら、1週間ほどお休みしてから少し早めに投稿します

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ